第21話 決意
ある晴れた日の正午。
ターコイズ王国の城下町で、未来の王妃エステル・ヴァーミリオンの来国を歓迎するパレードが行われている。そんな最中、時計台の物見部屋からパレードの様子を盗み見ているシオンとリィエル。
「なんとかして、エステルと接触してみようと思う」
と、宣言したシオンに対し――、
「私にできることがあれば協力する」
リィエルは何の躊躇いもなく助力を申し出る。
「……ありがとう。けど、情報を探って作戦を立ててからだ。ダアトが絡んでいるかもしれない以上、闇雲に動き出して俺達の生存を気取られるわけにはいかない」
シオンは少し困ったように応じた。ダアトはかつて王族だったシオンや、おそらくはモニカを人知れずに拉致した組織である。組織の詳細もわからないのに、表だって敵対するのは得策ではない。
それに、偽物が本物として振る舞って周囲に溶け込んでいる以上、傍から見れば失踪していた本物のシオンの方が偽物だ。馬鹿正直に会いに行けば、偽物扱いされるのは目に見えている。
「じゃあ、どうやってエステルと接触するつもりなの?」
リィエルがエステルを眺めながら尋ねる。
「それをこれから考えるんだ」
と、シオンは少し困ったように答えて――、
(どうする? 誰がダアトと関わっているのかもわからない。できれば誰にも知られずにエステルと密会する必要がある。警備が厳重で、確実にダアトと関わりがある偽物の俺がいる城に忍び込んで密会するのは論外だ。エステルがこの国を経った後、できるなら城にたどり着くまでの間に密会するのが理想だ)
頭を働かせる。
ターコイズ王国の王都からヴァーミリオン王国の王都まで、飛空車と呼ばれるマジックアイテム型の馬車に乗れば一日でたどり着くことが可能だ。つまりは、道中でどこかで一泊はする必要がある。可能ならそのタイミングを狙ってエステルと密会したい。
(エステルの帰国予定日がわかれば簡単なんだけどな……。鑑定でわかるか?)
シオンはふと思い立ったように神眼を発動させると――、
(本来は人に教えないステータスを勝手に盗み見るのは気が引けるが……)
エステルを見据えて鑑定を行った。
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【名前】エステル・ヴァーミリオン
【種族】
【年齢】15歳
【性別】女
【レベル】21
【ランク】2
【基礎パラメーター】
・膂力:D(23/100)
・敏捷:D(23/100)
・耐久:D(23/100)
・魔力:D(23/100)
【特殊パラメーター】
・槍術A
・体術B
・闘気A
【スキル】
・戦乙女の資質
特殊パラメーターに『槍術A』と『体術B』の項目を追加。
・直感
理屈では説明できない第六感。窮地などに追い込まれた際に発動。
・魔力変換(闘気)
特殊パラメーターに『闘気』の項目を追加。魔力を闘気に変換することで『膂力』『敏捷』『耐久』を一時的に向上させることができる。
・戦乙女の祝福
範囲内にいる味方と認識した者達の全基礎パラメーター値を10%上昇させる。
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神眼を通して、エステルのステータスを覗き見るシオン。
(……俺よりレベルもランクも上になっているな)
シオンはエステルの成長ぶりを目の当たりにして瞠目する。
ただ、仕方がないともいえた。日常的に実戦形式の戦闘訓練があったので技術や身体が鈍らない程度には戦闘経験を積んでいたが、シオンは三年間、研究所の中で行動を管理されていたせいで自由に訓練ができなかった。
対するエステルはこの三年間で色々と経験を積んだのだろう。武のヴァーミリオンと呼ばれるだけあって、ヴァーミリオンでは王族だからこそ積極的に実戦も交えた過酷な戦闘訓練を積む慣習がある。
研究所の生活でちゃんと訓練できなかった分を取り戻していく必要がありそうだ。シオンはそう思った。ただ、そんなことより、今はどうやってエステルと接触するかを考える必要がある。
(この神眼でエステルを鑑定すれば、今後の動向を探れるかもしれない)
