第29話 すべてが決まる、3秒。


少年の左足がる。

そして、ボロボロの床板に亀裂が走る――



「うわっ……」



少年――赤憑きはすっ頓狂とんきょうな声を上げる。

その後、すぐに回避行動を取る。

右足で安全な隣の床板に着地し、亀裂の入った板から左足を退ける。

ボロ床を踏み抜かないように、冷静に。


しかし、その一瞬……赤憑きの動きは鈍くなった。



「そう来ると思った」



それを待っていたかのように呟き――

黒竜が、赤憑きの首根っこを掴む。

振り返り、縫い合わされた左目を光らせて。


さっきと同じ、未来を先読みした速さで動く。

腕を動かす。



「クソッ……!」



掴まれた衝撃で、赤憑きのナイフが床に落ちる。

また武器を落としてしまった。



「動くなッ! 白ウサギとやら」

「ッ……」

「こいつの首をへし折りますよ」



黒竜の脅しに、白ウサギが止まる。

また迫り、黒竜をおそおうとしていた、白ウサギ。

彼女が青い翼を消し、その場に静止せいしする。



「これはもう要らないでござるな」



赤憑きの長筒から伸びる銀の糸。

白ウサギの腕に巻き付いた、切り札。


その糸を太い右腕2つで掴み、黒竜がちぎる。


切断する。

もう赤憑きたちが互いを引っ張れはしないように。

赤憑きと白ウサギの二人が、妙な動きをしないように。


そうやって、また奇襲きしゅうしてこれぬようにと。

入念に……敵の勝ち目を消してから。


黒竜は満足そうに、尻尾で床を叩いた。



「フッ……楽勝」



そんな黒竜を睨みつける、赤憑き。

心の底から悔しそうに。

使いものにならない長筒を握り締めて。


無力になった少年が、ただ睨む。

そう見えるように――と演じる。


周りに、勝ち目はないかと探しながら。


黒竜の背後で、赤憑きが作った亀裂はボロ床の広い範囲にまで伸びている。

ちょうど、黒竜と赤憑きの周りを囲むように。

それを見て、考える。


――これは活かせるか?

  戦闘に活かせるか?


分からない。

ダメだ。足りない。もっとだ。

脳みそを回せ。回せ。



「くッ……」



赤憑きはしてやられた――と。敵の望む表情を。

悔しげな顔をみせてやる。

思考をフルに回転させながらも。


黒竜の動きは速い。

いや、あまりにも反応が早すぎる。


さっきの赤憑きの攻撃。

あれは完全に黒竜の視界の外……

……死角からのモノだった。

アレを防ぐのは不可能だったはず。



「あの左目……」



それに気になるのが黒竜の左目だ。

赤憑きの攻撃を防ぐ時に、光っていた。


あの左目、白ウサギの奇襲きしゅうの時にも光っていた。


あの弾丸のような跳び蹴りの前に――

黒竜がそれを察知し、防ぐ前に――


そう。多分、あの左目が黒竜の能力のカギだ。


黒竜の反射はんしゃ能力のうりょく

そのカギとなる何かが、あの目にはある。

アドバンテージ……戦術における優位性――

それになり得る何かがあるのだ。


――それは何だ?



「ここでお前を殺してやる。それがお前の罰です」



黒竜が赤憑きの首を締め上げる。

ニセの太い腕で、首の骨を折りにかかる。



「クハッ……」



赤憑きは息も絶え絶えに、考える、考える。

生存本能が頭の中を駆ける。

考えなければ死ぬ――!


