第36話 模擬戦

「はっ!せいっ!」


 斜めに振り下ろされた木剣をバックステップで躱す。追撃で横に一文字を書くが、相手よりも背の小さい僕は、そのまま潜り抜け懐に入る。そのままの勢いで剣を振るが持っている盾で防がれ、深追いせず相手から剣が振られたときには既に離脱している。


 盾を持っていることから、この人はエドウィン父さんと同じくタンクよりの人なのだろう。なかなかに防御が固い。まぁそれでも若手だけあって盾よりも剣に意識が置かれているし、父さんと比べるとやはり数段見劣りする。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 それにもうかなり息が上がってるしね。これなら身体強化魔法を使わなくても平気かな。


 その後、数合打ち合い盾で防ぎきれず、有効打を打たれた相手はオロフさんの終了の合図で模擬戦は終わった。


「ありがとうございました」

「はぁ、はぁ、ありがとうございました」


 挨拶をした後、隣でも同じく模擬戦をしているノエルを見る。僕と打ち合いをしていた人は、オロフさんに呼ばれアドバイスを受けているようだ。


 ノエルの方も見た感じ余裕そうだな。ちなみに僕は2戦目、ノエルは5戦目だ。僕の戦い方は相手を観察し、有効打をなるべく受けないよう立ち回りながら、隙をついて攻撃を行う事が多いため、相手が先手のことが多いが、ノエルは逆だ。


 ほぼ必ずと言っていいほど先手を取る。5歳という年齢と体の小ささ、そして女の子という外見から油断していると、初手で相手は負ける。ノエルと模擬戦を経験していないか、見たことが無い人はなおさらだ。


 そしてノエルの剣技は僕と違って苛烈だ。初手先行のままノエルのペースに引きずられ、受け身のまま負ける人が多い。タンク系の人は特にその傾向が多い。熟練者になるとそこから、カウンターで流れを止めたりできるのだが、ノエルの剣術は父さんも認めているぐらい強い。


 今の5戦目を行っている対戦相手も、片手剣と盾のスタイルだが、盾で防御後のカウンターが振れない。受け流せてない時点でそのまま終了だろうな……あ、終わった。


 終了の挨拶をしてこちらに戻ってくる。僕より3戦多く模擬戦をしているが、息は整ったままだ。


「お疲れさま」

「とりあえず、一旦休憩かしら?」

「そうだね、今日いる若手は7人みたいだから、一旦休憩しよう」


 そう言って、荷物を置いている場所へ戻り、椅子に座ったあと父さんにお弁当を持って来たバックからコップを取り出す。バックから取っているように見せているが、もちろんアイテムボックスの魔法から取り出したものだ。


 コップに冷えた水を魔法で出し、ノエルに渡す。それを受け取り、美味しそうにゴクゴクと飲むノエルは、そのまま一気に飲み干し、CMのような息をこぼした後、僕にコップを返す。再度魔法で水を出し、飲む。運動した後の水は美味しいね。


 僕達が休憩をしている間、模擬戦した若手はオロフさんのところに集まり、全体的なミーティングというなの反省会をしている。若手と言っても僕達からしたら、歳は倍近く離れているが、それでも成人が15歳なので、ここにいるのは12歳から15歳前の見習の人達になる。自警団で鍛えてから冒険者になる人もいるので、全員が必ず自警団に所属するわけではないが、この村には冒険者ギルドが無いので、自警団で基礎を習うのがメルクトス村では普通である。


 他のギルドがある街に行って、基礎をギルドで習ってもいいのだが、その場合暮らす上でお金もかかる。稼ぎながら訓練するのも1つの選択肢だが、この村には優秀な元冒険者が自警団に所属しているのだから、冒険者になりたい人は、ほぼここで成人する年齢まで自警団で基礎を習うそうだ。


「よし、次いくぞ~」


 オロフさんの号令で模擬戦を再開する。今度は自警団に所属する人達で、今年入った15歳から自警団発足後に所属した人達が相手だ。


「おねがいします」


 相手と対峙して礼をした後、剣を構える。全員年上だから礼儀はちゃんとしないとね。


 相手の武器は大剣型の模擬剣か、いつも通り初手は観察から入る。振り下ろしが来たので、余裕を持てる距離を開けて躱す。距離が開いているので、そのまま攻撃せずまた構え直し距離を詰めてくる。そのまま突っ込んでは来ないタイプか。