シオンもまだ神眼を完璧には理解しきってはいない。スキルを獲得した者は自分のスキルの使い方を理解するが、使いこなし方までわかるわけではないからだ。
スキルの効果にもよるが、使いこなすには試行錯誤と実践が必要である。神眼ほど高位のスキルとなれば尚更だ。
だが、今はのんびりと試行錯誤している暇はない。今のシオンでは自由にエステルと面談することはできない。次にいつ視界に収めることができるかわからない以上、パレードの最中に必要な情報を集める必要がある。
(研究所でリィエルの動きを未来予知したように、エステルがいつ帰国するのか未来を鑑定できれば早いんだけど……)
そう考えて、試しに神眼を発動させるシオン。エステルの未来を見透かそうと考え、エステルを見つめる。すると、エステルの未来に関する視覚情報が凝縮されて、シオンの頭の中に入り込んできた。
一秒、二秒、三秒とエステルの未来が見えてくる。馬車の上で手を振るエステルの先の動きが残像のように浮かび上がった。
だが、四秒、五秒、六秒と続いていくと――、
「ぐっ……」
七秒を超えた辺りから、一気に負荷が脳に押し寄せてきた。頭痛が走り、シオンは堪らずその場で膝をついてしまう。
「シオン?」
リィエルがハッとしてシオンに歩み寄る。しゃがみ込み、不安そうにシオンの背中に触れて大丈夫かと気遣った。
「大丈夫だ。少しこの目の使い方を実験しているだけだから」
シオンはリィエルに引っ張ってもらいながら立ち上がる。少し苦しそうに顔を歪めながらも笑って、大丈夫だと答えた。そして――、
(七秒程度でこれじゃ、エステルの帰国予定を鑑定して視るのなんて無理だな)
と、考える。
ほんの一、二秒先の未来程度なら特に問題はない。少し難しめの本を読む程度に集中力を要するだけだ。だが、そこから先は一秒増すごとに脳への負荷が一気に増していく。
ちなみに、シオンの神眼は鑑定対象を視ることで
その情報量は無限大に膨大であり、混沌としている。仮に常人がアクセスすると、情報の波に触れた時点で脳が焼き切れて廃人になりかねない。
では、どうしてシオンは平静を保ったまま世界記録にアクセスできるのかといえば、神眼がフィルターのような役割を果たしているからである。すなわち、情報の波によってシオンの脳が焼き切れないよう、能力にリミッターのような機能を儲けているのだ。
具体的には、二つの機能がある。
一つは世界記録へのアクセスと情報収集を神眼に委ねる自動鑑定だ。人物、アイテム、魔法などの鑑定対象を漠然と鑑定する、あるいは鑑定時に条件を設定して鑑定対象を鑑定することで神眼の側で決まった情報を自動ですくい取って文字化し、半透明の枠の中に表示するというものである。
シオン自身は情報の海たる世界記録にアクセスせずに対象を鑑定できるので脳に負担がかかることがない。だが、文字化された情報をシオンが読解して理解する必要があるため、鑑定結果を理解するまでにタイムラグが存在してしまう。また、鑑定対象との結びつきが強い関連情報しか知ることはできず、文字化して説明できない情報の鑑定にも向いていないというデメリットもある。
二つ目はシオン自身が神眼を通じて世界記録にアクセスし、必要な情報をすくい取る手動鑑定だ。手動というと語弊があるが、神眼の持ち主であるシオン自身が情報の海たる
鑑定対象を視て知りたいことを思い浮かべるだけで知りたい情報がシオンの中に入り込んでくるので、鑑定対象に関する情報をより速くより正確に理解することができる。その気になればエステルの未来を鑑定したように未来へ進んで情報を得たり、もしくは一定の限度を超えて過去に遡ったり、人の心を読もうとすることも可能だ。
しかし、複雑な情報を獲得しようとすればするほど反動もでかくなる。過去や未来を視るのは数秒が限界だし、人が何を具体的に思っているのかを事細かに鑑定しようとするのも負担が大きい。負担なくできるのは相手がどういう感情を抱いているのかとか、質問を投げかけることで嘘をついているのかといったことくらいだろう。
(未来を視るのは駄目。遡って過去を視るのも負担は変わらないし、数秒前の過去を視たところで意味はない。なら、何を視る?)
