第6話 昨日と違うキミ。



 昨日のクリスマスデートから、次の日をまたぐまでの時間は割とあっという間で、気が付けば空には太陽が燦々と輝いていた。

 世間ではまだクリスマスカラーに染まっているであろうこの日。なんと僕の部屋にはまた女の子がいた。

 ——お察しのとおり、雪葉さんですが。

 普通の人ならクリスマスデートの疲れで、一人で昼まで寝てたいはず。

 しかしながら、彼女にそんな常識は通用しなかった。満面の笑みで人の家に来られる雪葉さん強し。なんて心の中で彼女に、冠を被せて褒め称える。

 絶対現実では言わないけど。そんなこと言ったら百パーセントいじられるので。

 さて、こんな前置きをしてまで自慢したいことがある。なんと驚け! 今回は僕から誘ったのである!


 時を巻き戻し、昨日の夜。

 雪葉にクリスマスプレゼントを渡し、そろそろ別れの時。

 雪葉が「明日は何しようね。」なんて話してきた。

 内心、おいおいやっぱり冬休み中の間ずっと一緒にいるのかよ。なんて思っていたが、昨日の僕は割と満更でもない感じだった。

 まぁその時の勢いというかなんというか。

「なら僕ん家くれば?」

 なんて言ってしまったのである。

 普段なら絶対にそんなこと言わないはずなのに、クリスマスの空気とは、恐ろしい。


 クラスアンケートで『よく漫画に出てきそうな陰キャボーイといえば』なんて項目があればほぼ全員が僕の名前を書くだろう。

 家族からですら、そう思われて仕方がないくらいに、僕は他人のと関わりを持たない。

 僕という人間は普段人を避けているのだ。

 その理由が単に、『人と話す事が怖いから』なんて絶対に言えないけれど。

 兎にも角にも、僕の誘いに雪葉は即答。今に至る。


 今日の朝、遅めのコタツを出した。

 コタツの準備をしている時、ふと思ったの事がある。

 そういえば、自分から誰かを誘うのは初めてかもしれない。

 自分にもこんな言動力あったなんて、驚きだ。

 もしかしたらその源は、雪葉の存在だったのかもしれない。

 彼女といると、不思議となんでも出来そうな気がしてきてしまう。


 家のチャイムが鳴り、雪葉がやって来た。

 今日は昨日と打って変わってボーイッシュな服装で現れる。

「おはよう」と、手を振る姿に少しだけ安心感を感じたのは、心の中の秘密にしておこう。

 二人でコタツに入り、足元を温める。

 テレビを見ながらくつろいでいると、突然雪葉がコタツから足を出す。そして勢いよく立ち上がり、僕に向かって指を指した。


「計画を立てます!」


「……はい?」

 決め顔に満足したのか、またコタツに入った。

 お風呂に入ったかのような幸せそうな顔をすると、体を少し前に机を叩く。

「冬休みの計画を立てるの!これから一月七日までの毎日、一緒に過ごすんだし。それじゃあ早速——」

「いや、待て。何故そうなった。計画って……ガキじゃないんだから」

 手で、ストップコールを出しながら、ため息をつくと、雪葉は頬を膨らませる。そして机の上に置いてあったペンを僕に向けた。

「いいの! 私がそうしたいんだもーん。永遠くんも協力してくれるでしょ?」

 その意地悪な笑みを僕は睨み付けた。相変わらず雪葉はずるい。僕が断れないのを見抜いてるんだから。

「……分かったよ」

 観念したように首を縦に下ろすと、雪葉は嬉しそうに笑う。この笑顔に本当に弱いなとつくづく思った。

 雪葉は自分のカバンからスケジュール帳を出して、僕に問いかける。「明日は」「明後日は」と楽しそうに。はしゃぐ姿はまるで小さい子供のようだった。

「あ。永遠くんはなにかしたい事でもある?」

「いや、特には……あ、でも大晦日は家族で蕎麦作る。」

「家族でって……手作り!?食べてみたーい!」

「なら、年越し蕎麦に作ってあげるよ。」

「やったー!楽しみだね!」

「僕は別に……。」

 昨日までだったら『掴みどころのない変なやつ』としか思っていなかった。でも今は違う。笑顔でいる雪葉の隣にいられることが心地よいと感じる。

 何かが変わった訳では無い。何かがおかしい訳でもない。でも確かに何かが違うのだ。

 昨日と違うキミ。

 彼女を見ていると、変な胸の高鳴りがして、まともに顔を見ることが出来ない。

「でーきたっ!」

 スケジュール帳を掲げ、満足気な笑顔を見せた雪葉は、お茶を飲んだ。まだ冷めていないのか白い湯気が立っている。

 雪葉のスケジュール帳には本当に毎日僕と会う予定が書いてあった。

 来年の一月七日。その日が雪葉と会う最後の日だ。けれどその日だけは予定を書いていない。ただ七の数字を丸で囲っているだけだった。

 僕はその事に違和感を感じながらも詮索はしなかった。


 雪葉が「ゲームしたい」と言い出したので、机の上に家庭用ゲーム機を出す。二人で最近流行っているゲームをしながら、時間を過ごした。

