第19話 違和感と死兆星

 ガタンという音を立てて、おじいちゃんの部屋から出てきた北斗はふう、と息を吐くと隣に座った。


「お疲れ様」

「おう」

「起きなかったね。……ちょっと飲み過ぎだと思うんだけど」

「まあな。……次はここまで飲まないように言わないとな」


 チラッとおじいちゃんの部屋の方へと視線を向けると、北斗は苦笑いを浮かべた。

 だね、と笑うと――ふいに静寂が訪れる。

 そういえば……昨日の夜から何故かばたついていて、こうやって北斗と二人きりで話すのは、あの告白以来初めてかもしれない。

 朝は一緒に通勤したけれど……それとはまた違う、二人きりの空間。


「明莉」


 ふいに、北斗が私の名前を呼んだ。

 伸ばされた手が、私の頬に触れる。


「っ……」


 思わず目を瞑ってしまった私を――北斗は小さく笑った。

 その声にそっと目を開けると……ジッと北斗が私を見ていた。


「な、なに……?」

「ん? ……可愛いなって」

「なっ……なん……っ」


 北斗の言葉に、思わず赤くなる顔を必死で抑える。

 そんな私の態度に、北斗は再び笑い声をあげる。

 ……こんな姿、初めて見た……。


「どうした?」

「ほ、北斗こそどうしたの!? きゅ、急にそんな……」

「そうか? 俺は前から――」

「北斗?」

「っ……」


 何かを言いかけたはずの北斗は、突然頭を抑えると、眉をしかめた。


「北斗!? 北斗!?」

「あ、ああ……」

「大丈夫? どうかしたの?」

「頭が……痛い……」

「ど、どうしよう……病院! 病院行く!?」


 慌てて立ち上がる私の腕を掴むと、北斗は顔を上げた。

 青白い顔色、頬を伝う大量の汗、噛み締められた口元……どう考えても普通じゃない状況だ。

 でも――北斗は、小さく首を振った。


「大丈夫、だ」

「だ、大丈夫じゃないよ!」

「寝れば治る……」

「北斗!」


 聞こえているはずなのに、私の声を無視して北斗は自分の部屋へと向かった。

 本当に大丈夫なのだろうか……。

 無理矢理にでも病院に連れて行った方がいいんじゃあ……。

 でも、私の力じゃあ連れいてくことなんて……。


「っ……それ以上酷くなったら、ちゃんと病院行こうね!」


 そう叫んだ私の声に、小さく「おう」という返事が聞こえた。

 今は北斗を信じるしかない。

 私はため息をつくと、電気を消して自分の部屋へと向かった。



***



 結局、昨夜はあまり眠れなかった。何も言ってこなかったし、きっと大丈夫なんだと思うけど……。

 いつもより早い時間に台所へ向かうと、漁に出たのかおじいちゃんの姿はなかった。かわりに、北斗の姿があった。

「おはよ」

「おはよう……! もう大丈夫なの?」

「……ああ。悪い、心配かけたな」

「それはいいんだけど……」


 本当に大丈夫なんだろうか……。

 顔色は……悪くない。動けているところを見ると、昨日のように頭痛に襲われているってこともなさそうだけど……。


「そんな顔で見るなって。もうなんともないよ」


 そう言って、北斗は私の頭を優しく撫でた。

 そんな仕草に、ふふっと私は笑ってしまう。


「どうかしたか?」

「ううん、北斗のそれって癖?」

「それ……?」

「何かあると頭撫でてくれるなぁって思って。だから、癖なのかなって」

「癖……」


 私の言葉で気付いたとばかりに、北斗はジッと自分の手を見つめる。

 もしかしたら――。


「記憶を失う前からの癖なのかな?」

「え……?」

「だって、自然にするってことは……そういうことをよくしていたってことじゃない?」

「っ……」


 瞬間――北斗は険しい表情を浮かべた。

 私の頭を撫でていた右手をポケットに入れると、唇をかみしめるようにして私の方を見た。


「……北斗? 大丈夫……?」

「っ……あ、ああ」


 イヤイヤをする子どものように頭を振ると……北斗は息を吐いて、顔を上げた。


「もう、大丈夫」

「ホントに……? ホントに大丈夫?」

「ああ……。目不足のせいかな。心配かけて悪かった」


 優しく微笑む北斗の言葉を、私は信じる以外できなかった。

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