 また同じように振り下ろしが来たので、相手が追撃出来そうな距離で躱すと、そのまま横に振る。それを見て再度距離を取って仕切り直す。なるほど、まぁ大剣を使っているだけあって、攻撃的なタイプかな。


 三度同じように来たので、まったく同じように避けた後、こちらからフェイントで速度重視の、相手の左肩から右胴にかけて斬りつける袈裟斬りをする。相手は剣幅を利用して防御の姿勢を取る。それはあまりよくないぞと思いながら、相手の剣に軽く当てる。相手は左から右へ大剣を振ったので、ガードの際、剣を持ち手左上、剣先右下でガードすることになるが、そうなると左肩が上がり、剣幅でガードしているのでさらに視界が狭まる。軽く振った剣を当てると同時に、相手の死角である左から潜るように回り込んで、左後ろに着く。相手が僕を確認しようと剣を降ろす間に、首筋に剣を当てて終了。


「それまで!」


 オロフさんから終了の合図を受け、開始位置に戻り礼をする。対戦相手はオロフさんから模擬戦後のアドバイスを受ける。その間にノエルの模擬戦でも見ておくか。


 今回は僕の方が早く終わったみたいなので、ノエルは試合中だ。相手はノエルと同じ片手でも両手でも使えるハンド・アンド・ア・ハーフ、よく言うバスタードソードみたいだ。


 しかしノエルの攻撃に防戦一方になっている様子。剣の打ち合いは摩耗が激しいので、基本は受け流しを行うのだが、それがノエル相手に出来ていない時点で、これはダメかな。あ、終わった。こちらも準備が整ったみたいだ、怪我をしないようにほどほどに頑張りますか。






 自警団発足後に加入した、今日訓練に当てている人達との模擬戦も終わり、再度休憩に入る。とりあえず今のところ僕達はどちらも全勝しているし、魔法も使っていない。5歳児としては異例だが、領主と自警団長の娘と息子であり、ここにも何度も足を運んで模擬戦をしているので、僕達を初めて見て相手をした新人以外は、みんな慣れてしまっているようだ。僕もノエルも若干疲労してきているが、むしろここまでが前座である。


「よし、一通り終わったな。最後の模擬戦を始めるぞ!全員集合!」


 オロフさんの号令で、現在訓練している人全員が集まる。僕達が模擬戦をしている間にも他で模擬戦や通常訓練を行っていた人達も集まり、最後の締めくくりである模擬戦が始まる。僕はこれが1番憂鬱なのだが、ノエルはこれのために先ほどまでの模擬戦をしていたに過ぎない。


「知らないやつもいるだろうから、説明するぞ。試合形式は先ほどの模擬戦と変わらないが、坊主や嬢ちゃん達、その対戦相手も魔法を解禁する。なので、見取り稽古だと思って若手や新人はちゃんと見るように。西の森の魔物相手には、このぐらいやれないと生きて帰れないっていう指針にもなるからな」


 最初は家で剣の稽古をしていたのに、ここで模擬戦などの参加をするようになったのは、ノエルが魔法使用時での剣術が高い水準にあったためである。それを相手した父さんが、ノエルと一緒に何故か僕もここに連れてきたわけだ。


 最初は僕は魔法を使わず若手たちとだけ模擬戦をして、ノエルが自警団発足時に加入した高ランクの元冒険者と模擬戦をしていたのだが、オロフさんが僕の方にもさりげなく高ランク冒険者を模擬戦に混ぜたときに、思わず魔法を使っていい試合をしてしまったため、僕も魔法を混ぜた剣術が出来ることがバレてしまった。本当にあれは痛恨のミスだ。痛いのが嫌で本気を出してしまったのだ。


 まぁその後はなし崩しにノエルと同じような訓練メニューになり、僕は肩を落とし、ノエルは僕と同じことに喜んでいたのは苦い思い出である。


 オロフさんの説明が終わり、模擬戦の相手も決まったようだ。怪我だけはしないように頑張りますか。

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