第25話

 


 薄暗い部屋の中、危険目視スキルによって赤黒いシルエットが浮かび上がる。


 人間が二人いた。

 一方の危険度は赤黒く染まり、もう一方の危険度はそれ程でもない。


「おい、そこで何をしている」


 俺が声を掛けると、身体中に刺青を入れた筋骨隆々の男が舌打ちをしながらナイフを取り出した。


「チッ、動くな!こいつがどうなってもいいのか!?」


 刺青の男の腕の中には高校生くらいと思われる眼鏡の男子が捕まっており、ナイフの切っ先を突きつけられている。

 人質か。


「おい、そいつを解放してくれないか」


「うるせえ!こいつがどうなってもいいのか!?」


 怒鳴る男に物怖じせず、生徒会長が前に出る。


「目的は何ですか?その人質の方を解放して頂けませんか?」


「生徒会長さん、下がってください。危険だ。凛、気を付けろ」


 男の方にスコップを向けながら、生徒会長さんを下がらせる。


 冷や汗が流れた。

 危険度を見るに、俺よりも遥かに強い。


 あんな無茶苦茶なレベル上げした俺よりも強いなんて、こいつは一体何者なんだ……?



 睨み合いが数秒続いた後、刺青の男は諦めた様子でナイフを俺の足元へ放り投げ、両手を挙げて男子から離れた。

 ひかり生徒会長はほっと息を吐き、手を差し伸べる。


「良かった。さあ、此方へ……」

「違う!本当に危険なのは──ッ」


 高校生らしき男子は唐突にぐんっと加速し、刺青の男が捨てたナイフを最低限の動きでぬるりと拾いあげ、そのまま素早く刺突が行われる。

 危険目視スキルによる赤い予測線に合わせてスコップを振るい、寸前のところで男子のナイフをいなした。



「あ、バレてました?はは」


 男子は眼鏡のズレを直しながら、不敵に笑う。


 途端に刺青の男人質の巨躯がぐらりと崩れ、硬い床へと倒れ込んだ。

 その背中には刃物による深い切り傷が幾重にも走っており、男は初めから死に体だったことを物語っている。


 恐らく刺青の男は、最初から眼鏡の男子のスキルか何かで操られていたのだろう。


「……今朝見つかったのも、貴方の仕業?」


 生徒会長が声を震わせながら、男子へと問い掛ける。


「そうです僕です。僕が殺しました」


 男子がそう答えた直後、危険性が僅かに上昇した。

 なんだ……?


「僕の名前は紀伊 満きい みつると言います。僕は『人類の敵』という固有スキルを持ってまして、自分のステータスに更に相手一人のステータスを上乗せすることができます。人類相手に限りますけどね」


 突然の説明に戸惑うも、その固有スキルのヤバさを理解する。

 紀伊満と名乗った男子は、自分のステータスに相手のステータスをプラスできる。

 つまり相手のステータスを絶対に上回ることが出来るのだ。


 殺された風紀委員がいくら『不問語』という固有スキルでステータスを上げても、同様に紀伊満のステータスも上昇したのだろう。

 そう理解した途端、紀伊満の危険度が更にぐんと高まる。


 まただ。

 奴が話す度に強くなっている?

 いや、まさか……!?


