この世界で生きる者-2


『謗……帝勁……蝗槫……庶……?』


 断末魔を残し、灰物が灰に沈む。どうせ壊したところでこいつらはまた別の場所で再生するだろう。感情はない。それ以上に今は気になることがある。

 大鎌を生成するのに使用した灰を処理し、大鎌を消し去る。


「…………」


 人間。正直久しぶりに見た。

 彼のほうを見ると、どうやらティアの言うことを守り、その場に黙って留まっていたようだ。……いや、よく見ると足が灰に埋まっている。逃げたくても逃げられなかった、ということか。

 彼の足もとへ行き、灰を除去してあげる。


「もう動いても構わない」

「あ、ありがとう」


 彼はむくりと立ち上がり、体についた灰をはらう。

 身長はティアより少し大きいくらい。顔はゴーグルと布で覆われているため見えないが、声からして若い。二十歳にもなっていないような印象を受ける。

 とはいえ人間が地上に出るのは自殺行為であり、灰喰らいの仕事が増えるだけなのでやめてほしい。


「危険性がわかったなら早く地下に帰りなさい。大方、好奇心で飛び出してきたんでしょうけど、地上にいるのは無意味よ」

「大丈夫わかってる上で外に出ているから」

「は?」


 なにを言っているんだ彼は。


「じゃあ何、自殺志願者? だったら私のしたことは完全に無意味だったわね」

「違う違う! 別に死のうとはしてないし灰物に殺されるなんてまっぴらごめんだよ」

「……じゃあなぜ外にいるのよ」


 好き好んで外に出る理由がわからない。


「君はこの座標に何があるか知ってる?」


 そう言ってメモの切れ端を取り出す。……見せられたところで座標の位置なんてわからないけど。


「え、灰喰らいは座標で地上での位置を確認したりはしてないんだ」

「灰喰らいに限らずこんな世界で正確な座標把握をしようとする奴なんていないわよ。そもそも、今の自分の座標なんてどうやって調べるのよ」

「え、適当だけど?」

「は?」

「今の座標もこのメモの座標も僕の家を中心にして大まかに測ったものだよ。今の自分の位置は歩数と大体の感覚で掴んでる」

「……」


 こんな世界で地上にいる人間がまともであるか、という疑問はあったが、今その答えが出た。間違いなくこの人間はまともではないし、感覚もまともではない。

 ……というか


「貴方の家が中心の座標を見せられても私にわかるわけないでしょう」

「……それもそうだね」


 絶対バカだ。まともじゃないというよりただのバカだ。


「まぁいいや。とりあえずこの座標にはかつて都市だった場所で、今でも建物や道具が残ってるんじゃないかと思うんだ」

「……貴方がどうやってそんな情報を入手しているのかは知らないけど、期待なんてするだけ無駄だと思うわよ。何せこの灰は百年以上降り続いてる。かつての都市だって灰に埋まるか風化して崩れてるのがほとんどなんだから」

「それでも行くよ」


 はっきりと、強い意志を持った声。彼の付けているごついゴーグルさえ貫通し、こちらを射抜いてくる瞳には確固たる意志があるように感じた。

 思えば意志のある人間と話すことすら久しぶりだ。……人間とはここまで強い意志を持つ者だっただろうか。

 となればこれ以上言っても無駄だろうか。


「……はぁ、仕方ない。私も行くわ」

「え?」

「明らかに好奇心で死にそうな人間に出会ってるのに、それを放置して野垂れ死にされると私の気分が悪い。それに、灰の処理よりも人間の処理のほうが面倒だから、その手間を増やしたくないの」


 この調子なら近いうちに死ぬだろう。近いうちに死ぬということはティアの行動範囲内で死ぬ可能性があるということ。それはとても面倒だ。


「……いいのか?」

「いいも何も私が提案しているの。貴方の答えは拒絶か容認の二択よ」

「……わかった。受け入れよう。僕としても『灰喰らい』が用心棒をしてくれるのであれば願ったり叶ったりだからね」

「そう。なら契約完了ね」


 くるりと身を翻す。


「そうと決まればさっさと向かいましょう。夜になる前に着いた方が良いでしょう?」

「あ、待ってくれ」

「?」

「一応契約なんだろう? だったら名前くらいは名乗っておこうと思ってさ」


 そう言うと彼はゴーグルを頭に持ち上げ、口元の布を少し下ろして素顔を見せる。


「僕はクレイ。クレイ・フェリル」


 クレイと名乗った少年の素顔は想像通り若く、まだあどけなさが残っている。だが、その瞳には先ほども感じた強い意志が、未だ煌々と燃え盛っているようにも感じた。


「……『灰喰らい』のティアよ。一応言っておくけど、面倒になったら私は自由に貴方の前から消えるから」

「構わないよ。これからよろしくね、ティア」

「……」


 どうしてこの人間はこうも────いや、もういいか。

クレイという少年に対して深く考えるのは無意味だと悟ったティアは諦めたようにため息をつく。

この地上には明かりも何もない。日が落ちれば地上を照らすのは雲の隙間からこぼれ出るわずかな月明りのみ。夜間の移動は昼間以上に方向感覚を狂わせるだろう。


 ティアとクレイは夜が来るのを拒むかのように早足で歩いていくのだった。


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