第34話

 爆発のような推進力を伴い、ゴブリンジェネラルがスキルによって可視化された赤黒い領域をなぞるように超高速で飛来する。

 大きな弾丸と化したモンスターを横に飛んで躱し、油断なくすぐに動けるように足に力を込める。

 危険目視スキルによる危険性の赤黒いラインが折り返すように俺に伸びてきているからだ。


 空を切ったゴブリンジェネラルは即座に街灯を掴み、パワーで無理やり軌道を正反対へと切り返す。

 街灯を反動でひしゃげさせながら行われた追撃を俺は転がるようにして何とか避けた。


(あっぶねぇ……危険目視スキルによる予測が無けりゃとてもじゃないが避けられない)


 赤ゴブリンはこれで仕留めるつもりだったらしく、空振りしたことで動きを止めて何かを思案している。

 力任せに突っ込むだけでは当たらないと学習したか。

 頭が回る分非常に厄介だ。


 新たな危険予測の領域が曲線のような軌道で浮かび上がる。

 ゴブリンジェネラルは跳ね回るのを辞め、軌道修正が行える地に足着けた移動法で来るらしい。


 ゴブリンジェネラルが動き出した瞬間、隠し持っていた唐辛子と胡椒の粉塵が入った容器を振り撒き、相手の顔が来そうな位置を催涙性の粉塵で満たす。

 少しでも時間稼ぎになればと思っての行動だったが、危険目視スキルの予測軌道をなぞるように高速移動してきた赤ゴブリンのひと息によってぶち撒けられた粉塵は一瞬で吹き飛ばされた。


(凄まじい程の肺活量……!つーか目潰しを滅茶苦茶警戒してる!学習してやがるのか!)


