Station:03 地獄一番街駅



 あたしの名前は工藤アスカ。

 神奈山県横花市の学校に通う、やたら異世界に迷いこみやすい体質を持ってしまったごく普通の高校一年生だ。


 学校帰りの電車の中。


 今日こそ普通に帰りたい。


 そう心の中で強く願っていると、車窓の景色が変わった。


「もう勘弁してよ……」


 思わずため息をついた。


 車窓の外に広がっているのは、荒廃した世紀末な世界だった。


 グレー一色に汚れた空に、朽ち果てた高層ビルが乱立した街。その街中では、汚れた服でよたよた歩く大量の人間が徘徊していた。


 土気色の顔面に、白目をむいて口を開けたまま「ああああ」と、意味不明なうめき声を吐いている。


 ゾンビじゃん。


 誰がどう見たって、ゾンビだよ、あれ。


 そういえば、こういうゾンビに支配された世界が舞台の海外ドラマを観たことあったな。


 好きなジャンルじゃなかったから、1話の途中で観るの辞めたけど、まさかあたし自身がその世界に迷い込むなんて、今の今まで想像すらしてなかった。


「おい、君! どうして武装してないんだ!」


 ポンっと肩を叩かれた。


 あたしは「ひっ」と軽く悲鳴を上げ、振り返った。


 振り返ると、迷彩柄の防護服を着た無精髭の男の人がいた。


「君はどこの所属だ? まさか生身で奴らと戦うつもりか?」


 電車の中を見渡すと、ついさっきまで座っていた乗客は消え、代わりに無精髭のおじさんと同じ格好をした男の人たちがぎっしり座っていた。


 みんな手に銃っぽい武器を握っている。


 不思議なものを見るような眼差しで、男の人たちがあたしを見つめていた。


「あの? 戦うって?」


「アンデッドたちだ! 奴らが跋扈するこの街から我々は『希望のアイテム』をゲットすることが任務だ。なんだ? 君、ブリーフィングを受けてないのか?」


 アンデッド? 希望のアイテム?


 なんの話ですか? それ。

 あとブリーフィングってなに?


「えっと、すみません。任務とかいわれてもよくわからないんですけど……あたし普通に電車乗っていただけで」


「まさか、一般人なのか⁉︎」


 周囲が騒然となった。


 いや、見ればわかるだろ。どっからどう見ても一般人でしょ。気づけよ、そこは。


《この度は【横花市営地下鉄 異世界アクアライン】をご利用いただき誠にありがとうございます。次は『地獄一番街』に到着です。お出口は左側となります。Ladies and gentlemen.We will soon make a brief stop at JIGOKU YICHIBANGAI.The exit will be on the left side.Thank you.》


 いつもの車内アナウンスが流れた。


 地獄一番街って……。


 またわかりやすい駅名だな。


 むしろ、ひねりがないんじゃないかってすら思う。


「どういう経緯で異世界アクアラインに迷い込んだかわからないが、仕方がない。我々と同行してもらおう」


「え?」


 同行?


 は?


 このおっさん、急に何言ってるの?


 絶対嫌なんですけど!


「ばかやろう! 駅内にも奴らアンデッドが潜んでいる危険があるんだぞ! 次の現実行きの電車が到着するのは1時間後だ! その間、武器も持たず君は生き残ることはできるのか⁉︎」


 うそでしょ……駅の中にもいるの? ゾンビが。


 っていうか、また1時間後なの?

 現実行きの電車の本数が少ないのはわかっていることだけど、ゾンビだらけの世界で1時間も待たないといけないなんて………絶対無理なんだけど。


「いや……はい。わかりました」


「よし! 君、名前は?」


「え」


「名前はなんだ!?」


「く、工藤アスカです」


「工藤二等兵! 君をこれより地獄一番街希望アイテム奪還作戦の作戦リーダーに任命する! これより任務従事の準備を始めよ!」


 え、ええええええ?


 どういうこと?

 今会ったばかりの、それに一般人のあたしを作戦リーダーに任命って……。


 やばいんですけど、この人。

 マジで頭おかしい奴だぞ。


「私のコードネームはジョンソン軍曹! 君の直属の上官にあたる! 上官の命令は絶対だ! わかったな!」


 いや……わかったなっていわれても。


「返事をしろ! 馬鹿者!」



 ばぢぃんっ!



