第25話 勝つから正義なのだ



人間が使う魔法は、大きく別けて『火・水・風・土』だと教わっていた。あと治癒などのイレギュラーもあるが、概ねその認識で間違いはないように思う。

明確にイメージ出来ないものは使えないようだ。


そして個人によって得意な魔法属性がある。イメージしやすい形というのは人それぞれだからなのだろう。魔法はイメージさえ出来れば基本的に何でもできる。イメージの良し悪しで威力も、必要な魔力量も違うようだ。


スピカは水の刃を作る事でも分かるように、水魔法が得意だ。

アルタイルは金属を作り出したり、炭素の配合率を変えるといった土魔法が得意なようだった。

調査官の先輩であるシリウスは、討伐でバンバン使っていたし火魔法を得意なのだろう。スライム実験でチラッと見たレグルス団長はきっと土魔法かな?


そしてリゲルは、風魔法を得意としているのだろう。今、彼が体を包むように竜巻を作り出している。

その光景を見ても、ベラトリックスは微笑んだまま動かない。


「弱いものイジメはしたくないから、先手は譲ってアゲルわ♡」

「ひざまづいて赦しをこえっ!」


剣を持つ右腕を引き、左腕をまっすぐベラトリックスへ伸ばす。剣先はベラトリックスを捕らえている。まさしく突きの構えのまま、腰を落としトルネードを纏(まと)ったリゲルが、ベラトリックスの足をすくうように突進してくる。

風のアシストと、ジャンプ力を水平方向にフルに使ったスピード攻撃だ。

リゲルはまさしく風のように素早く、ベラトリックスの死角に入り、強烈な突きをくりだす。


「はぁああーーっ!」


余裕の笑みを浮かべているベラトリックスの腹に剣が突き刺さる、その寸前。ベラトリックスの目がリゲルをとらえた気がした。


そんな事はありえない、騎士団でもリゲルのスピードについてこられる者は居ないのだ。

この国で南の最前線とも言われるラーヴァの騎士団。そして騎士団『最速』とうたわれるリゲル。彼はそのスピードで戦場を駆け、敵をくじき、若くして副団長まで登り詰めた。

貴族の出自に怠けず、実力で副団長になった事をリゲルは誇りにしていた。毎日鍛練をかかさず、ただ騎士団としてこの国を守らんがために魔法の精度も高めていた。

速さにおいて、自らに並ぶもの無しと自負していたのである。


そのリゲルの技の中でも竜巻を纏い、突進するこの攻撃は、対個人において避けることは不可能と団長に言わしめた技である。この突きを避けられた経験など1度も無い、常勝の一手なのだ。


瞬間……リゲルは何が起こったのか、分からなかった。いな、見えなかった。

リゲルの右腕は正確にベラトリックスの腹を死角から貫いた……はずであった。

しかし、目が合ったと思った瞬間、ベラトリックスはリゲルの視界から消えた。


「なっ!?」


風を纏い、最速と信じていた自分の、理解を、越える速度だった。


「はい、1回死にまぁした♡」


気づいた時には、首筋にナイフが触れていた。

剣を衝く姿勢のリゲルの後ろに、あたりまえのように立っているのはベラトリックスだった。


「馬鹿なっ!!」


リゲルは困惑と恐怖と怒りを感じ、そのナイフを剣で払い再度斬りかかる。


「にかぁいめっ♡」


斬りつけた剣を受け流し、まるでヒソヒソ話をするような距離から聞こえる声に、リゲルは戦慄した。


「なんで……。」


自分が負けるはずがないのだ、なぜなら……。


「なんで、私は……正しいっっっ!!!」


この戦いを見届けるため集まった他の騎士たちも驚き動揺しているようだ。レグルス団長ですらも、自分にも勝る速さのリゲルが……スピードで翻弄されている事に目を見開いている。

驚いていないのは、RENSAの面々だけだろう。

アルタイルなんかは、むしろ興味深そうにソワソワしているくらいだ。あの速さの秘密が知りたいと科学者の血が騒ぐのかもしれない。

スピカは相変わらず可愛らしい笑顔で見守っている。ルナは当然とばかりに静観だ。


リゲルは挫けず、ベラトリックスのナイフを弾いて反撃を繰り返す。ベラトリックスは竜巻を逆のベクトルの風魔法で押し返すのではなく、その力すらも利用して加速しているように見える。

完全にリゲルは遊ばれていた。


「正義はっ!常にっ……勝つから正義なのだ!」


リゲルの速度が疲れと魔力限界から落ちてきていた、かなりギリギリのようだ。

何度チェックメイトを決めても、負けを認めないリゲルに、ベラトリックスは悲しげな笑顔を見せた。


「私とアナタじゃ、くぐってきた死線の数が違うのよ。」


そして、舐めるようにリゲルを追い詰めていたベラトリックスが、リゲルから距離をとり魔法を発動させた。

その手は天を押し上げるように突き出されている。手のひらから、黒い光沢を持った球体が生み出される。俺のミニブラックホールにも似た魔法だが、ベラトリックスの球体は金属の流動体のような見た目をしている。鉄球投げの鉄球みたいな感じと言えば分かりやすいだろうか。


「嫌いよ、正義は私を助けてくれなかったもの。」


見たこともない魔法に、どんな効果があるのかわからない球体……リゲルは混乱していた。ベラトリックスから距離をとったまま、ジリジリとタイミングをはかっている。


「偽法則(マグニートチェムノター)」


ドクンッと球体が脈打った時だ。

リゲルの手に握られていた剣が球体へと引き寄せられる。リゲルの足が浮いてしまいそうな程の力でひっぱられ、数秒もしないうちにリゲルはその手を離してしまった。


剣が吸い込まれるように球体へと突き刺さる。そして、球体はアメーバのように流動しながら剣と一体化したのだ。

黒く淡く光る剣の完成だ。そして、それはまるでベラトリックスの手足のように従順に、リゲルへと襲いかかってきた。


「なにをした……その魔法は一体何なんだ!」


襲いくる剣を必死で避けながら。

リゲルは自分の剣が、自分へとキバを向く裏切りに、悲鳴のような怒鳴り声をぶつけた。


「さぁ、ダンスの練習よ♡」

「馬鹿なっ、馬鹿なっ!俺は間違っていない!!」


ベラトリックスの周囲をグルグルと回った剣は、操られるようにリゲルへと飛んでいく。

慌てて避けるリゲルがまるで、下手なダンスのように見える。


「ぐっ、なんだ!……はぁっ、何なんだその魔法は!」

「ぅふふふふ、アハハハハハッ。」


技とギリギリ避けられる攻撃をくりだすベラトリックスは、最高の笑顔だ。


(ベラトリックスさんや、悪役にしか見えませんよ。)


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