第4話



 それにしても、今日は朝から色々な人に会う。

 このままいけば、全員コンプリートも夢ではない。

 想像してみればみるほど、ぞっとしない話だ。


 僕は狂った考えが現実のものにならないように、飛知和さん達と別れてから歩くスピードを上げた。

 日頃の運動不足がたたって、本当に多少の差だったのだが、それでも誰にも会わずに屋敷にたどり着いた。


 そこで、僕は安心してしまった。


「……ああ? お前、サンタとかいうふざけた名前の……」


 部屋に帰るまで、絶対に気を抜いてはいけなかったのに。

 相手も無視してくれれば良かった。

 しかし話しかけてきたのだから、無視するわけにはいかない。


「オハヨウゴザイマス。キョウモイイテンキデスネ」


「はあ? ふざけてんのか?」


 決して、ふざけているつもりはなかった。

 度重なる望んでいない出会いに、疲労がピークに達していたのだ。

 カタコトになってしまっても、なんの不思議もない。


 むしろ僕の疲れを察して、話しかけないで欲しかった。

 全く持って空気の読めない人である。

 僕は全ての責任を、話しかけてきた遊馬あすまさんに押し付けることにした。


「お前、こんなに朝早くから何しているんだ?」


 僕の悪意が、彼にも通じたのか。

 眉間に皺を寄せて、来ているジャケットのポケットを探り、タバコを取りだした。

 別に副流煙がどうとか、禁煙じゃないのかと野暮なことを言うつもりはない。


 しかしタバコの煙はあまり好ましいとは思わないので、さりげなく風上に移動する。


「何をしているって、散歩ですかね。色々なところを見てみたくて」


「あっそ」


 どうやら僕は嫌われてしまったらしい。

 尋ねてきたくせに、答えると興味無さそうに視線をそらされた。


 別に、中年の男性に好かれたいという性癖はないので、なんのショックも受けない。

 遊馬さんは、確か浮気調査を専門に仕事をしていると言っていたが、なんだか自身が浮気で奥さんに逃げられたかのような見た目をしている。


 ヨレヨレのスーツに、無精髭、髪だってボサボサで、常にタバコか酒を持っている。

 どうしてこの屋敷に呼ばれたのか不思議なほど、場の雰囲気にあっていなかった。


 それは本人も自覚しているのか、いつも居心地悪そうな顔をしている。


「ったくよお、ここのお嬢様も呑気なものだよなあ」


 タバコを吸って少し余裕が出来たのか、こちらにまた視線を向けてきた。

 僕は立ち去るタイミングを失っていたので、話に付き合う。


「無人島を買取って、屋敷作って、人を招待して。金持ちっていうのは、羨ましいねえ。そんな湯水のように金を使っても、有り余ってるんだろう」


 勢いよく吸い込んでいるからか、あっという間に短くなるタバコ。

 とても美味しそうに吸う気持ちは、理解出来なかった。


 緋郷もタバコは吸わないし、吸うとしたらパイプの方が似合いそうだ。

 同い年なはずなのに、スリーピーススーツが似合うのは男として負けた気分にさせられる。


「お前も、そう思うよなあ!」


「えっ、ああ、そうですね」


 そろそろ緋郷が起き出す頃だろうか。

 いや、まだ半分も経っていないだろうか。

 別のことで頭を動かしていたので、全く話を聞いていなかった。


 反射的に頷いてしまったけど、何の話をしていたのだろう。

 もう一度最初から話をしてくれないかと期待するが、そんな親切なことはしてくれないみたいだ。


「だよなあ。まあ、言われた日数大人しくしていれば、破格の報酬を貰えるから、それまでの我慢だな」


「は、はあ」


 本当に何の話をしていたんだ。

 何故か少し好感度が上がって、僕は戸惑ってしまう。


 そうしている間に、彼の中で話は終わってしまったようだ。

 タバコを吸い終えると、彼はジャケットを探って携帯灰皿を取りだした。


 ポイ捨てをしないのは、さすがにしたらまずいと分かっているからか。

 火を消し、灰皿の口を閉じると、僕に向かって手を伸ばしてきた。


「何ぼーっとしてんだ。さっさと手を出せ」


 その意味が分からず、手を見つめて首を傾げると、少しイラつきを含んだ声で言われる。

 自分時間で動いている、自己中心的な人だ。


 トラブルを避けるために僕は文句を言わず、黙って手を出した。

 そうすると手の平に、クシャクシャになったゴミを置かれる。


 急に何の嫌がらせだろう。

 僕はしばらくその紙を見つめ、捨てるべきか否か迷った。

 もしかして、捨ててこいというパシリだったのか。

 その結論に至って、ゴミ箱を探しに行こうとしたのだが。


「それ、名刺だからな。何かあったら、連絡してもいいぜ。依頼も優先的に受けつけてやるよ」


 なんと、僕の手のひらの上にあるグチャグチャのゴミは、名刺だったらしい。

 どう控えめに見ても、ゴミだったから勘違いしてしまった。

 絶対に洗濯機の中で、一度回っているはずだ。


 僕は色々な覚悟から手のひらを観察して、やっぱりゴミだという結論を出す。

 あとで、捨てよう。


「……ありがとうございます。何かあったら、連絡しますね。」


 僕は考えをみじんも表情に出さず、ゴミをポケットの中に入れる。

 どうせ使う予定もない。

 捨てても、特に困るわけでもない。


 それなら、持っていても仕方が無い。

 さすがに目の前で捨てるほど、狂った考えは持っていないから、持ち帰るふりはしたけど。


 これを、他の人にも渡しているのだろうか。

 きちんと連絡出来た人は、何人ぐらいなのだろうか。

 それは凄い興味がある。


「おう。よろしくな。依頼があるなら、安い値段でやってやるからな」


「あはは。よろしくお願いします」


 僕がポケットにしまったのを確認すると、遊馬さんは手を上げて去っていった。

 タバコの残り香だけが僕を包み込み、あまり好きではない臭いに顔をしかめる。


 遊馬さんと話をして得られたのは、服に染み付いたタバコの臭いと、ポケットの中に入ったゴミだけ。

 全く何の収穫もなくて、不快感だけが残る結果になってしまった。



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