第3話 無理難題とタイムリミット

 農林水産課へと向かう司を見送ると、私は商工観光課へと向かう。先輩たちが私を見つけると、困ったように笑いかける。その苦笑いの意味をよくわかっている私は、ため息をつきながら自分の席へと向かった。

 商工観光課のうちの観光課。それが私の所属する部署だった。主に、この島を訪れてくれる観光客の方向けに、修繕や設備の増設なんかを行う部署なのだけれど……。


「課長、どこ行きました?」

「さっきまでそこにいたけど」

「……どうしろって言うんですかね」


 いるはずの人物の姿はなく、重い気持ちに拍車を掛ける。

 それは昨日の帰り、突然言われたことだった。

『観光課の仕事ではなくこれからは商工の方をして欲しい』

 それは、実質私一人しかいない観光課の廃止を意味するものだった。


「まあ、でもたしかに人少ないしね。観光客も、働き手も」

「それはそうですけど……」


 他の課に比べて、うちの課は人が少ない。もっと必要だと言っても、実際問題働き手がいないのだから仕方がない。今いる人で回すしかないのだ。

 それに加えて、ここ数年の観光客の激減だ。昔はもう少し人もたくさん来ていたようだが、今はうちの島の一つ手前にある島に観光客のほとんどを持って行かれてしまっている。そんな中、人手不足のうちの課で無駄に人手を余らせておくことなんてできるわけがなかった。


「でも! もしかしたらこれからもっと観光客だって増えるかもしれないじゃないですか! 頑張ればきっと……!」

「……何を頑張るって?」

「課長」


 いつの間に戻ってきたのか。ひょろりとした長身の男性が姿を現す。そこには我が商工観光課の課長である浅香あさか武義たけよしの姿があった。


「課長!」

「七瀬さん。うるさい」

「昨日の話の続きがしたいです! やっぱり私、観光課がなくなっちゃうのは嫌です!」

「あー、なくなるわけじゃないよ。ただ、規模を縮小するというか、基本的に商工の方の仕事をしてもらって、必要な時だけ観光の仕事もしてもらえばってことで」

「そんなの……!」


 甘えたことを言っているのはわかっている。でも、私は……。

 うまく言葉にできなくて、ギュッと手を握りしめる私に課長は小さくため息をつくと口を開いた。


「今の状況で観光の方にばっかりに人手を割けないってことわかるよね?」

「はい……」


 課長の言うとおりだ。

 私は、溢れそうになる涙を必死にこらえる。こんなところで、泣いちゃダメだ。いい大人だろう。そう思うのに、視界がどんどんぼやけてきて、私はそれを見られないように俯いた。

 この課に来て、もう2年。今まで私は何をやってきただろう。何をやれたのだろう。本当に頑張ってきたと言えるのだろうか。そりゃ、私一人が頑張ったからって観光客が増えるとは限らない。でも、もっとできたことはあるんじゃないのか。そう思うと、悔しくて仕方がない。


「……でも、七瀬さんはそう言うだろうなと思って、掛け合ってきました」

「え……?」


 課長の言葉に、慌てて涙を拭うと私は顔を上げた。そこには、困ったような笑みを浮かべる、課長の姿があった。


「期限は半年。半年以内に、昨年度比150%を達成できなければこちらの言うことに従ってもらいます」

「半年で200%……」


 今が四月だから、九月末までに150%だなんて……。

 途方もない数字に、思わず言葉が出ない。半年でいったいなにができるのだろうか。

 ……ううん。でも、やるしかない! 私は、この島が好きだ。だからもっともっとたくさんの人に来て欲しい。そのための観光課をなくしたくなんかない。この仕事がしたくて、役場に就職したんだから!


「無理なら――」

「やります! 私、頑張ります!」

「そう? それじゃあ、頑張って。できるだけのバックアップはするからね」

「え……?」

「なに。その意外そうな声は。別に僕たちだって観光業をおろそかにしていいなんて思ってないよ。だから頑張って観光客が増えるならそれに超したことはないんだ」

「課長……」


 優しく微笑むと、課長は「じゃあ、そういうことで」と言って席に着いた。私は課長に頭を下げると、自分の席へと向かう。とにかくやれることをやっていこう。

 私はパソコンを立ち上げると、これから先のプランを考えはじめた。

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