灰塵の先でまた会いましょう

翡翠 蒼輝

プロローグ 灰の世界

 ああ、最後に青空を見たのはいつだっただろうか。覚えてもいない。いや、そもそも生まれていなかったのかもしれない。

 世界は灰色に覆われ、かつては美しかったとされる景色も残ってはいない。


「……」


 ティアは目を閉じ、もう一度開いてみるが景色は変わらない。しんしんといつまでも灰が降り続けているだけだ。

 視線を落とす。視界に入る灰色の長い髪。そしてこの降り続く灰の中で動くには適さないであろう黒のゴシックドレス。

 見る人が見ればわかるその出で立ちは、この世界において『灰喰らい』と呼ばれる者たち。そして、ティアはその『灰喰らい』の一人である。


「おーい、ティア。そっちはもう終わったのか?」

「……あらネラ。今日は早いのね」


 ネラと呼ばれた少女はティアとは違って赤みがかった短い髪をしている。だが、服装はティアとあまり変わらない黒のゴシックドレスだ。ただ、あえて違いを言うのであれば、彼女のドレスはスカートがやや短く、白のソックスで覆われたすらりとした脚がより見えていることだろうか。


「今日はキューブを置く場所に困ってな。もしかしたら近いうちに移動するかもしれん」

「あら、そうなの? じゃあ貴方の作ってきたタワーも打ち切り?」

「まぁ、そういうことになる。というかあれ以上詰むとそろそろ崩れそうだからな」


 そう言うネラの背後には不気味に佇む灰色のタワーのようなものが見える。彼女の特徴は『圧縮』。この世界に降り積もる灰をキューブ状に圧縮する。その圧縮率に優れている。

 視界にたまに映り込むタワーたちはほとんどがネラが圧縮し、一時的に積み上げられた『成果』だ。

 あのタワーが積みあがっていく様子は、変化の少ないこの世界においてティアの数少ない楽しみでもあった。それがなくなるかもしれないというのは、少し寂しさも感じるものである。


「まぁ、そろそろリリィも戻ってくる頃合いだろうから、そうしたら片付けてくれるだろうけど」

「……確かに貴方のタワーの片付けはいつもリリィがしていたけども」


 とはいえこの量は大変そうだ。彼女が不在だというのに、変わらないペースで仕事をこなしていたネラが悪いと言えば悪いのだが。


「いやいや、しっかり仕事をこなしているのに悪いって言われるのは酷くないか? こう見えて私は真面目なんだからな」

「真面目なのはわかるけど、貴方自身の処理能力は低いんだからペースというものを考えなさい。それに──」


 空を見上げる。青空はなく、灰色に染まった空。


「いつまでも降り続く灰の中で、積もった灰を処理し続けるだなんて滑稽にもほどがあるわ」


 今の地上には灰しかない。今なおも降り続くその灰は、彼女たちが処理するのをあざ笑うかのように地上に積もっていく。

 既に地上には生命の色彩など残されてはいなかった。

 地上で動く物として存在している『灰喰らい』の役目は降り積もる灰を処理すること。だが、その仕事が達成されることはない。現に『灰喰らい』が現れて百年が経った今ですら、灰が減ったと感じることすら難しいのだから。


 この世界は緩やかに。だが、確実に終わりへと向かっていた。

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