君がくれたもの

たなえび

DAY1

始まりは突然に [0]⇨[1]

 恋愛なんて、馬鹿な奴がすることだと思っていた。

 自分と違う他者を愛し、理解し、その人のことだけを考えるなんて、単なる時間の無駄ではないか。

 交際や結婚とはそれ即ち契約であり、絶対的な結びつきを建前として、おぞましいほどの繋がりを作ってしまう行為だ、と思っていた。

 かの偉人は言った。

 恋愛とは、いずれ必ず訪れる別れを容認して、行う愚行である。


 まさに、その通りだ。

 いずれ些細な諍いや価値観の相違、今もニュースや週刊誌で取り上げられる浮気、不倫。


 結局はその程度の気持ちなんだろう。

 やはり恋愛なんて。


 けれど同時に、憧れてもいた。

 両者がバカになって、お互いのことを好きあい、思いを告げ、結ばれる。時間なんて関係ない。長かろうと短かろうと、その人の好きを他人が形容するだなんて、傲慢だ。

 この世に一人として同じ人間なんていないのに、お互いの感情が一つになる、それはとても素敵なこと。

 奇跡という言葉は、こう言ったことを表現するためにあるのではないだろうか。


 だから、君と出会って、僕は。


 友達に勝手に自分の連絡先を女子に送ったと言われた時は、とても焦った。

 と同時に、隠しきれない高揚感が僕を支配した。


 相手の顔もわからず、性格すら知らない、これからどうすればいい? いや、というかなんで僕がこんなこと考えないといけないんだ。やっぱり恋愛なんて、色恋沙汰なんて虚偽で徒労で、時間の浪費でしかない。


 はじめは、そうだった。

 こう書くからには後々、僕の感情に変化が訪れたことは言うまでもない。


 楽しかった。

 SNSの発達した現代で、遠く離れて容姿もわからない君に惹かれるには、あまりに容易なことだった。


 今思えば、この時から惹かれていたのかもしれない。

 女性、という異性と話す経験があまりない僕。苦手意識があるわけではないが、隅っこでゲームやアニメの話題に花を咲かせて高校時代を終わらせた(それこそが時間の浪費だ、だなんていう異論は認めない)僕には、とても新鮮なことだった。


 さらに、彼女の性格がそれに拍車をかけた。

 話せば話すほど、共通点が多い。

 お互い明るい方ではない、学校から家が遠い、高校の時部活を一ヶ月そこらですぐ辞めてしまった、人混みが嫌い、外に出たくない、家でずっとゴロゴロしていたい。

 上げ出したらきりがないほど、僕らの共通項は多かった。


 そして、ついに僕らは会うことになった。

 行く先は、僕は動物が好きなので、夏休みということもあって水族館に行きたい、というとあちらは快諾してくれた。是非行こう、と。


 初対面で水族館だなんて、なかなか勇気があるな、と友達に茶化されたが、僕らは別段気にすることもなく、了承し、楽しみにしていた。


 当日の昼12時、僕は君を見つけた。

 待ち合わせ場所は歩道橋にある時計台。

 大きくて目印になりやすく、多くの人がそこで待ち合わせ、待ち合わせの定番スポットになっていた。

 さらに夏休み、しかも休日ということも相まって、人の量はいつもの数倍多かった。


 ごった返す人混みの中、君はいた。


 身長は低め、どちらかというと細身ではない。

 黒のワンピース、だと思う。女性の服装に関する知識は生憎、持ち合わせていない。


 話の通り、決して社交性溢れる雰囲気ではなく、隅っこの方で携帯を見て待っていた。

 容姿も、もちろん顔すらも知らない僕だったが、直感的に、君だとわかった。


「おっす」


 声をかけられたのが自分だと気づき、携帯から顔を上げこちらを見る。


「行こっか」


 言うと、黙ってトコトコ横について来た。

 水族館までは電車で乗り継ぎをしないといけない。

 地下鉄の改札に向かうべく、歩き出す。


 ここまでで、彼女が口を開いた数はゼロ。


 しかしここから、僕の夏の歯車は回り始め、[0]だったメーターは音を立てて[1]の数字を打った。

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