 怒声とともにジョンソンのビンタが飛んできた。


「きゃ!」


 その場にあたしはぶっ倒れた。


 フルスイングの本気ビンタなんて小学生以来だ。

 冗談抜きで痛い。耳鳴りもするし、口の中を切って、血の味がめちゃすちゃする。


「工藤二等兵! 貴様は根性がたるんどる! そんなことでアンデッドたちを倒せると思うのかッッッ!」


 いや、知らんがな。

 そんなこと訊かれても。


「あと10秒後に到着だ! 返事をしろ工藤!」


「えっと、あの」


「返事ぃいいいい‼︎」


 あたしが立ち上がった瞬間、ジョンソンがビンタのモーションに入った。


「は、はいぃ!」


 反射的にあたしは返事をした。

 にぃっとジョンソンの唇の端がつり上がった。


「よし! これより貴様に装備を支給する! ありがたくおもえ!」


 電車が駅に到着した。


 到着すると同時に、ジョンソンがあたしの頭にヘルメットをかぶせ、無理やり両手に拳銃を握らせた。


「いいか! お前が我がチームの要だ! 我々はお前がアンデットの群れの中に突進するのを全力でバックアップする! 安心しろ! 死んでも骨は我々が拾う!」


「あの、あたしは」


「突撃!!!」


 あたしの意思をものすごい勢いで無視し、フル装備した男たちが電車から一斉に飛び出した。


「ちょ! ちょちょちょっと待って!!」


 ジョンソンが有無も言わさずあたしの体を抱え上げた。


 抱え上げると、「うおおおおおおおおおお!」と雄叫びを上げながら猛ダッシュし、釣った魚を生簀に投げ入れるように、駅の改札から外にあたしの体を放り投げた。


「いたぁ!」


 背中から地面に落ちた。


 いった! 何なのよもお!


 上半身を起き上がらせ、ジョンソンに向かって怒鳴りつけてやろうとした。


 すると。


《うぉああああああ》


 ゾンビたちがあたしに群がろうと集まってきた。


 その瞬間、あたしの体が止まった。


 あ、終わった。

 リアルにそう感じた。


「くたばれアンデットどもぉおおおお!」


 銃声が響く。


 血飛沫とゾンビたちのうめき声があちこちから聞こえてきた。


 あたしの周りにいる男たちが、ゾンビに向けて容赦なく銃を撃ちまくり、あたしを盾にするビンタ男が、あたしの背後からゾンビを撃ちまくった。


「うぉおおおおおおおお!」


 男たちの雄叫びが街中に響いた。


「うわぁ!」


 咄嗟にあたしは頭を抱えて体を丸めた。


 無理!

 無理無理無理!


 こんなのついていけない!


 どうして普通の高校生のあたしが、こんなゾンビ軍団たちの戦争に巻き込まれないといけないの?


 ふざけんなよ、チキショー!


「あったぞ! 『希望のアイテム』だ!」


 ジョンソンの声が聞こえた。


 銃声が止み、静寂があたりに広がる。


「よっしゃああああああ!」


 わぁあああああ。と、男たちの歓喜の声が上がった。


「よくやった工藤二等兵! これで任務完了だ! 撤収! 次の目的地は地獄二番街だ!」


 地面を駆けていく複数の足音が、だんだん遠のいていく。


 ぎゅっと瞑った目をあたしは薄く開け、あたりを見渡した。


 どこもかしこもゾンビの死骸がだらけだった。


 まるで歴史の教科書に載っている戦争で民間人が虐殺された写真をそのまま再現したような、凄惨な光景がどこまでも広がっている。


 焦げた匂いや血の匂いが鼻腔に潜り込んできた。


「おぇ」


 あたしは立ち上がり、お尻と膝についた粉を払い落としながら、軽くえづいた。


 終わったの?

 よくわからないけど、あいつらのいう希望のアイテム(?)っていうのを回収して、ゾンビたちも一掃して……それで完了?


 なんなのあいつら。

 

 無関係なあたしを巻き込んで置いてけぼりにするとか、リアルにあり得ないんだけど。


「こんな場所で何しろっていうのよ」


 あたしはスマホを取り出して時間を確認した。


 18:14分。


 この地獄一番街駅に着いたのが多分2分前くらいだから、あと58分くらい待たないと現実行きの電車が来ないことになる。


 こんな死体だらけの不気味な世界で1時間も電車を待たないといけないなんて……どんな仕打ちよ。


《終わったか》


 ビクッと肩が跳ね上がった。


 気のせいなんかじゃない。


 たしかに今。

 声が聞こえた。


 誰かいる?


 あたしはあたりを見渡し、声の主を探した。


 もしや、武装したイカレ野郎たちの仲間まだこのあたりに残っているとか?


《やれやれ。今日は早かったな》


《ああ、いつもより5分は早かったな。まぁいつもの半分で対応したから、その分、時短になったってことだろう》


 あたしは目を剥き、唖然となった。


 銃で蜂の巣にされたゾンビたちが、次々と起き上がってきた。


《まったく、ちょっとは手加減してほしいよなぁ》


 ゾンビたちは、いかにもなゾンビっぽい緩慢な動き方や喋り方ではなく、普通の人間のような喋り方と歩き方で、普通にゾンビ仲間と雑談をしている様子だった。


 なにこれ。


 特撮ヒーローショーの裏側を見せられているみたいな、まるで緊張感がないっていうか。

 この人たち、本物ゾンビなの? 特殊メイクの人たちじゃないよね?