黒竜のアドバンテージ、その大元……

その1。形が変化する透明の武器。

コレの攻略法は思ったよりも難しくない。


問題は、その2。

黒竜の左目。反射はんしゃ能力のうりょくの源。

その正体は何か。何なのか。


分からない――

ならば、仮定すればいい。



仮定:――

黒竜の左目は未来を視ることができる。


その効果は、何らかの魔術によるもの。

詠唱なしの魔術効果……そうか。



「アイテムだ……」



精霊遺跡に関連する、難攻不落のダンジョン。

その奥底にあるとされる、精霊せいれい遺物いぶつ

特殊なアイテム。


実在すら疑わしい代物だが……

しかし、神話級のソレなら可能かもしれない。



例えば――未来予知でさえ。



「左目は精霊せいれい遺物いぶつ……だとすると、正体は――」



――未来予知の出来る義眼だ。


そんなアイテムがあったなら。

それなら、すべての説明がつく。


黒竜の異常な反射能力。

それは予知した未来を基にした、先読みが可能にしていたのだ。


白ウサギの飛び蹴りも――

赤憑きが首に巻いた銀の糸も――


黒竜が回避できたのは、未来予知のお陰。

未来を先に視て、使用者に伝える特殊アイテム。

それが――



「“未来視の義眼”」

「ッ……何故それを」



赤憑きの言葉に対し、黒竜が驚く。


“未来視の義眼”。

その言葉に驚き、一瞬、首を抑える力を弱めた。

まさか、見破られたのか――と。



「やっぱりか」



赤憑きは笑う。


黒竜のこの反応……当たりだ。

左目の正体はアイテム。

ならば、その効果には限界点リミットがあるはず。


ここはカマをかけてやろう。



「やっぱり……お前は“その程度”か」

「何……」

「そんなモノに頼っても、お前にはその程度の未来しか見えない。だから……」

「だから……?」

「だから、お前は勝てないんだ。貧乳ぺちゃぱいトカゲ」



煽る、赤憑き。

その罵倒に、黒竜は一瞬、口の端をヒクつかせた。



「ははっ……まっこと、無礼なヤツでござるなあ。まあ、時間制限なんて関係ないんです。お前一人くらいは、余裕で殺せるんですからね――」



黒竜は赤憑きを引き寄せ、凄む。



3さえあれば」



赤憑きはその言葉に歯を剥いた。

かかった――と。



「自分の武器のスペックをバラしたな。まんまと」

「お前、知ってたんじゃ……」

「あー、“その程度の未来”ってヤツ? んなもんは、ブラフ。知ってるフリだから。そう言えば、勝手に自らバラしてくれないかってな」

「こいつ……」



赤憑きはさらに煽りながら、黒竜から目を逸らす。



「てか、未来予知とか言っても、たったの3秒か」

「……」

「とんだ期待外れだよな――もういいよ」

「……何、勝手にいい気になっちゃってんですー? 忘れてません? お前の首がまだセッシャの腕の中にあること」

「……はあ? バーカ」



目を見開いて、赤憑きは見つめる。


もういいよ――とその合図に。

黒竜の遥か後ろ、立ち上がる。その影を見る。



「お前には言ってないよ――床を撃てッ!」



赤憑きの指示。

それからよぎる、青色。


ミシミシミシィッ!――

ひと際大きく床が軋む。

何かが撃ち込まれたのだ、そのボロ床に。


床板の上、深まる亀裂――



「一体何が……!」



慌てて、黒竜が左目で未来を視ようとする。


赤憑きとの会話で、煽られ続け、血を昇らされて。

気を取られていた少女。

その少女が今になって視ようとする。

それまで注意していなかった、未来を。


しかし、黒竜自身の推測すいそく――

――いや憶測おくそくが、その未來予知を邪魔する。


その不安が、彼女の能力よりも先行する。



「白ウサギが動いたのか……?!」



憶測による不安から、そう叫ぶ黒竜。

その少女に向かって、白ウサギが手を振る。


ニコニコして。攻撃をする素振りも見せず。

さっきよりも遠くにじんり、距離を取って。


赤憑きがその策に考え至ると――

信じて、待っていた、白ウサギが。



「白ウサギじゃない……じゃあ、誰が」



床を撃ったのは銀髪のハイエルフだ。

そいつは殴り飛ばされて。

だから、さっきまで床に転がっていた。

死体みたいにしていた。


そいつは、灰色ネズミだ。



「あと一蹴りッスよー! 赤憑き氏ぃ〜!」



人差し指のない右手を下ろして。

灰色ネズミは左手を振る。


それを見て、赤憑きが長筒を放り投げる。

そして糸のちぎれた筒を捨て、空になった右手を。


その手を上へと大きくかかげる。



「その3秒で、けてみせろよ――黒竜ッ!」



そう叫び、ボロ床を足で蹴り、ブチ抜く少年。



そして、3秒後――彼らは宙を舞ったのだ。

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