 危険目視スキルが新たな危険性を赤黒く描き、目前のゴブリンジェネラルから暴風雨の如き攻撃が来ると報せていた。

 ゴブリンジェネラルの引き絞られた筋肉が軋む金属のような音を立て、急激に力を蓄えていく。

 引き絞られた弓が放たれた時に似た音、地面に出来た小さなクレーターと共にゴブリンジェネラルが動く。


 赤黒い危険性が迫るのを見越して合わせるように金属棒を振るう。

 予測線をなぞるみたいにして繰り出されたゴブリンジェネラルの右手を、前もって振るっておいた金属棒をジャストミートさせ、弾く。

 相手が攻撃するより早く武器を振ることで、なんとか攻撃を逸らす。

 危険目視スキルによる予測、それを前提とした防御と回避。

 それを、高速で繰り返す。


 左からの手刀、下から掬い上げるような蹴り、頭突き、右手振り下ろし、────


 思考が加速する。


 左、右前、左下、右斜め上、正面、左前、右、下、────


 拳が、足が、嵐のように降り注ぐ。


 吹き出した汗が大量に流れ落ちていく。


 主観では数時間に感じる命懸けのやり取りだが、客観的には恐らく数十秒程か。

 やがて心待ちにしていた瞬間が訪れた。


 俺にしか視えない赤い雨が降る。


 背後へ向かって思い切り転がるようにして距離を空け、ゴブリンジェネラルに背中を見せて逃げ出す。

 俺の行動に対して僅かに逡巡した赤ゴブリンだが、すぐさま逃げ出した俺への追撃を行う。


 必死でマンションの方へと逃げた俺は建物の構造上、三方がただの壁で覆われている袋小路へと追い込まれてしまった。

 逃げ場がない。

 勝ち誇ったかのようにわらうゴブリンジェネラル。


 その時、鈍い音を立てて何かが落ちてきた。


「『フォーカス』」


 視線を誘導する魔法の対象となったのは閃光音響手榴弾。

 耳を塞ぎ目を強く瞑る俺のすぐ近くでそれは爆音を伴って炸裂した。


 キーンという耳鳴りと解像度が下がったかのような視界の中、ゴブリンジェネラルが目を押さえてうずくまっている。


 赤い雨が降り注ぐ。

 いや、正確には赤い雨ではなく、危険目視スキルが見せる危険領域だ。

 昨日工場で吉良さんが収納した大量の金属塊をマンションの屋上から大量に放出したのだ。


「ゴッ……アッッ!?」


 重さ数トンはありそうな重金属の塊の一つがゴブリンジェネラルの肩へと直撃した。

 訳も分からず立ち上がろうとしたゴブリンジェネラルの足を金属の棒で渾身の力をもって払いのける。


 鉄より遥かに重い大量の重金属塊の雨が更に降り注ぐ。

 危険目視スキルによって金属塊の軌道が視える俺は、当たらないように赤い雨から身を躱しながらゴブリンジェネラルへと殴打を加えていく。


「アッ……ガッ……ッ」


 次々と降る重金属塊の雨に打たれ続けたゴブリンジェネラルは急速に生命力が削られていくのが分かる。

 ゴブリンジェネラルが動けなくなったのを確認し、吉良さんへとハンドサインを送った。


 今までの中で一等大きな金属塊が虫の息のゴブリンジェネラルを押し潰すと、因縁の相手であった赤ゴブリンの危険性が雲散霧消する。

 ゴブリンジェネラルが息絶えたのだ。


「はぁ──」


 溜まりに溜まった疲労に耐え切れず、俺はその場に座り込んだ。




 ──────────────────


「ステータスみてみて」


 屋上から降りてきたアクラリムに頭をぺちぺちと叩かれ、ステータスの確認を催促された。


「『ステータス』」



 Lv.20

 名前:オノ ユウジ

 職業:隠者[新しいジョブを選択してください]

 生命力:39/39

 精神力:24/29

 筋力:42

 魔力:21

 敏捷:51

 耐久:30(+38)

 抗魔:23

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)、隠者の極意

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.2 不意打ち1.7 潜伏1.6 隠蔽工作0.9 槍術0.9 鈍器1.0 棒術0.9 短剣2.0 見切り1.8 格闘1.1 逃走0.8 疲労回復0.8 強襲1.4 音消し0.9 精神安定1.3 戦闘技術1.5 思考加速1.3 威圧0.9 投擲1.0 一騎当千0.5 急所突き0.6 蹴技0.5

 ◯固有スキル

 危険目視

 英雄の資格1.0



「英雄の資格が1.0になってるな。あと新しいジョブが選択できるらしい。あ、あとなんか隠者の極意って魔法が増えてる」


「よし!」


 ガッツポーズを取るアクラリムの背後で吉良さんが金属塊の回収やゴブリンジェネラルの死体を収納している。

 吉良さんの収納スキルは本当に強かったな。


「ええっと、隠者の極意の効果は……」


 [精神力を最大値の半分消費し、60秒の間使用時の敏捷と同じだけの数値をステータスに加算する魔法]


 要するに精神力を50%消費して1分間敏捷を2倍にする魔法ってことかな。

 結構使えそうな魔法だ。


 改めて俺はステータス画面の職業の部分に意識を向ける。

 すると、新しい画面が現れた。


 [現在取得可能な職業]

 ・英雄

 ・暗殺者

 ・斥候

 ・冒険者

 ・戦士

 ・自由人


「英雄を選択、と」



 Lv.20

 名前:オノ ユウジ

 職業:英雄

 生命力:49/49

 精神力:34/39

 筋力:52

 魔力:31

 敏捷:61

 耐久:40(+38)

 抗魔:33

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)、隠者の極意

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.2 不意打ち1.7 潜伏1.6 隠蔽工作0.9 槍術0.9 鈍器1.0 棒術0.9 短剣2.0 見切り1.8 格闘1.1 逃走0.8 疲労回復0.8 強襲1.4 音消し0.9 精神安定1.3 戦闘技術1.5 思考加速1.3 威圧0.9 投擲1.0 一騎当千0.5 急所突き0.6 蹴技0.5

 ◯固有スキル

 危険目視

 再分配



「おお、ステータスが全部10ずつ上がって……英雄の資格の固有スキルが再分配に変わった?」


 再分配の効果を確認する為に、ステータスの再分配の項目に意識を集中させる。


 [身体能力を任意の配分で再分配出来る]


 身体能力の再分配……?害は無さそうだし試しに使ってみるか。


「『再分配』」


 配分は……平均値で。



 Lv.20

 名前:オノ ユウジ

 職業:英雄

 生命力:49/49

 精神力:34/39

 筋力:44

 魔力:43

 敏捷:44

 耐久:43(+38)

 抗魔:43

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)、隠者の極意

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.7 隠密2.2 不意打ち1.7 潜伏1.6 隠蔽工作0.9 槍術0.9 鈍器1.0 棒術0.9 短剣2.0 見切り1.8 格闘1.1 逃走0.8 疲労回復0.8 強襲1.4 音消し0.9 精神安定1.3 戦闘技術1.5 思考加速1.3 威圧0.9 投擲1.0 一騎当千0.5 急所突き0.6 蹴技0.5

 ◯固有スキル

 危険目視

 再分配



 なるほど……。

 筋力、魔力、敏捷、耐久、抗魔の五つの値を元々のステータス合計を超えない範囲内で自由に書き換える固有スキルか。

 筋力と敏捷が1ずつ高いのは平均にすると2余るから元々のステータスが高い項目に加算された形か。

 指示に不備がある場合は固有スキルの方で修正してくれそうだな。


 要検証の能力だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る