第4話 初めて、美しいと。

 ‎✿ ‎


 ——あぁ、感じる。


 私はまだ、彼の隣にいる。彼と同じ空間に居られている。冬は寒いけれど、私の心は温かさが満たしている。

 けれど、この感覚はずっとは続かない。でも、君はそんなこと知らなくていい。

 今はただ、一緒に居られているだけでいいんだ。


 けれど……。


 まぁ、今はまだよそう。まだ雪の葉が根強く、地面に広がっている今は。まだ、私でいられる今は。まだ、君の心の中にいられる今は。

 ——まだ私はこのままなのだから。


 ‎✿ ‎


 あれから数時間。僕と雪葉はまだ、同じ部屋にいた。一緒にゲームをしたり、テレビを見たりと、普段友達と遊ぶ感覚で割と楽しんでいた。

『この真珠は、永遠の輝きを放つ珍しい真珠はとして——』

 そんな中、テレビで『永遠』というワードが映る。その字をみて、雪葉はこんなことを言い出した。


「永遠くんの漢字ってさ、綺麗だよねー。っていうか、とわって名前私の周りじゃ聞かないなぁ。珍しいよね。」


 少し、間を置いてから答える。


「そうだな。僕も、僕以外でこの名前の人と出会ったことないし。まぁ、そもそも永遠なんてないんだから、名前と一緒に願っても無駄だろうけど。」


 その言葉を聞いて、「冷めてるねぇ」と苦笑した。そしてテレビを見ながら、雪葉は続ける。


「でも、私はそうは思わないよ。こんなつまらない世界でも、皆が誰かを見てる傍観者だから。いつかきっとこの世界の永遠の傍観者が現れると思う。この世界の理を正す為の。その傍観者はきっと永遠に孤独なんだよ。でも永遠に孤独だからこそ、その傍観者は誰よりも美しい。だからあると思うよ、永遠。」


 彼女が何を言っているのか、あまり分からなかった。

 彼女が『永遠』を信じている、というのは、何となく分かったけれど。

 ただ、そんな話をする雪葉は少しだけ遠くを見つめていた。

 そんな雪葉を見つめるだけで僕はただ、何も出来なかった。

 このまま静寂が空間を満たしていく事が耐えられなかったので、今度は僕から話題を出す。


「そ、そういえばさ、『せつは』ってどんな字書くんだ?雪葉の名前も珍しいし。」


 少し話題を変えるには下手な言い回しだっただろうか。けれど雪葉はそれを口にはしない。

 ゆっくりと僕の隣に座り、テーブルに置いてあったペンを握る。

「雪葉のせつは、『雪』はは、葉っぱの『葉』だよ。雪の中で強く生き続ける葉のように、真っ白で強い子になりますようにって。」

 彼女の字で書かれたその名前を、僕はじっと見る。人の名前に美しいも、美しくないも関係ないと思っていた。でも、僕はその名前を、初めて美しいと。そう思ったのだ。

 きっとそんなことを言ったら、彼女がまた意地悪な笑顔を浮かべそうで、口が裂けても言えないけれど。

 雪葉が帰ったあと、こっそりと彼女の名前が書かれた紙を引き出しの中に閉まったのは、僕だけの秘密である。

 その後は 当たり障りのない話をして、雪葉は帰っていった。

 帰り際、「そういえば、明日はクリスマスイブだね」と雪葉が話を持ち出す。

 目線を逸らしながら適当に相槌を返すと、


「じゃあ、振られた者同士でデートでもする?」


 と悪い笑みを浮かべてきた。このまま断ることもできたはずなのに、心の中で『おい!男の意地をみせろ!』と誰かが叫んでいた。

 確かにこのままやられっぱなしなのもあれだったので、意を決してyesの返事をしてみる。

 はっはっ、 きっと雪葉も驚くだろう。そのあと真っ赤な顔して、『やっぱ、さっきのなしっ!』と言ってくるんだと思っていたら、真逆の言葉が返ってきた。


「うん、おっけー。じゃあ夕方頃駅で待ち合わせね。あ、ついでにLINEも交換しとこっか。」


「え? 」っと、反応する前にLINEの新しい友達の欄に雪葉の名前が表示されていた。思わず目を真ん丸くしてしまう。

 え、いつの間に?最近のJKというのはこうも素早くLINEを交換するのだろうか。恐るべし、JK。

 そういえば、いつの日かクラスで光輝いている女子達が、『あの子ウザイからグループ退会させよー』なんて話していたのを思い出した。なるほど。友達になるのも早い代わりに、その絆が、崩壊するのもあっという間なのか。怖い、JK。

 雪葉も、ニッコリと笑ってはいるがいつかポイっとブロックされるのだ。……怖い。

 なんていつもの癖でそんな事を考えつつも、雪葉は絶対にそんなことをしない、なんて根拠の無い自信がどこかにあった。


 いつも意地悪いくせになんというか、彼女はそう……温かいのだ。

 どんなに僕のことをからかおうとも、雪葉は僕のことを優しく見守っている気がする。優しい、けれど少し悲しい。そんな目で。

 

「じゃあ、今日はこの辺で。」


 はっと顔をあげると、雪葉はにっこりと手を振っていた。また考えすぎていたのかと、少し自分を反省しつつ、つられてて手を振り返す。


 うっすらと暗くなり始めた空の下、雪葉は僕の影がみえなくなるまで手を振り続けていた。そして僕も、彼女の影が見えなくなるまで手を振り続けた。



 家に入って、玄関の鍵を閉めてから気付く。

 ——雨なんて、一滴も降ってないじゃないか。

 どうやら僕は、今日も彼女の思い通りに動いてしまったらしい。

 明日こそは絶対に、彼女の言いなりにはならないんだからっ!

 なんて、何処かの少女漫画にでも出てきそうなセリフを心の中で唱えながら、自分の部屋に戻って行った。


 ‎✿ ‎



 ——はぁ、と息を吐く。


 白く浮かんだそれは、すぐに消えていった。その様子をみて、まるで私みたいだなと思う。

 夕闇の中、小さな月だけが孤独に浮かんでいて、なんだか心が緩んでしまった。


 紺色のコートが私を包んでいる。温めて、目には見えない冷たさから私を守ってくれる。

 けれどそれは体だけ。ならば心は? と、自分に問いかける。少し歩いて、立ち止まった。


 ——そんなの決まってるのにな。


 一人の人物が脳裏をよぎる。そして、また歩き出す。今日も会えた。明日も会える。そして明後日も。絶対に。


 未来なんて誰にも分からないと云うけれど、私は知っている。君のことはなんでも知っている。


 だからこの物語の結末も。


 少し未来の話はその時になったら、改めて話そう。だからそれまでは……そうだなぁ。

 あ! じゃあそれまでは、君が気に入るコーデでも探そうかな。

 今日は白いトップスに赤いスカート。ポイントは黒いベルト。

 男の子はやっぱりスカートが好きなのかな?

 そうだ、明日は髪をいじろう。少し大人っぽく編み込みでも。


 そんな楽しみなことを考えながら、光は沈み、そして……闇が世界を包んだ。


 




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