4. ルーズソックス

「こちらが私の知り合いのシオンくんです」

「こんにちは~。ポン太に久美ちゃんが行きたそうな場所はないかって相談されたんだ」

「だから、私の名前は法稔です」

 昼下がりの絶叫マシンで有名な遊園地。法稔が呼び出して、可視化した久美子にシオンはまずは、とティーンズ向けのファッション誌を差し出した。

「着替えてみる?」

 事故当時の服のままの彼女に読者モデルがカラフルなブランドの服を着ているページを開き、服を変えるやり方を教える。

「トイレで着替えてきなよ」

 半信半疑の顔で雑誌を手にトイレに向かった久美子がモデルと同じ服に変わって出てくる。嬉しそうに自分を見回す久美子に「よく、似合ってるよ」シオンは微笑んだ。

「じゃあ、行こうか。久美ちゃんは絶叫は平気?」

 遊具を回る。いくつか乗ったところでフードコーナーで休憩し、軽くお茶にする。久美子が

「ちょっと見てきて良いですか?」

 併設されている売店に入った。

「さすがですね」

 今までに見たことのない顔ではしゃいでいる久美子に法稔が感心する。

「いや、そんなことないよ」

 だが、シオンは、ぬいぐるみを見ている彼女を眺めながら、首を横に振った。

「確かに楽しんではいるけど、本当に彼女のしたいことにはみえない」

 遊具で遊んでいるときも、園内を移動しているときも不自然なくらい周囲を見回していた久美子にシオンは違和感を感じていた。

「まるで、誰かを探しているような……」

 園のキャラクターのついた文具コーナーに移った久美子が慌てて棚の影に隠れる。パズルのコーナーから女子高校生が五人、笑い合いながら歩いてくる。彼女達の顔をじっと見つめた後、久美子は小さく息をついて、また文房具を手に取った。

「確かに……」

「でしょ」

 でも、誰を探しているのだろう?

「シオンくん、これもさっきのやり方で出来ます?」

 久美子がマスコットのついたシャープペンシルを掲げる。

「だったら、私のこれを使って変えて下さい」

 法稔が自分の黒い手帳から、ペンを抜いて渡す。

「ありがとう。ポン太くん」

「……いや、私の名前は法稔です」

 楽しげに笑う。そのとき、また、少女の一団がやってきた。

 久美子は彼女達の足下にちらりと視線を送った後、今度はさっきのように隠れようとはせず法稔からペンを受け取った。

 ……え?

 彼女達も先程の子達や久美子と同じ雑誌の読者モデルが着ているような服を着ている。違う点と言えば……久美子が見た足下を見る。今度の彼女達はスニーカーに普通の白のソックスを履いていた。

「もしかして……ルーズソックス……?」


 

『ルーズソックス? あの流行出した靴下ですか?』

 休憩所を出て、次に入るお化け屋敷に向かいながら、心語で久美子が見ていた物を伝えると法稔が首を捻った。

 最近女子高生の間では白いだぼだぼしたソックスが流行し始めている。

『うん。どうやら久美ちゃんはルーズソックスを履いている女の子の顔を確認しているんだ』

 何か知らない? シオンの問いに法稔は唸った。

『そう言えば以前、久美子さんが、妹さんがルーズソックスをたくさん買ってきて、お母さんに怒られた話をしてました」

 まだ、この辺りでは売ってない為、友達と県外まで行って買い込んできたらしい。

『妹!』

 ピン! と頭の中で何かが弾ける。

『確か、妹さんって、両親に反発して遊び歩いているとか』

『ええ、同級生や先輩の『ギャル』友達と遊びまくっているそうです』

『もしかして、久美ちゃんが行きたい『楽しくて面白いところ』って、その妹さんがいるところなんじゃない? 妹さんを見つける為に』

『……あ……』

 そう言えば、時々、甘いものを食べているときに『あの子も食べたかな……?』と久美子が呟くことがあったという。

『あんな事情があっても久美子さんはまだ妹さんのことを好きなんだなぁ……とそのとき思いました』

『やっぱり。今の久美ちゃんの心残りは妹さんなんだ。ボク、ちょっと妹さんがいるところを探してくるから、ポン太は久美ちゃんとここにいて!』

『お願いします!』

「久美ちゃん、ちょっとボク、用事思い出したから!」

 お化け屋敷の入り口の列の後ろに着いた二人を背に駆け出す。建物の影に入ったところで、シオンは周囲を見回し、まずは彼女の家に飛んだ。

 