と、シオンはそこまで考えて――、
(……待てよ? 予定は現在の客観的な事実として決まっているものだよな? 未来で実際に起きる出来事ではなくて、現時点で決めてある予定なら知ることができるんじゃないのか? 実際の未来を鑑定しようとするから負荷が大きいのであって……)
未来ではなく、予定ならば鑑定できるのではないだろうか?
ふとそんなことを思った。シオンはエステルの帰国予定を鑑定するべく、再び神眼を発動させる。が――、
「……ぐぁっ!」
頭に激痛が走り、再び地面に膝をつきかけた。しかし、今度は膝をつく前にリィエルがシオンの身体を支える。
「シオン……」
あまり無茶はしないで。リィエルはそう言いたげに、少し咎めるようにシオンを見つめて手を差し出す。
「だ、大丈夫だから」
シオンは弱々しく笑いながら、リィエルの手を握って立ち上がる。そして――、
(…………駄目か。予定を設定した当時、過去まで遡る必要があるということか?)
と、分析した。エステルの関する数秒前の過去が頭に入り込んできて激痛が走ったから間違いないだろう。
ただ、少し納得がいかないというか、妙な違和感もあった。
というのも――、
(アイテムの『相場』だってこの品はこのくらいの価格で売れるぞという予想であって、予定みたいなもんじゃないのか?)
と、思ったからだ。
(アイテム鑑定で表示される相場と、特定の人物の予定の違いは何だ?)
シオンはその違いを考える。
(……手動鑑定と自動鑑定。アイテムの相場を調べる時、俺は神眼に世界記録へのアクセスを任せて情報を文字として表記させた。その違いがある。なら……)
物は試しだ。シオンは自らが記録世界にアクセスするのではなく、鑑定したい事柄だけを思い浮かべて世界記録へのアクセスと情報の取捨選択を神眼に委ねた。すると――、
================
――
――『エステル・ヴァーミリオンの帰国予定』を検索。
――判明。
――明日の朝食後、飛空車に乗ってヴァーミリオン王国へ帰国予定。
================
鑑定が成功した。
(よし、わかったぞ!)
シオンは左手でグッとガッツポーズを取る。ただ――、
(けど、どうして自動鑑定は成功したんだ?)
自分で記録世界にアクセスして情報を拾おうとした場合と、神眼にアクセスと情報の取捨選択を委ねた場合とで違いが生じた理由に疑問を抱いた。
(自動鑑定だと過去や未来の鑑定も制約なくできるのか?)
