人間と灰喰らい-1


 狭い部屋の片隅でがちゃがちゃと金属が音を立てる。その金属たちの中心にはサークル状に組み上げられた奇怪な装置が鎮座していた。大量の配線が伸び、その先には少し大きな鉄塊が繋がれており、緑色のランプが点滅している。

 さて、そんな奇怪な装置の反対側。小さなテーブルの上でカタカタとキーボードを打ち鳴らしているのがこの部屋の住民である。

 クレイ・フェリルは今日も更新されていく『掲示板』に張り付いていた。


『Delili:こちらは食料は問題なし。ただ、最近少し住民が険悪になってきてるから、そろそろ引きこもりの準備をするべきか悩んでる』

『Mia:食料があるならまだいいんじゃない? こちとらそろそろ飢え死にしそうよ。近くに他の村があればいいけど場所とかわからないし』

『Lae:そればかりはどうしようもないな。そもそも村の入口さえ残っているか怪しいところがほとんどなんじゃないか?』

『Delili:確かに。こっちはもう何十年も出入りしてないから更新なんてしてないからな』

『Felic:こっちは出入り口は更新してるけど、僕意外は出入りしてないから、たぶん他の人たちは知らないかも』

『Lea:>>Felic いや待て。Felicは外出してんのか? こんな状況で?』

『Mia:>>Lea Felicは確か他の場所から通信装置を回収してきたって言ってたし、それなりに外出してるんじゃない?』

『Lea:>>Mia そういやそうだったな。Felicは自殺志願者か何かなのか?』

『Felic:それ、この前友人にも言われましたけど、そんなことはない……と思いますよ。ちゃんと警戒して旅してますから』

『Lea:>>Felic そもそも旅してること自体がおかしいんだっつーの』

『Felic:でも旧時代の建物とか色彩見るのが好きで……』

『Delili:>>Felic そりゃ友人に自殺志願者とか言われるわ』

『Felic:なんで!?』

『Mia:その友人も大変そうだね。でも、こんな世界でまだそんなに楽しそうにしてる人がいてよかったよ』

『Lea:>>Mia 確かにな。まだこんだけ平和なやつがいるなら人間は絶滅しないかもな』

『Delili:>>Lea 違いない(笑)』


 数日前に回収した装置のおかげで見つけることができた『掲示板』。そこでは村に装置が残っていた一部の人間たちが未だに交流をしている場であった。

 そこでは他の村の状況や灰物、灰喰らいに関する情報がちらほらとあり、交流という新しい形での情報収集を楽しんでいた。

 自分以外にもこんなにも生きている人が外にいて、こんな場所で交流などをしているとは思いもしなかった。想像以上に人間はしぶとく生き残っているらしい。


「……そろそろ食料取りに行こうかな」


 数時間してようやく画面から目を離す。数日間部屋に籠っていたため、さすがに食料が尽きてきた。

 仕方ない、と重い腰を上げ、数日ぶりに部屋から出、長い坂をゆっくりと下っていく。村の中でもかなり端の辺境に暮らしているクレイは、たまに食料を取りに行くとき以外、滅多に人と出会わない。村の人も、クレイがたまに部屋にもいないことがあるのでなかなかクレイとは出会わない。用があるときはメモだけが残されていることがある。

 そういうときは頼まれたものを置いておき勝手に持って行ってもらうか、こういった外出ついでに渡しに行くことが多い。


「あれ、クレイじゃん。飯?」


 途中の畑で赤髪の少女に呼び止められる。彼女の名はユーファ。クレイが幼いころから一緒にこの村にいる所謂幼馴染というものだ。


「うん。食料がだいぶ尽きてきたからね。あとは依頼品の納品」

「ああはいはい。リヨウさんのところだっけ? 呼んでこようか?」

「いや、いい。勝手に設置して帰るよ」

「ま、アンタならそう言うと思ったわ。リヨウさんには私から伝えとく」

「ありがとう。助かるよ」


 肩に背負った荷物は重く、あまり持ち歩いていたくはない。さっさとこれを納品して軽くしたいところだ。

 クレイは目的地の畑までたどり着くと荷を下ろし、不自然に空いたスペースへ『道具』を設置する。ボルトを締め、道を繋ぎ、軽く動作確認。

 今回の依頼品は畑に水を撒く散布機の修理だ。問題なく畑全体に水がまかれていることを確認し、依頼は終了。ただ、そろそろ老朽化が進んでおり、次は直せるかわからない。またどこかで見つけられれば良いのだが……。



