第35話 犬飼の正体
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「……追いかけましょう」
「そうっスよ!」
「……」
「宮川くん……?」
(あれ……?)
ーー気がつくと手が震えていた。
殴られた時の記憶がぼんやりと蘇る。
もう片方の手で、震えを抑え深呼吸する。
(怖い……怖いんだ僕は……)
「それはそうよね……ここまでされたんだもの……誰だって怖いわ。宮川くんは、ここでゆっくり休んでおいて」
「姉御の旦那……しっかり休んでおくっスよ!! 行くっスよ!!」
「ええ」
2人が出ていく様を見ながら、僕は、ただ1人、
呆然と立ち尽くすのであった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「まず犬飼についてだが……」
──
小黒から聞いた話によると、一度目をつけたものには、どんな悪質な手段を使ってでも実行するとのこと。自身が勝つためならなんだってする。
しかし、本人が手出しすることはほとんどなく、証拠が掴めないでいるらしい。
その為、罰することができず、学校としても、その実態を噂では耳に入っているらしいが、手に負えないとのことだ。
「犬飼と俺の違うところは、そのやり方だ」
「……やり方?」
「俺も神崎と戦うまでは、いろんな強いと噂がある奴らと戦ってきた。だが、対象は、そいつのみだ。他のやつに手出しはしない」
「……羽川ちゃんを人質にしたのは?」
「あいつか……あれは、お前を呼び出すための餌だっただけだ。元より、危害を加えるつもりはなかった」
「だからといって許されるものでは無い」
「あぁ……その通りだ。今となっては、怖い思いをさせて、申し訳なかったと思っている」
……てっきり、言い訳をすると思っていたのだが、素直に謝ってきた為、少し、拍子抜けしてしまう。
小黒……こいつは根っからの悪いやつという訳でもなさそうだ。
まぁ、だからと言って許した訳でもないが。
「神崎、次はお前の話を聞かせてくれ」
「わかった」
──あたしは、今あたしが置かれている状況。そして、昴達のことを
全て伝えた。
「……クッソ!! 俺を犬飼に仕立て上げて、神崎と喧嘩になるように、まんまと犬飼の野郎に使われた、つーことか……。もしここで鉢合わせなかったとしたら、俺と神崎は知らず知らずのうちに喧嘩になってた可能性があるということだ」
……否定はできなかった。あたしは、犬飼という存在を知らなかった。
だから、あの手紙の内容からして小黒が犬飼だと思い込んでいた。
昴を傷つけられた勢いで、小黒と喧嘩になっていた可能性はあった。
「あいつのことだ。神崎を倒した後、俺の名前を使って、自分の手を汚さずに
俺に罪を擦りつけるつもりだったのかもしれねぇ。まぁとにかく俺は、犬飼に知らず知らずのうちに利用されてたってわけだ」
「犬飼はそんなに、自分の手を汚したくない奴なのか?」
小黒は、大きくうなづいた。
「あいつは卑怯者だ。俺のポリシーに反するムカつく野郎だ。……だがあいつの実力と人脈は本物だ。現に、ここら一帯じゃ、犬飼の名前を聞くだけで、他の不良は近づかない」
実力と人脈があって、なお、自らの手を汚さない。どうやら、犬飼という男は想像している以上に慎重で、用意周到らしい。
「だが、神崎。もしかしてだが、お前、一人で行くつもりだったのか?」
「……」
「その様子だと、図星みてぇだな……。まさか、一人で勝てるとでも思ったのか?」
「勝つとか負けるとかじゃない……あたしはただ、昴を傷つけたことを謝罪して……」
「……神崎」
「なんだ」
「お前、ひょっとしてバカだろ」
「はぁ!?」
思わず、大声を上げてしまう。
しかし、小黒はそんなあたしにはお構いなく、
話を続ける。
「はぁ……こんなやつに俺は負けたっつーのか」
「……うるさい」
「犬飼が、素直に謝罪なんてするわけないだろ。神崎を呼び出すにあたってあいつがなんの準備をしていないとは到底思えない。お前はそこに無鉄砲に突っ込んでいこうとしたというわけだ」
「……わかって……るよ」
「いや、わかっていない。いいか神崎。お前がその昴ってやつが大事なこと、迷惑をかけちまったこと。犬飼に対して怒りの感情が生まれることはわかる」
「……だったら」
「お前は強い。だが、勇敢と無謀は違う。どちらも進むという意味があるが、時には諦めるという決断を下すことも勇敢だ。だが、今、お前がやろうとしているのは後者の方だ。ただ、引き返すことを知らず感情のままに無闇に突き進んでいるだけだ」
小黒の言葉がぐさりと胸に刺さる。
少し気が動転していたことに、ようやく実感が生まれてきた。
それと同時に、絶望の感情が押し寄せてくる。
「……」
「少し落ち着け。自分の気持ちと現実を履き違えるな」
「……じゃあ、何もするなっていうのか……!!」
頭を抱えながらそう呟く。
あたしにも無茶をしているということは心のどこかでわかっていた。
でも、それでも、昴に迷惑をかけてしまったという事実が、あたしに意地を張らせているのかもしれない。
「お前1人の力じゃあどうにもならないだろう」
「だったらどうやって……」
小黒はあたしに諦めろと言いたいのだろう。
しかし、小黒の次の言葉は意外なものだった。
「俺と組め」
「は……?」
「俺の力を貸してやる。やられっぱなしじゃ済まないのは神崎。お前だけじゃ無いんだぜ?」
小黒は、ニヤリと笑い、何か策があると言わんばかりの表情で、
あたしをまっすぐ見つめていた。
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