第4話

 

 一歩一歩ゆっくりと着実に進んでいく。

 今のところゴブリンに気取られた様子は無い。



 ついにゴブリンに最も近い車の後ろにたどり着いた。

 ここからゴブリンまでは5メートル程か。

 ばくばくと心音が鳴り響く。


 緊張する。

 口から心臓が飛び出そうだ。


 機を窺っていると、危険性を報せる薄い赤色の領域がこちらへと伸びてくる。


(……!)


 なんの気まぐれか、偶然にもゴブリンがこちらを振り向いたのだ。

 野生動物のごとき勘の鋭さだ。

 俺は出来得る限り最大限に気配を殺す。


 元より薄かった自らの気配が、さらに希釈されるのを感じる。

 隠者を取得した時に得た潜伏スキルの恩恵か。

 同時に視界内の赤色も更に薄く希釈されていく。


 ……


 異常なしと判断したのか、ゴブリンは再びスーパーマーケットの方へ向き直る。


 同時に、

 駆ける。


 槍を前に突き出すように握りしめ、ゴブリンへとダッシュで接近する。

 攻撃行動に移ると隠密系のスキルは解除されるらしく、異音に気付いたゴブリンが驚いたように振り返る。


 ゴブリンの顔が此方を向いたのとほぼ同時に、背中に槍を突き刺した。

 ずぐり、と鈍い手応えが腕に伝わる。


「ギッ!!?」


 直ぐさま槍を抜こうとするも、深々と刺さった先端が中々引っこ抜けない。

 その代わり相手のゴブリンも傷が深いらしく、苦しそうに呻くばかりで行動に移れないでいる。


 槍を引き抜くことは諦め、槍を手繰ってゴブリンを引き寄せながら、体重を乗せた踏み付けるような前蹴りをゴブリンの後頭部へと叩き込んだ。

 上手く入ったという確かな感触と共に、槍の先端の包丁がゴブリンの背中から抜け落ちる。


 即座に槍を掲げるように持ち上げ、振り下ろす。

 包丁の部分より少し下の物干し竿の先端部が、ゴブリンの頭部を殴打した。


 ゴブリンは意識を手放したのか、身じろぎひとつしなくなった。

 念の為、槍を突き刺してトドメをさす。


 肉を断つ手応えと共に、どっと疲労感がやってくる。


 順応性スキルの為せる技なのか、この壊れた世界に対してここまで馴染むのが早いとは。

 自分でも少し薄ら寒くなるが、今はこのスキルに感謝せねば。



 槍の血を拭うと、ゴブリンが見つめていたスーパーマーケットの方向を見る。

 内部を観察するも、何かの気配はするが、危険性を示す赤い色は見えない。


 中に居るのはモンスターではなく人間だろうか。

 それも友好的である可能性が高い。

 俺は意を決してスーパーマーケットの中に入ることにした。



「だれか居ますかー?」


 周囲の警戒もしつつ、一応声を掛けながら踏み入れる。

 モンスターと間違われて攻撃されるのは嫌だからな。


 スーパーマーケット内は物が散乱しており、足の踏み場も無い状態だ。

 時折見える血の跡がここでも外と似たようなことが有ったのだろうと分かる。


 耳を澄ますと、店の奥の方で何やら話し声が聞こえる。

 相変わらず危険性は見えない。


 声の発生場所は、商品棚が倒れてできた小さなスペースからであった。

 複数人が隠れるようにしゃがみ込んでいた。


「あの……」


 俺が声を掛けると、話し合っていた人達がハッとしたようにこちらを見た。

 見張りも立てないとは不用心な。


 人数は大人と子供を合わせて合計4人。

 1人は如何にも休日のサラリーマンといったような眼鏡を掛けたおじさん、1人は子供を連れた主婦、最後は高校生くらいの女性だ。

 女子高生は武器としてなのか、棒だけになったモップを持ち、サラリーマン風のおじさんはコンクリートブロックを抱えている。



「ひ、人か。良かった……」


 眼鏡のおじさんが安堵の息を漏らした。

 側にいた女性二人も一安心したように胸をなで下ろした。


 こういう状況の時、小説とかだと不良の集団とかに占拠されてたりするから、正直俺もほっとした。


 

「申し訳ありませんが、今はどういった状況でしょうか?外のことはご存知ですか?」


 混乱しているだろうから、俺はなるべく話の取っ掛かりを話しやすいよう質問した。


「ああ、知っている……」


 おじさんは少し言い淀んだ後、口を開く。


「……1時間程前だったか、外から何かが一斉に店内へと雪崩れ込んできた。最初は何かわからなかったが、兎に角何かの生き物の大群であることは理解できた。そいつらは店内の客を、その、……」


