Ⅲ・首切り侍

 私は侍だった。

 私は刀を掴んでいる。そして私の目の前に、腕を縛られ、うなじを曝しながら、正座している男がいた。辺りは暗く、この男の姿以外闇にぼやけて判然としなかった。

どうやらこの男は私の妻と密通したらしい、そして私の妻は既に死んでいる。私が殺したのだ。そのような殺人の感覚が、両の手の上に、べったりとまとわりついていた。

 私は刀を振り上げた。そして男のうなじ目掛けて振り下ろした。男は呻き声一つ漏らさずに、生首となった、

切断面から血は吹き出さなかった。僅かに地の上に、垂れる程度の血の量であった。

 気付けば私は転がっていった生首の横に立っている。そして私は生首を片手で持ち上げた。私は生首をしげしげと眺めた。男は歯を食いしばり、目を引ん剝いていた。苦悶の表情、これが人の死顔というものであった。

 手に持ったその生首は、ずっしりと重い――。 


 場面転換。

 先の男の生首も、その胴体も消えた。

 辺りはまたも闇の底、しかし、先の場所と違う場所である事は何故かはっきりと分かった。

 自分の足元を見ると、己の二足が薄く透けているのが分かった。どうやら私は亡霊となったのか。何やら奇妙な言葉を繰り返していた。


――割札割札割札割札割札割札割札……。


 絶え間なく繰り返される声、それは自分の声のようではなかった。余りにも低く、地の底から湧き出るような声であった。しかし、その声は確かに自分の元から発せられていた。

 気付けば遠く路上の上に、ガタガタと震えながら、一人の男が座っているのが見えた。その坊主頭と袈裟姿を見るに、仏教僧であろう。見知らぬ男であった。

 私はその男へ、ゆっくりと近付いていった。

 気付けば片手に刀が握られている。私はこの見知らぬ男を殺すのだろう。しかし、私に恐怖はなかった。私の感情は縛り付けられ、鉄のように冷たく、そして澄んでいた。

 私は自由に体を動かすこともできない。まるで何かに操られるかのように、その男に近づいて行った。

 坊主は震えながら、手を合わせ、そして念仏を唱え始めた。そのか細き声を掻き消すように、私の呪文もまた、次第に大きくなっていった。

 坊主が見せる恐怖の色はどんどん深まり、その震えもまた大きくなっている。私の声が聞こえているのだろう。私の姿が見えているのだろう。坊主は私の方から視線を逸らさない。私は彼を飲み込むように、呪文を唱える声をどんどん大きくしていった。

 そして私は遂に彼の前に来た。坊主の念仏は聞こえない。ただあの私の声だけが、私の脳内を満たしていた。私は刀を振り上げる。坊主の顔は絶望に染まった。

 そして次の瞬間、大地の上に、坊主の頭が転がっていた。

 私はゆっくりと、その坊主の頭に近付いた。

 手に持ったその生首は、ずっしりと重い――。


 場面転換。

 どこかの祭壇のような場所。私はそこで、ろうそくの明かりに照らされながら、何かを待っていた。


――割札割札割札割札割札割札割札……。


 やがて、狐面の二人の男が、束縛された男を連れてきた。その男は、私の前にひざまずかされ、うなじを曝す格好にさせられた。

 その男は私の知人の一人だった。

 その男には何の怨みも、何の因縁もない友人の一人だった。この男を殺す理由はどこにもなかった。

 視線を移すと、狐面の男達が私を見ている。この、縛られた男は果たして生贄か。私は神にでもなったのか。

 私は刀を振り上げる。

 気付けば床に生首が転がっている。

 私はそれを手で持ち上げる。

 手に持ったその生首は、ずっしりと重い――。

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