「そして僕は──」

「それ以上喋るな!お前、奪ったな!?殺された風紀委員の『不問語』の固有スキルを!」


 紀伊満が更に何かを話そうとしたので、大声でそれを遮る。

 この男が秘密を話す度に危険度が上昇していたことを考えると、殺された風紀委員の固有スキルの特徴と一致する。


 恐らくは何らかの「固有スキルを奪う固有スキル」を保持していると思われる。


 俺以外の全員が驚き目を見張る。


「何で分かったのかなぁ。君、もしかしてレアな固有スキル持ってる?そうだよ、僕の固有スキル『殺人の匪賊』は殺した人間から固有スキルを奪い取る」


 紀伊満はまたも秘密を暴露するが、直前に看破していたおかげかステータスの上昇は無かった。

 これ以上奴に喋らせてはいけない。


「凛、援護を頼む!生徒会長は人を呼びに行ってくれ!こいつは圧倒的に格上だ!殺す気でいかないと勝てない!」


 話が本当なら、奴のステータスは俺の2倍はあると考えた方がいいだろう。

 唯一勝っているといえば、『危険目視』という強力なスキルの存在。

 殺した相手の固有スキルを奪うとなれば、時間が経つ程に手に負えなくなる相手だ。

 今ここで無力化しとかなければならない相手だ。


 背後にいる吉良さんへハンドサインを送りながら、スコップを構える。

 緊張により心臓が荒々しい鼓動を鳴らす。


 危険目視スキルが赤い予測線を描く。

 紀伊満のナイフの連撃を辛うじて防ぎ、タイミングを見計って横へと跳躍する。


 直後、吉良さんの投石器による一撃が飛来する。


「くっ」


 俺が直前まで体で隠しブラインドていた為、紀伊満は投石を肩で受けた。

 すかさず反撃が行われ、凄まじい速さでナイフがうねる。

 それを危険目視スキルの予測によりギリギリの所で受け流す。

 あまりの速さに呼吸すらままならない。


 一発目の投石はノーマークだったから喰らってくれたが、二発目からは警戒されて当てるのは難しいだろう。

 俺は危険目視スキルにより投石の軌道が読めるので当たらないが、相手にとってはかなりの脅威なはずだ。

 しかし、俺の2倍近い敏捷性のはずなのに投石を受けたのは少し意外だ。


 ナイフによる猛攻を紙一重で躱しながら、思考する。

『人類の敵』という固有スキルは相手のステータス分を自分に加算すると言っていたが、相手が複数の場合はどうなる?

 相手を一人だけしか選べないのなら、投石の瞬間に吉良さんを「敵」として認識してしまったことで敏捷が下がり、石を受けてしまった……?

 なら、試す価値はある。


 紀伊満が繰り出すナイフは途切れること無く次から次へと斬撃を生み出す。

 危険目視により辛うじて見切ってはいるものの、流石に息が苦しい。


 俺に固有スキルと直感スキルが無ければ、速攻で殺されていただろうことは想像に難くない凄まじい速度だ。

 だが、俺はこいつより速い奴を知っている。


 あの腐れ吸血鬼、アクラリム•カルンスタインの音よりも速い攻撃に比べれば、まだ避けられる。

 何度も何度も死に掛けてきた経験は無駄ではなかった。

 奴のナイフの軌道を読み、スコップにより大きく弾くと素早く身を翻す。


 吉良さんの第二射が放たれたのだ。

 俺は身を掠める位にギリギリまで引き付けてから石を見送ったものの、今度は完璧に避けられてしまった。


 なるほど、俺を敵として認識し続けることで敏捷が下がることを防いだか。

 ならば、次の第三射目が勝負だ。

 吉良さんへハンドサインで指示を送りながら、スコップを構え直す。

 尋常ではない運動量により酸素が不足して汗が滝のように流れる。


 まだ俺は無傷なのに対して奴は肩にダメージを受けている。

 恐らくこいつは今まで相手より上のステータスになることから、戦闘は全て一方的なものだったのだろう。

 ここにきて戦闘経験の差が如実にあらわれている。


 何としても押し切る!


 再度紀伊満のナイフの嵐を凌いでいる内に、背後から投石の赤い危険性ラインが伸びる。

 勝負を決めるぞ。


 3度目の投石が放たれ、背後から来るそれをしゃがんで素通りさせる。

 同時に、奴の足元へ向かってスコップを全力で投擲する。


「『フォーカス』!」


 紀伊満の視線が石へと釘付けられた。

 好機を逃さず、足に力を込め瞬発して肉薄する。


 奴は投石を意識してしまった為か、今は吉良さんのステータスが固有スキルによって加算されているらしく、危険性がやや下がる。

 紀伊満は石を辛うじて回避したものの、足元に飛来したスコップを避けられずに直撃。

 バランスを崩した。


 俺は腰のホルダーからサバイバルナイフを抜くと、そのままの勢いで奴の腕を切り裂いた。

 腕を斬られた紀伊満はナイフを取りこぼして倒れ込む。


 足に当たったスコップが効いているのか、奴は立ち上がることも出来ずに呻き声をあげるばかりだ。

 彼が持っていたナイフを遠くに蹴り飛ばし、油断はせずに警戒しておく。


 それにしても強敵だった。

 吉良さんの助けがなければ決して勝てない相手だったろう。


 ……殺しておいた方がいいよな。

 俺が紀伊満に殺意を持った瞬間、奴の危険性が赤黒く染まる。

 こいつ、もしかして殺されると発動するタイプの固有スキルを隠し持っている……?


 ならば、生徒会長が応援を連れてくるのを待とう……。


 

 1分も経たぬ内に、生徒会長さんは風紀委員の人達を連れて戻ってきた。

 流石にこれだけ囲まれれば逃げる事も出来ないだろう。


「はは。負けちゃいましたねぇ。君の固有スキル、欲しかったなぁ」


「観念して下さい。あなたのことは拘束させて貰います」


 がっくりと項垂れる紀伊満に対して、ひかり生徒会長が風紀委員と共に慎重に取り囲む。

 もはや逃げ場はない。


「あの、最後に一言だけ大丈夫ですか?」


 紀伊満がそう呟いた瞬間、危険度が急上昇する。


「!?……そいつ何か企んでるぞ!」


 俺が叫ぶより早く、紀伊満は口の中に仕込んでいた何かを噛み潰し──、




またね・・・


 そう言い残すと動かなくなった。

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