「大体分かりました。他の客はどこかへ連れ去られて、あなた方はその商品棚の下にいたお陰で偶然助かったんですね」


「あ、ああ」


 眼鏡のおじさんは肯定の相槌を打った。

 言いにくそうにしていたので簡潔に話をまとめる。


「ちなみに、その怪物みたいな生き物とは戦ってはいませんよね?」


「いや、戦ったよ。一匹だけ店内に残って食べ物を漁っていたので、私とそこの女子高生の子が。彼女が怪物に手傷を与え、僕がトドメを刺した」



 意外だ。

 しかし、好都合。


「実は、先ほど携帯テレビ端末でニュースを見たのですが、怪物を倒したら『ステータス』と呟いてくれとか何とか」


「『ステータス』だって?ん、な、なんだ……!?」


 どうやら他人から見ることは出来ないらしいが、眼鏡のおじさんの目前にはステータスが表示されているらしい。


「ど、どうしましたか?」


 困惑するおじさんを見て、後ろに控えていた女子高生が狼狽する。

 モンスターを倒したのはおじさんだそうだが、それを手伝った場合はどうなるのだろう。


「ニュースでやっていたんです。モンスターを倒したら『ステータス』と唱えると、不思議な力が手に入ると」


「『ステータス』、ですか……?」


 さあ、どうなる。



「これは……?」


 女子高生が虚空を見て、驚いている。

 どうやら直接倒した訳でなくともステータスは表示されるようだ。


 なるほど。



「いま表示されているのは、自分の能力を数値化した物だと思います。職業という物を選択すると、能力値が少しだけ上昇するみたいです」


 二人が混乱しないように情報を与え、職業を決めるように思考を誘導する。


「職業、ええっと、僕が取得可能な職業は……。冒険者と戦士、旅人、そして俗人かな」


「私は……、冒険者と奇術師、と唄方うたかた?と踊り子です」


 職業は意外と種類が豊富なようだ。



「俺は隠者という職業を選びました。戦闘に適した職業ではありませんが、この世界で生き延びるのにこれが良いかな、と思いまして。……職業は自らの今後に深く関わることなので、きちんと考えて自分の意志で選んだ方が良いと思います」


「そうだね……」


 おじさんが眼鏡の位置を直しながらそう呟いた。

 女子高生も深く頷いた。



「そういえば、自己紹介がまだでしたね。俺は小野裕司と申します」


「僕は佐藤利男さとうとしお。職業は……戦士にするよ。前に立って戦える人間が一人は居た方が良いだろう」


 佐藤さんは有り難いことに前衛を買って出てくれた。

 戦士を宣言した瞬間、佐藤さんの雰囲気が少し変わったように思える。

 戦う為のスキルを得たのかもしれない。


「私は吉良凛きらりんです。職業は奇術師にしようと思います」


 最初、女子高生の名前がきらりんというキラキラネームなのかと思ってしまったが、どうやらフルネームできらりんと言うらしい。

 奇術師というのは将来的に魔法使い系に繋がりそうな職業だな。


阿部真理亞あべまりあと言います。こちらは息子の晴明はるあき


 子連れの女性がそう名乗る。

 お子さんは2才か3才くらいの男の子だ。



「よろしくお願いします。俺は食料を集めてどこか安全そうな拠点を探そうと思っていますが、皆さんはこれからどうしようとお考えでしたか?」


「最初はここに立て篭もろうと思ったが、入り口が大きすぎてこの人数だと難しそうだ。どこかには移動したいと思っていたよ」


 佐藤さんがそう答える。


「それと、無理を言って済まないが、僕の家族が無事なのか確認したい」


「ご自宅の場所は?」


「3丁目のセブンレイブンの裏手のアパートだよ」


 佐藤さんが悲壮な面持ちでいる。

 家族のことが心配なようだ。


「なるほど。お二人は?」


「私の夫は単身赴任で遠くに居まして、携帯が壊れてしまったようで連絡が付きません。両親は既に他界しているので、私は皆さんにお任せ致します。息子の為にも、安全なところを探すのは賛成です」


「私は、後でで構わないので、学校を見に行きたいです……」


 阿部さんと吉良さんがそう答えた。

 皆どこかしらに移動することを考えているようなので、一緒に行動した方が良いだろう。


「分かりました。それじゃあ、なるべく保存の効きそうな物をカートに詰めて移動しましょう。あと、必要そうな物があれば、各自持って行って下さい」


 車を持っているという佐藤さんと阿部さんは一足先に車のエンジンを掛けようと外に出た。

 俺も後を追うように食料をショッピングカートに詰めて、駐車場に向かう。


 女子高生の吉良さんだけが、まだ店内で必要なものを探している。

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