 ゲームのレースが中盤に差し掛かった頃、雪葉が口を開く。


「七日さ、ちゃんと予定空けといてね。」


 ゲーム機を動かすのを止め、横目で雪葉を見る。彼女は、ゲーム機をカチャカチャと動かし、テレビ画面を見ていた。

 僕も再びテレビ画面を見ながらゲーム機を動かした。

「なんで?」

 短い問いに雪葉も簡潔に答えた。


「神社、行くから」


 神社は元旦に行くはずなのに、と思いながら「分かった」と短く答えた。

 何故雪葉がそんなことを言ったのか。何故僕の方を見なかったのか。その時の僕は知らなかった。

 違和感を残しながら僕は雪葉と残りの冬休みを共にすることにした。




 ‎




 十二月二十六日。今日は雪葉のじいちゃんの家にお邪魔することになった。

 初めて雪葉の家に行くとあって、僕の心臓はバクバクだった。

 手土産を持参したけど大丈夫なのか・・・・・・?

 緊張しながら、メールで送って貰った場所に行く。家からチャリで数十分で着いたそこは木造建築の家だった。

 割と立派な家で驚いたが、とりあえずチャリを止めて手土産が入った紙袋を持つ。ドキドキしながら、恐る恐るインターホンを押す。数秒してから廊下を走る音が聞こえた。


「はーい!」


 いつもの声。足音が近づいてきて、勢いよくドアが開いた。

「いらっしゃい、永遠くん!」

 勢いに圧倒されながら、とりあえず手土産を雪葉に渡す。

「お、お邪魔します……」

 いつもより機嫌が良さそうな顔で「入って入って!」と僕の背中を押した。

 お願いです、あんまり急かさないでください。女の子の家(厳密にはおじいさんの家)にお邪魔するなんて初めてなんですぅ!

 僕みたいな女慣れしてない男子からしたら、女の子の家(厳密にはおじいさんの家)に上がるなんて光栄すぎることなんだぞ……!

 心がぐるぐるしてる。あー思考がまとまらないです。助けて。Helpme。


 雪葉の家は木と畳、そして線香の匂いがした。普段家では嗅がない匂いだったけど、何故か心が落ち着いた。

 ちゃんと雪葉の部屋もあり、僕はそこに案内される。元々はおばあさんの部屋だったらしいのだが、雪葉のためにリフォームしたららしい。

 その話だけでもおじいさんに愛されているのだな、と思った。

 雪葉の部屋は『The女の子』って感じの部屋。

 カーテンとカーペットはピンク色で、ベットは白色を基調としたもの。更には華やかな香り。

 女の子の部屋はいい匂いがすると聞いたけれど、都市伝説じゃなかったのか。

 今まで疑っててごめんなさい。


 落ち着かない匂いに包まれながら正座で座っていると、

「お待たせー」

 と、お盆を持って雪葉が入ってくる。机の上にお盆を置き、お菓子と飲み物を僕の前に出した。

 マグカップの中にはコーラが入っていた。

 雪葉が少し心配そうに、「炭酸飲める?」と僕の顔を伺う。

 首を縦に下ろしてからコーラを一口飲んだ。

 乾いた喉に炭酸の刺激が広がって、ピリッと痺れる。

 雪葉はそれをじっとみてから僕の横に座った。「それじゃぁ……」と手を合わせ、机の上のシャーペンを持つ。


「課題、始めよっか!」


 正直気が乗らない。でもこれをやらないと三学期が迎えられないのだ。

 ため息をしながらリュックからプリントを取り出す。

 十二月二十六日、地獄の課題スタート。


 ‎✿ ‎


 キミに出会って今日で……何日だったっけ?

 キミに聞いたら『そんなの五日に決まってるだろ』なんて呆れられるのだろうか。

 でもね、私にとっては違うんだよ? あ、思い出した。


 ——今日で『千六百七十一日』だ。


 そんな事言ったら、きっとキミは頭の上ではてなマークを浮かべるだろうけど。

 だって本当の事だから、嘘は付けない。

 その数字は、長そうに見える。果ての無い長い月日。

 キミはきっと、なんでそんな数字を覚えているのかと疑問に思うだろうね。

 でも、絶対に忘れない。忘れる事なんて出来ない。

 どんなに些細な一日だったとしても私の中じゃ大切な思い出だから。今日のキミも『思い出』になる。

 キミが私の家のインターホンを押すまであと九分二十三秒。

 時間が経つ度に会いたい気持ちが高まる。会いたい。会いたい。

 そんな感情にはっとする。


 会いたい、か。


 自分で笑っちゃうな、本当。そう、これは滑稽な話だ。

 私の家も、街も、世界も。全てが造られた中でキミは日々を過ごす。

 キミはそれを知った時、どう思うんだろうね。せっかくだ。キミがここに来るまでカウントダウンをしよう。


 ——私がキミの前から消えるまで、あと十三日。

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