コトダマアソビ

一初ゆずこ

第1章 赤ら顔の異人さん

1-1 異邦人

 自分は、攫われてしまうのかもしれない。

 茜射す境内に現れた和装の男を見た瞬間、佐々木和音ささきかずねの脳裏を過ったのは、漠然とした畏怖だった。


 ――赤ら顔の、異人さん。


 水面に落ちた葉が波紋を生むように、蔑称じみた呼び名が意識の表層に輪を広げた。

 唄が、彼を呼んだのだ。師範の戒めは、真の意味での警句だった。和音は石段から動けないまま、鳥居の真下に立つ男と見つめ合った。

 男の眼差しは、不思議なことに優しかった。森羅万象の罪にも罰にも、分け隔てない慈悲と赦しを与えるような博愛は、同郷の者でさえ他者には向けられないだろう。白い着物も、浅葱の袴も、灰茶に艶めく異国の髪も、彼岸に咲く曼珠沙華まんじゅしゃげに似た夕陽のあかに染め抜かれ、深山の泉より青く澄み渡る瞳には、心だけ先に攫われてしまったようなポニーテールの少女が映っていた。

 和装姿の異邦人は、幽玄の美を薄化粧のように白皙のかおに乗せて微笑むと、流暢な日本語で〝言挙ことあげ〟した。

「佐々木和音さん。綺麗なお名前ですね」

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