コミュ障吸血鬼、気持ちの矛盾が起こる


「そうだ、折角だから私の仕事をしている姿を見てほしいのだけど、見てくれる?」

「う、うん……」

「よかった! じゃあ、早速行きましょ!」


 そう言ってアンナが僕の手を引いて歩き出した。

 あれ? 意外だ。

 てっきり、このまま帰る流れになると思ってたんだけど……。

 まぁ、アンナの仕事姿は見てみたいと思ってたし、言わぬが花だろうから、心に留めておこう。


 ◆


 アンナに手を引かれやってきたのは、お城の中のとある一室の扉の前。

 仕事姿を見てもらう前に行かないといけない場所がある。

 そう言って連れてこられたんだけど、なんの部屋なんだろう?

 アンナが扉をノックする。

 そして一言、


「陛下、アンナ・クロンツェルです」


 そう言った。

 えっ、ここ、女王の部屋?

 ということはつまり、執務室ってことだよね?

 まぁ確かに、一般人(?)の僕とリオナがお城の中に入るんだから、持ち主に挨拶は必須だよね。

 そう思っていると、中から〝どうぞ〟と返事が返ってきた。

 アンナが扉を開け、僕の手を引いて中に入る。

 女王の部屋は、〝ザ・執務室〟といった感じの部屋で、両脇には本棚が並んでいて、奥にいわゆる社長机が置かれている。

 そして、机の上には書類の山が2つできていて、その書類の山の向こう側に、部屋の主はいた。


「なんの用? 今、私、書類の処理で手が話せないんだけ……ど!? ティアナさん!?」


 書類に目を通していた女王が、聞いたことのない口調で話しながら顔を上げたことで僕の存在に気づいて驚く。

 なに、今の……。

 一瞬誰かわからなかった。

 別人だと錯覚するくらいの口調と声のトーンだった。

 僕の名前を呼んだときはいつものトーンに戻ったけど。


「な、なぜティアナさんが?」

「聞いてください! ティアナったら、私が陛下に無理やり連れていかれたことが心配で、会いに来てくれたのですよ!」


 いいでしょう! と、女王に向かって自慢げに言い放った。


「むっ、なにそれ、うらやまけしから……いえ、なんでも有りません」


 何か言いかけて誤魔化した。


「それで、そちらの初めて見る女性は?」


 誤魔化した上に有耶無耶にしようと話を変えてくる女王。

 なんだったんだろう?

 というか、リオナのことを初めて見るって……今朝来たときに見てなかったのだろうか。


「初めまして、北村から参りました。リオナと申します」


 リオナの態度を見て、アンナは目を見開いた。

 今まで気づいてなかったのか。

 でもまぁ、アンナにしてみれば当然だ。

 アンナに対しては敬語も使わず男口調で話していたリオナが、雰囲気も口調も女の子らしくなっているんだから。

 まぁ、相手が女王っていうのもあるだろうけど。


「北村……存じています。確か、100年前に召喚された異世界人が興した村だと。なぜそのような方がティアナさんと一緒に?」


 それは暗に、魔王になるかもしれないと恐れられた勇者の一族が、吸血鬼である僕といるのは、何か企みがあるからなのではと疑っている言葉だった。

 そんな女王の言葉に、リオナは僕の両肩に手を添えてこう言った。


「ティアナが天使のように優しく、とても可愛いからです」


 堂々と言ってのけた。

 いやいや、そんな理由じゃ納得しな……


「なるほど」



 した───ッ!?



「試すようなことを聞いてすみません。実は、あなたの村が吸血鬼に襲われ、あなた以外の村人達が吸血鬼にされてしまったことは知っていました。その為、あなたがティアナさんの近くにいるのは、ティアナさんを敵討ちの対象として見ているからではないかと疑いました。ですが、今のあなたの言葉を聞いてその疑いは晴れました。ティアナさんの可愛さは疑いようのない真実。であれば、あなたが言ったことは本心でしょう」


 そんな理由で疑いをやめていいのか、とツッコミを入れたくなるような理由で、リオナへの疑いをやめる女王。

 まぁ、コミュ障の僕がツッコミを入れられるわけがないんだけど。


「では陛下、私はこれからティアナに仕事姿を見せるので、これで失礼します」


 話に割って入ったアンナがそう言って再び僕の手を引いた。

 すると、女王が僕のもう片方の手を引いて止めた。


「狡いですよ、アンナ。ティアナさん、私の仕事姿を見ませんか?」

「陛下の仕事姿は、単に机に向かっているだけで見応えがありません。騎士である私の方が動きがあって見応えがあります」

「うぐっ……ティ、ティアナさんは、どちらの仕事姿を見たいですか?」


 口では負けると確信したのか、僕に委ねてきた。

 僕はまぁ、アンナの仕事姿を見たいと思って来たわけだし、当然アンナの仕事姿を選ぶ。


「……アンナ」


 僕が呟くと、女王は悔しそうに机に拳を振り落とし、アンナは嬉しそうに僕を抱き締めた。


「残念でしたね、陛下。私の勝ちです」

「どうしてです!? ティアナさん! どうしてアンナなのですか!」

「……だ、だって、アンナのこと、まだ、よく知らない、から……」

「ティアナ……!」


 僕の言葉に、アンナが感極まった表情で再び僕を抱き締めた。

 そう、何度も言うけど、今回はアンナの仕事姿を見たくて来た。

 それ以上でも以下でもない。

 今朝、あのまま家にアンナがいたとしたら、僕は恐らくお城に行こうなんて思わなかった。

 だって、アンナがいてくれた方が安心できるし。

 ……あれ? 僕、今なんか変なこと言った気がする。

 アンナの相手をすると精神が削られるんだから、安心なんてできるはずがない。

 うん、できるはずがない。

 むしろ不安しかない。

 きっと勘違いだ。

 勘違いに決まってる。


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