《げ! まだいた! ヤベー連中の仲間が!》


《いや待て。よく見たら学校の制服着てるみたいだから、あっちの世界の学生さんじゃないかな》


 ゾンビたちがあたしの存在に気付き、一瞬驚いた。

 が、すぐにあたしがただの一般人だということを認識したみたいで、小走りでこちらに歩み寄り、気さくに声をかけてきてくれた。


《ごめんなぁ、お嬢ちゃん。驚かせたみたいで》


《別にあんたを喰おうとかそういうことしないから、安心してくれ。まぁ見た目がこんなんだからびっくりするのは無理ないけどな》


 がはははは。と、ゾンビたちが豪快に笑った。


 すげぇ、ノリがいいゾンビだな、おい。


 見た目があれだけど、中身、超普通の人じゃん。


「あの、本当にゾンビなんですか?」


《ん? 俺たちが? おうよー。ゾンビゾンビ。不死身のアンデッドだよ》


《まぁ肉よりも野菜が好きだけどな。生肉喰うと俺ら腹壊すのよ》

 

 え、えー?

 ゾンビのくせに生肉喰うとお腹壊すってどういうこと? それゾンビとしてどうなの?


「あの、お腹壊すのに人間襲うんですか?」


《ちげーよ。別に襲ってねーよ》


《あいつらが勝手に撃ってくるんだよ》


「え?」


 ゾンビたちが腕を組んでため息を吐いた。


《なんかさ。この見た目だからかな。悪いモンスターかなんかだと思われて問答無用で撃たれるわけなの》


《何度かやめてくれって交渉したよ? 俺らも。でもさ、あいつらなんか聞く耳持ってないっていうか》


《だから、もう俺ら諦めたわけ。もう勝手にすればって》


 それを聞いてあたしは納得した。

 まぁたしかにそうだな。

 さっきの感じで迫られたら、あたしだって話す気なくしてしまうよ。


「でも、あんなに撃たれたら怪我とか死んじゃったりしませんか?」


 あたしの素朴な疑問に、ゾンビたち全員が顔の前で手をかざしながら、手を左右に振った。


《ないない。うちら不死身だから死なない死なない。あんなおもちゃみたいな銃じゃ死にようがないから》


《まぁそこそこ痛いけどな。でも生き死に関係する痛みじゃないから、我慢の許容範囲だな》


 あ、そうなんだ。

 あんなめちゃくちゃ撃たれたのに、許容範囲とか。

 ゾンビって、すごいな。


《あのさ、あんたに聞きたいんだけどいい?》


 ゾンビの1人があたしに訊ねてきた。


《あいつら希望のアイテムとかいって毎回ただの石ころ拾っていくけど、あれってなんなの? なんか価値あるの?》


 え、うそ。知らないの?

 この世界の住人みたいだから、てっきり知ってるものかと思っていた。


「え、わからないです。希望のアイテムを回収するのがミッションだーとかいってたような……」


《えー? そうなの?》


 ゾンビたちがお互いの顔を見合わせ、肩をすくませた。


「あの、どうかしました?」


《いやぁ、なんつーか羨ましいなぁって思ってさ》


「羨ましい?」


 音楽が聞こえた。


 電車が駅に到着したことを報せる音楽が、ゾンビたちが蔓延る街中に響いた。


《ああ、また来たよ。ヤベー奴らが》


《スパン短すぎ。ちっとは休ませろや》


《とりあえず、君は隠れてて。大丈夫。あいつらちゃんと見て撃ってないから、物陰に隠れてたらばれないよ》


 ゾンビたちが、あたしを街にあるビルに案内してくれるといってくれた。

 あたしはゾンビの指示に従って、そのビルに向かい、身を隠すことにした。


《さっきさ、羨ましいっていったじゃん》


 その場から離れようとするあたしに向かって、ゾンビがいった。


《俺ら基本暇だからやることないけどさ、あいつら俺ら殺して希望のアイテム回収するのが目的なんだろ? なんかさー、一生懸命になってやることがあっていいよなぁ。羨ましいよ》


 銃撃音が響いた。


 あたしはビルの中に駆け込みながら、後ろを振り返った。


「希望のアイテムを探せ!」


 容赦なくゾンビたちを虐殺する武装した男たちの姿が見える。


 やることがあるは羨ましい。


 あのゾンビたちはそういった。


 成果がなくても打ち込めることがあるのは確かに素晴らしいことかもしれない。あたしもそう思う。


《でもよー、ちょっとは聞く耳持ってほしいよなー》


 ゾンビが去り際にあたしにぼそっとつぶやいた。


 うん。そうだね。

 人の話は聞くべきだね。


 銃声と呻き声が飛び交う中、ビルの中に隠れるあたしはそっと心の中でゾンビの本音に同意した。



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