 この村ではクレイが旅先で見つけてくる『旧時代の道具』のおかげで多少なりとも食料品の供給が安定している。他の村をあまり見たことはないが、そこらへんの村には負けないほどには道具が揃っていると思う。

 とはいえそのほとんどは寂れた旧時代の建物や崩壊した村などからかき集めてきたものであり、不良品や故障も多い。簡単な物であれば村にいるおやっさんが直してくれるが、複雑なものに関してはクレイに回されてくる。とはいえ精密機器と呼ばれるほどの物はクレイの家にしかなく、基本的にはシンプルな構造のものが多いため、携帯電話ほどのものを見ているクレイにとってはそこまで複雑というほどの物でもないのだが。


 旧時代の道具は好きだ。最初はちんぷんかんぷんだったが、いろいろ弄ったり、様々な種類を集めたりしているうちにおおよその構成を理解し、修理したり改造したりできるほどには精通するようになった。

 クレイが未だに地上へ出ようとするのは、旧時代の色彩への憧れはあるが、それ以上に新しい旧時代の道具への関心があることは否定できない。

 この前の旅でさらに情報収集の幅は広がった。まだ見知らぬものを探しに出たい気持ちは山々なのだが、明確な目的地が見つからない限りは出るわけにはいかない。この灰の世界で当てのない旅ほど無意味なものはない。それは本当に自殺志願者と呼べるものになってしまうだろうから。


「……ーい……クレイ!」

「うわぁっ!?」

「うわぁってなによ。ずーっと話しかけてるのに反応しないんだから」


 村を歩いているといつの間にかユーファが隣にいた。ずっと話しかけていたらしいが、生憎と自分の世界に没頭していたクレイには届いていなかった。


「ごめん、全然聞いてなかったよ。どうかしたの?」

「いや、この前ちょっと珍しいものが採れたから持っていく? って聞いてたんだけど」

「珍しいもの?」

「あのね、蜜柑っていう果物」

「果物? 栽培できたのか」


 ここは地下だ。かつて存在したとされる作物は大抵が日光不足で生産が難しいものばかりだ。中でも果物は生るまでに時間がかかるのもあってか極限状態に置かれる可能性も高いこの世界ではほとんど栽培すらされていない。


「何年か前にウェインさんが植えてたみたい。採れた量も少ないし、クレイがいつ来るかわからなかったから、ドライフルーツっていう乾燥させたものにはなっちゃってるんだけど」

「いや、果物が食べれるってだけで感動だよ。貰ってもいいかな」

「ん、むしろクレイに渡すために乾燥させといたんだから貰ってくれないと困る」

「……お前、僕が断っても無理矢理渡す気だったな?」

「え、当たり前じゃん」

「…………」


 ユーファは何の疑問もなくそう言ってのける。あいかわらずの強引さに軽く呆れるが、ユーファのおかげで果物が食べられるのは事実なので特に突っ込まないことにした。



「……やっと帰ってきた……」


 あの後も散々ユーファに振り回され、結局ほとんどの村人とあいさつするくらいには歩き回ることになった。

 そして今、ようやく解放され、憩いの部屋に帰ってきたというわけだ。

 荷物を片付け、今日の夕飯用の食材を用意したところで『掲示板』を思い出す。一日振り回されたため、だいぶ話が流れてしまっているかもしれない。ゆっくり追おうかと思いながらも起動する。


「ん?」


 画面に通知が一つ表示されている。どうやら他人には見えない、Felic──クレイ宛ての連絡のようだ。

 アカウント名は【Kamel】。内容は……


「旧時代の建物な色彩について語りたい。……ははぁ、なるほど。俗にいうオタクというやつだな」


 文面にはご丁寧に個人アドレスまで記入されており、これを使えば『携帯電話』でも連絡ができるという優れもの。


「もしかしたら新しい旅先が見つかるかもしれないな!」


 喜々として返信を打ち始めるクレイ。

 ……かつての時代であれば『怪しい』の一言で切り捨てられるような文面。だが、文化も未発達なこの時代で、なおかつ『携帯電話』での交流相手を求めていたクレイにはそんなことを気にする余地はなかったのであった。

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