 

 流行りの各国のキャラクターを戦わせる格闘ゲームの効果音が響いている。行きつけのゲームセンターの片隅で、裕子はぼんやりと佇んでいた。

『あなたがうるさく勉強しろと言うからでしょ! 近所の人達が私達があの子を自殺に追い込んだって噂していて……もうスーパーにも行けない!』

『お前の方がよっぽどうるさかっただろう!!』

 今日も姉の死の原因をなすり付け合っていた両親から逃げるように、ここにやってきたのだ。

『裕子には好きな学校に行かせてあげて。私が大学受験頑張るから』

 そう言って高校進学を後押ししてくれたのに、自分が希望校に合格してからは徐々に言葉を交わさなくなった姉。生きている間は、そんな姉の事もうっとうしくて避けていたが、今、頭の中を巡るのは小さいときから何かと世話を焼いてくれた優しい姉の笑顔だけだ。

「お姉ちゃん……やっぱり家族わたしたちが原因で自殺したのかな……?」

 泣き出しそうになるのを必死にこらえながら、姉が

『面白い靴下だね』

 久しぶりに笑い掛けてくれたルーズソックスを見下ろす。

「なあ、遊ぼうぜ」

 よく、ここで顔を合わせる高校生の男子が格闘ゲームのコントローラーの脇に積み上げていた百円玉を使い切ったのか、声を掛けてきた。

「……ちょっと、ヤメなよ。この子、今、そういう気分じゃないんだ」

 ギャル仲間の先輩が止めてくれる。

「なんで、無視するねーちゃんが亡くなってせいせいしただろ」

 裕子の肩がぴくりと跳ねる。

「アンタ!!」

「くっら~い姉ちゃんだったってな。自殺してスッキリしたじゃん」

「うるさいっ!!」

 裕子は男子に飛び掛かった。

「お姉ちゃんを悪く言うなっ!!」

 突き飛ばそうとして反対に突き飛ばされ、床に尻餅をつく。

「いつまでもウジウジとうぜ~んだよ!!」

 男子が拳を振り上げる。思わず両腕で頭をかばったとき

「女の子に暴力はいけませんよ」

 低い少年の声が頭上で聞こえた。

 顔を上げると丸顔に丸い体躯の少年が彼の拳を掴んでいる。

「うるせぇ!!」

 男子が蹴飛ばそうと足を上げる。少年が拳を放し、半身ずらして前に出る。蹴ってきた足を避け、彼の軸足を払った。

 ドテン!! 派手な音が立ち、ゲームセンター内の視線が少年に集まる。

「なんだぁ~!!」

「てめぇ~!!」

 仲間の男子達がわらわらと寄ってくる。

「はいは~い、キミ達は危ないから下がって~」

 今度は小柄な可愛らしい茶髪の少年が現れ、裕子の腕を取って立たせてくれた。先輩のギャル友達も一緒にゲーム機の向こう側に避難させる。

「裕子ちゃん、大丈夫?」

「あ……うん」

 乱闘が始まる。丸顔の少年一人に対して男子高校生、八人だ。

「それより、あの子は大丈夫なの!?」

 慌てる裕子に茶髪の少年は

「油断してたとはいえ、戦闘兵のボクの不意をつける子だからね。大丈夫」

 苦笑いを浮かべた。

 少年は狭い空間に置かれたゲーム機を上手く使って、自分と相手が一対一になるようにさばいていく。ドッ……。レーシングゲームの角に誘い込まれた男子が腹に拳を叩き込まれる。重い音が響き、一撃で床に崩れ落ちる。

「お前も仲間か!?」

 丸顔の少年に恐れをなしたのか、一人の男子が茶髪の少年に殴り掛かる。少年がすっと身を屈め、拳を避ける。そのまま床に手を着き、足払いを掛ける。体勢を崩し転び掛けたところを蹴り飛ばした。男子はゲーム機の角に背中から当たり、倒れて動かなくなる。

「忠告しておきますが、彼は私より強いですよ」

「まあね~」

 茶髪の少年がひらひら手を振る。

「女の子達をお願いします」

「了解」

 丸顔の少年が突き出されたバタフライナイフを口の中で何か呟いて、素手で弾く。驚き、戸惑う高校生の鳩尾にまた拳の一撃が入った。

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