第10話

 気づけば季節は巡り、コトリと出会って数ヶ月の時が過ぎた。彼女の魔術の腕はどんどん上達し、今では私よりも遥かに難しい術を使いこなしている。出藍之誉しゅつらんのほまれとでも言えばいいだろうか。そんなことを考えながら、服を着替えて一階へと降りる。


「おはよう、コトリ。今日も早いな」

「おはようございます、師匠。朝御飯の用意をしますね」

「そう急がなくていいからな」


 ここ最近は私が起きるよりも先に彼女は起きていて、玄関先の本棚の前で魔導書を読んでいる姿を多く見かけるようになっていた。


「今回はどんな術を覚えようとしているんだ?」


 朝食の準備を手伝いながら、コトリにそう話しかける。


「私の血筋的に得意な、空間魔術でも覚えようかと思っています。テレポートや結界等になりますかね」

「空間魔術か。それまた凄い術をやろうとしているな」

「確かに難易度の高い術ではありますけどね」

「それはそうだが、やってみるといい。今の君ならきっと成功するさ、コトリ」

「そう言ってくれてありがとうございます、師匠」

「もう君の方が魔術を扱えるのに、まだ師匠呼びをするのか」

「私にとって、師匠はいつまでも師匠ですから」

「わかったよ」


 二人でそんな会話をしながら、私はコトリが作った朝食を皿に盛りつけて机へと運んだ。今日のメニューはハムエッグとヨーグルトのようだ。いつものように向き合って座り、手を合わせてから食事を始める。こんな「ごく普通」と言われそうなな光景にも随分と慣れたものだ。彼女を連れてきたばかりの頃はどうなるかと思ったが、今では問題なく過ごせている。むしろ、彼女が来る前の方が酷い生活をしていた気がしている。その点では、私も変わったと思っている。


「そうだ、師匠。この後、街に出かける用事があるのですが、一緒に行きませんか?」

「前のこともあるし、私も行くとするか。何か買いに行くのか?」

「買いに行くのもありますが、薬草で作った薬を売りに行くのが主な用事ですね。頼まれて作ったものもありますし」

「いつもすまないな。私が売れればよかったんだが、いまだに街の住民には嫌われているようだ」

「気にしないでくださいよ、師匠。私こそいつもお世話になりっぱなしなので、これくらいさせてください。それに、材料も揃っていて知識もあるのに、全く使わないで腐らせてしまうのは勿体ないですから」

「はは。コトリの言うとおりだな」


 十歳になったコトリは知識を更に身に付けながら、それを確実に実行に移していた。薬草を使った薬の生成や、高度な魔術の習得。このまま順調にいけば、彼女が望んでいる「妹に再会する」という夢が現実になる日も近いだろう。


「ごちそうさまでした。片付けてから支度して、街へと向かいましょうか」

「あぁ、そうしよう。ごちそうさま、美味しかったよ」

「それはよかったです」

「食器は私が洗っておくから、薬の準備とかしてくるといい」

「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えて準備してきますね」


 少し前に彼女に与えた専用の工房へと走り去っていく背中を見送り、私は残った食器を手早く片付ける。


「成長しても落ち着きがないのは相変わらずか」


 くすりと笑いながら、私も街へと向かう支度をはじめる。子供の成長は早いもので、嬉しいものであると同時に別れの時が怖くもなる。長寿の種族である森精種エルフは、他の種族と同じ時間は歩むことはできない。どんなに願ったとしても、残されていく側であることが多い。そして、コトリもきっと他と同じように私を残していくのだろう。だからこそ、私は願おう。


「どうか、コトリのこれからの未来が明るく、そして幸せなものでありますように」


 昔の私ならば、神に願うといったことはしないのだが、彼女と過ごすようになってからはそれも増えた気がする。身体も力も全盛期に比べて衰えた私にできることは、コトリの幸せを願いながら道を示していくことだろうと考えている。


「師匠、お待たせしました。それでは、行きましょうか」

「そうだな」


 明るい調子で出発を告げるコトリの声に応じるように笑いかけ、私達は家を後にする。




 どうか、この声が。この笑顔が愁いで曇ることがないことを。

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