第9話

「ん?今何か……」


 俺は何か言い知れぬ違和感を覚える。


 途轍もなく嫌な予感がした。

 遠くから何か得体の知れない強大な化け物が近づいてきているような。



「どうしましたか?」


「いや、大丈夫。もうすぐ危険エリアに入る。なるべく安全なルートを選んだから、遭遇するとしても1体か2体かだと思う」


 あの奇妙な違和感はきっと、直感スキルが危険エリアに入ることを知らせてくれたのだろう。

 そう納得して、前方を見遣る。


 注視すると、より危険な場所が分かる。


「右側のレンガ調の家の二階で見張りをしているモンスターが1体、あとはそこら中の建物の中に潜んでいるけど大きな音でも出さなければ出てくる様子はない」


「あそこか。あそこからだと見晴らしが良いから居なくなってもらう必要があるかもしれないね」


「俺が行きます。隠密スキルがあるので」


 佐藤さんの意見に俺は答えた。

 真っ正面から行くと気付かれて仲間を呼びれたり、大きな音が立つと他のモンスターに気付かれてしまうだろう。


「僕も行こう」


「いや、俺と佐藤さんは戦力的に別れていた方がいいだろう。俺一人で行くよ」



「あの、私も行って大丈夫でしょうか。隠密スキルでしたら、0.6だけですが持っていますので」


 俺と佐藤さんの会話を聞いていた吉良さんがそう提案する。

 意外とアグレッシブな子だ。


 先程の赤ゴブリンの時、吉良さんが居なかったらピンチだったし、お願いした方がいいかもしれない。


「分かった。お願いするよ」


「はい!」


「佐藤さん達は隠れていて下さい。30分以内に戻らなかったら、先に進んで下さい」


「ああ、気を付けて」



 すぐに出る。

 正面からでは流石に見つかってしまいそうなので、裏口へのルートを探す。

 隣の家からなら、目立たず辿り着けそうだ。


 俺と吉良さんは身を隠すようにして進んでいく。

 モンスターからの視線は危険目視スキルが教えてくれるので、視線が来る前に身を隠せる。


 難なく裏口までたどり着くと、モンスターの視線に気を付けながら家の周りを探索するも、どこも鍵が掛かっており空いている様子はない。

 モンスターは直接二階によじ登ったのか。


 どうしよう。

 窓ガラスを割ったら流石に気付かれそうだ。



「試してみたいことがあるのですが……」


 悩んでいると、吉良さんが声のトーンを落として話し掛けてきた。


「試したいこと?」


「はい。この魚肉ソーセージにフォーカスを掛けて置いてみるのはどうでしょう」


 吉良さんはこの状況も想定していたのか、いつの間にか食料から一つ持ってきていたようだ。


「それで行こう」



 俺は隠密スキルで気配を隠しながら、魚肉ソーセージを視界に入りそうな場所に置き、近くに身を隠す。

 潜伏スキルを発動させると、吉良さんへ合図を送る。


「……『フォーカス』」


 危険を報せる赤い領域が、ソーセージへと伸びる。

 どうやら発見したらしい。


 かたり、と物音がした後、ゴブリンが1匹壁の凹凸を利用しながら降りてきた。

 こちらに背中を見せながら、ソーセージの匂いを嗅いでいるようだ。


 なるべく気配を殺しながら、限界までにじり寄り、槍を突き出すように構えながらダッシュする。

 槍はゴブリンの背中へと突き刺さる。


 隠密スキルが成長しているのか、ゴブリンは槍が刺さるまでこちらに気付くことはなかった。

 意識外からの攻撃に、ゴブリンは完全に意表を突かれたらしく、反撃も仲間を呼ぶことも出来ない。


 槍を引き抜き、叫ばれる前にゴブリンの後頭部を殴打し意識を刈り取る。

 ゴブリンは白目を剥いて動かなくなった。


 近づいて確認すると、まだ呼吸はしている。


 真理亞さんのステータスを発現する為に丁度良い。


「まだ生きてるけど、真理亞さんがステータスを使えるようにする為に連れて行こう」


「分かりました」


 吉良さんに槍を持ってもらい、俺はゴブリンの腕を抑えながら運んでいく。

 もし意識が戻るのなら、危険目視スキルが教えてくれるだろう。



 別れた地点へと歩みを進めていく。


「吉良さん、平気?着いてきてくれてありがとうね。助かったよ」


「いえ、お役に立てたのなら良かったです。こういう時に不謹慎かもしれませんが、実は私こういうのに少し憧れていたんです」


「そっか。俺も冒険とかの非日常には憧れてたんだ。でも実際体験するとやっぱり辛いな」


 思っていた通りには全然いかない。

 危険目視スキルのおかげで、何とか騙し騙しやれてはいるが、これから先のことを考えると、強烈な不安感に苛まれる。


「思い詰めてばかりでは、心が参ってしまいます。辛い時こそ笑いましょう」


 吉良さんがそう言って元気付けてくれる。


「そうだな。ありがとう」


 お礼を言って歩みを進める。

 肩の荷が少し軽くなったような気がした。

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