そう思って、すぐ傍にいるリィエルの未来を自動鑑定しようとする。しかし、鑑定結果が表示されることはない。神眼を発動させて自動鑑定をしようとしているのに半透明の枠が浮かび上がらず、鑑定結果が表記されない。
(…………スキルの効果が発動しない。未来や過去は自動鑑定で調べることはできないみたいだ。となると、やはり予定は将来的に変更が生じうるという意味で確定している未来ではない)
だから、自動鑑定で知ることができた。
(つまり俺が手動鑑定でエステルの予定を知るために過去を探ったのはアプローチを誤ったからだったのか? 予定が過去のものではないと考えてはいても、無意識のうちに過去を探ろうとしてしまったとか……)
シオンは先ほど鑑定が失敗した理由を分析した。
(問題は自動鑑定がどうやって過去にアクセスしないでエステルの予定を割り出したということなんだが……)
それがわからなかった。
(まだ俺が神眼を使いこなせていない、ということだよな……。まあ、いい。ここで検証を繰り返していたらいくら時間があっても足りなさそうだ)
実際、シオンが試行錯誤している間にもパレードの隊はゆっくりと移動しており、もう直にエステルの姿が見えなくなってしまいそうなところまで移動していた。
「シオン、何かわかった?」
リィエルが尋ねてきた。
「ああ。エステルの帰国予定がわかった。少し急だが明日の朝食後に飛空車に乗ってヴァーミリオン王国へ戻るらしい」
「この国を出た後にエステルと接触するの?」
「ああ。偽物の俺がダアトと関わりがあるかもしれない以上、近くにいられても面倒だからな。ターコイズ王国の王都でも騒ぎを起こしたくないし、エステルがヴァーミリオンに帰国する道中で接触するのが理想かな」
今のシオンは王族ではないのだから、接触を試みるなら城の中よりも城の外。最も警備が厳重に固められているであろう王城よりも、城の外にいる時の方が当然警備は緩くなることが期待できる。
(あとはどうやって接触を図るかだが……)
騒ぎを起こして会うのは好ましくはないが、正攻法で会うのが難しい以上、不正な手段に走るしかないだろう。
「明日、エステルが乗る魔道船を特定して後を追うのは決まりだ。飛空車さえ目視できれば中に乗っている人物の特定も可能かもしれないな……。なあ、リィエル」
「何?」
「後で実験に付き合ってもらってもいいかな? 建造物に人が潜んでいる状態で中に誰がいるのか鑑定できるか試してみたいんだ」
宿の中にリィエルに待機してもらって、シオンが宿の外から建物を鑑定する。それで中にリィエルがいるとわかれば実験は成功だ。
「うん、付き合う」
リィエルは二つ返事で了承する。
「ありがとう」
シオンは小さく頭を下げた。そして――、
「じゃあ、今日はもう宿へ帰ろうか。明日は早くからお城に張り込む必要がありそうだからな」
「うん。頑張って早起きする」
「ああ」
シオンは微笑ましそうにリィエルを見てから――、
(すべてがダアトに繋がっているんだ)
そう考えて、表情を引き締める。
五年前にモニカが失踪してしまったことも。
モニカと同じ姿をしたリィエルが存在していることも。
三年前にシオンが人知れず拉致されたことも。
今こうして偽物のシオン・ターコイズが存在していて、エステルと婚約を結ぼうとしていることも……。
すべてがダアトに繋がっている。
ゆえに、シオンはエステルと会って確かめなければならない。エステルはシオン・ターコイズが偽物であることを知っているのか、あるいは知らないのかを。
エステルを助けるのはもちろん、それが今後の動向を決めるための出発点になる。ダアトという組織にも近づくことができ、モニカの行方を探ることにも繋がる。
だから、そのために――、
「リィエル。これからは人目に触れそうな場所では、二人でいる時でも俺のことをノアと呼んでくれないか?」
と、シオンは――いや、ノアはリィエルに頼む。
伝説の英雄ノアと同じ名前を名乗ることに気恥ずかしさを覚えていたが、もはやそんなことも言っていられない。
実際に偽物のノア・ターコイズを目にするまでさほど神経質に考えていなかったが、名の知れた第一王子と髪の色以外まったく同じ外見をした人間が同じ名前を使用しているとなると間違いなく目立つ。外見を変えることはできない以上、せめて名前だけでも変えておく必要がある。
「わかった」
リィエルはこくりと首を縦に振る。それを確認すると、ノアは時計台の物見小屋から地上の大通りを見下ろす。偽物のシオン・ターコイズとエステルが乗っていた馬車は既に見えなくっており――、
「……行こうか」
ノアはリィエルにそう言って、地上から視線を外してから下り階段へと歩きだす。
「うん」
リィエルも下り階段へと続き、二人は時計台を立ち去った。
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