第23話 追跡開始

 パレードの翌日。

 いよいよエステル出発の日が訪れた。

 この日、シオンは……、いやノアはリィエルを連れて朝早くから王城近くに接近していた。目的はもちろんエステルが乗る飛空車を特定して追跡するためだ。

 人気のない緑葉地帯に潜み、木を背に腰を下ろしている二人。ノアはかつて王族として飛空車に乗ったことがあるので、飛空車専用の離着陸場がどこにあるのかを把握していたのが幸いだった。

 現在地は一般人の侵入が禁止されているエリアなのだが、見張りの兵士が数多く巡回している場所というわけでもない。ノアとリィエルのレベルならば侵入自体は困難というほどでもなく、無事に潜入を果たしていた。

 監視を開始してから数時間。グリフォンやペガサスに乗った大勢の戦闘員に護送された飛空車数台が飛び立っている姿を目撃すると、ノアは神眼を発動させる。

 すると、十台はある飛空車の一つに――、


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 ――対象の魔道船を解析。

 ――『エステル・ヴァーミリオンの乗船』を鑑定。世界記録アカシックレコードへアクセスし、当該人物の位置情報が対象の馬車内にいるか照らし合わせます。

 ――判明。

 ――エステル・ヴァーミリオンの乗船を確認。位置情報をマーキングしてトレース。以降、神眼を発動させている間はノア・ターコイズと位置情報を共有します。

================


 エステルが乗っているという鑑定結果が出た。


「あの飛空車にエステルが乗っている。出発だ、ほら」


 ノアが立ち上がり、まだ座っているリィエルに手を差し出す。


「うん」


 リィエルがノアの手を掴んで立ち上がる。

「しっかり捕まっていろよ」

「うん」


 ノアはリィエルを抱きかかえると、出発した飛空車を追うべく無詠唱で飛行魔法を発動させた。ふわりと宙に浮かび上がると、そこから一気に上昇する。

 飛空車はノア達を待ってはくれないので、王城を離れてどんどん進んでいく。ターコイズ王国の王都からヴァーミリオン王国の王都まで、徒歩だと一ヶ月以上かかるが、飛空車に乗って移動するのなら、不測の事態が起きない限り二日後にはたどり着く。ノアが追跡を行うにあたって、問題があるとすれば――、


(けっこう速いな。居場所を鑑定するとマーキングできるのは便利だが、神眼は発動させるだけでも魔力を消費する。この速度を維持して飛んで、俺の魔力がどこまで保つかはわからない。視界に映っている限りは神眼の発動を切っておくべきだな)


 ただでさえ魔力がなくなるまで飛行したことがないので、どれほど飛べるのかはノアでもわからないのだ。ただ、仮に魔力切れが起きたとしても――、


(マジックポーションは買い込んだ。最終的な目的地がヴァーミリオンの王都だってことは間違いないんだし、飛べるところまで飛んでやる)


 と、ノアは意気込む。


(急ごう)


 ノアは引き離されないよう、かつ、振り返られた時に発見されないよう、かなりの距離を置いて遠く前方を進む飛空車の後を追った。


   ◇ ◇ ◇


 数時間後。

 王都からだいぶ離れたところまで来たが、いまだ飛行を続けているノアとリィエル。前方にはエステルが乗っている飛空車と、その護衛部隊がいる。

 道中、エステル一行に倣って一度だけ休憩を取っていたが――、


「リィエル、ずっと同じ体勢で疲れないか?」


 ノアが抱きかかえたリィエルに尋ねた。


「問題ない。ノアこそ魔力の回復はしないで大丈夫?」


 リィエルがノアの顔を見上げて訊き返す。


「ああ、神眼と一緒に獲得したスキルのおかげで思っていた以上に魔法使用時の魔力消費効率が良くなったらしい。マジックポーションもあるし、まだまだ飛べるよ」

「無理はしないで」


 そう言って、リィエルはぎゅっとノアの外套を掴んだ。


「あ、ああ。必要なら飛びながらマジックポーションを飲ませてくれると助かるよ」


 ノアは至近距離からリィエルと視線が合うと、顔を赤くして頷く。すると、ノアの頬にぽつりと冷たい感触が走った。


「……ん?」


 頭上を見上げると、どうやら雨のようだった。王都を出た時は晴れ模様だったのだが、今はだいぶ雲が出ている。

 小雨だが、少しずつ勢いが増している。


「これは?」


 リィエルが不思議そうに空を見上げる。ノアと行動を共にしてからも雨は降っていなかった。ずっと研究所の中にいたから、雨を知らないのだろう。


「雨だよ。自然現象で、空から水滴が降ってくるんだ。降り始めだからまだ弱いけど」


 このまま降雨量が増したら、飛行に影響が出るかもしれない。身体が冷えすぎれば風邪をひく恐れもある。


「雨……」

「まいったな……」


 リィエルが依然、空を見上げている一方で、困り顔を浮かべるノア。


「雨は困るの?」

「ああ、身体が水に濡れて冷えると風邪をひくからな」

「ノアが困ると、私も困る。雨、止まってほしい」


 しゅんと不安そうな顔になるリィエル。しかし、そんな思いとは裏腹に雨はどんどん強くなっていく。


「いや、このまま雨が強くなれば飛空車の移動も困難になる。そうなったらどこかの都市に着陸するはずだ。いっそのことこのまま強くなった方がいいのかも?」


 飛行不能になって落下すると最悪の事態が待ち受けているので、天候が荒れた時には飛行厳禁だと、ノアは王族だった頃に聞いたことがあった。


「そうなの? なら、もっと雨が強くなってほしい」

「強くなってほしいって……、ふふ」


 無垢な瞳で願うように空を見上げるリィエル。そんなあどけない彼女が可愛らしくて、ノアはつい笑みをこぼしてしまう。

 こんな会話をしている間にも、雨はどんどん強くなっている。最初こそぽつぽつと降っていただけだが、今ではざああっと音を立つほどだ。


「どうして笑うの?」


 小首を傾げて尋ねるリィエル。


「何でもないよ……」


 リィエルが可愛いからだ。とは素直に口にできなくて、ノアは誤魔化す。すると、前方を飛ぶ飛空車の船団が高度を下げ始めた。その進行方向には都市がある。そうこうしている間に雨は土砂降りになっていき――、


「流石に飛行は断念するみたいだな。あそこの都市に着陸するみたいだ」


 ノアは視線の遥か先にある都市を指さした。


(……この雨だと今日の移動はもうないだろう。エステルの帰国予定にもズレが生じるはずだ。地方の都市でなら王城よりも警備が緩いはずだし、雨で視界も悪くなっている。勝負に出るならここしかない)


 虎穴に入らずんば、虎児を得ず。今のノアがエステルと接触するためには、どこかで危ない橋を渡る必要があるのだ。だから――、


「少し接近して、船の様子を探ってみる。このままエステルがこの都市で夜を明かすようなら、チャンスだ。タイミングを見計らって接触を試みる」


 ノアはリスクを踏まえた上で、勝負に出ることを決める。


「うん」


 リィエルはぎゅっとノアに抱きついて頷いた。

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