第12章(1)賽の河原と殺生石

大狐を追って来たふたりは駅前のバス停から別の路線バスに乗り換えて北を目指していた。


バスの車内から屋外の空間に意識を広げて狐たちの動きを捉えている結子と朋友は、大狐との距離が近づいていることを感じていた。そして、禍々しい妖気を放った狐たちの数が膨れ上がっていることを・・・


結子は女神から受け取った魔物たちに関聯かんれんする情報を言葉にして朋友に伝えた。


過去にも朋友のように魔物たちを感じることが出来た人がいた。そして、その勇猛果敢な人物たちは妖魔たちに戦いを挑みはしたものの巧妙に仕組まれた陥穽かんせいに陥ることや魔の手にかかり叩き殺されて来たことを・・・


結子の口から語られた衝撃的な内容を全身で受け止めた朋友は、自らが体験して来たことから得ている知識と体感からの情報を照らし合わせて再考する。


穢れた存在が力を増幅させて魔獣化すること、そして、その根本的な原因は人間にあることを朋友は理解した。


人間が欲望を増幅させながら地球を汚して空間を劣化させていることが問題であり、自然溢れる清らかな生命の循環を狂わせているが故に、穢れによって魔物たちも力を増幅させる。


そして、更に自らの群生地を広げようと汚れた空間を拡張する働きを過激化する。其の事に依って、より多くの災難が人間に降り掛かる。


それは何も物理的な汚れだけではない。人は死んだ後も清らかになる力が低下することで未成仏な霊となる。そして、多数の未成仏霊が空間に留まって生きている人にすがり、欲を満たそうと生きている人に取り憑いて不幸の連鎖を増長させる。


鈍りきった現代人はそんなことを知る由もなく、疑いすら持たずに異常なことを正常だと思い込んでしまうばかりか、穢れた空間に適応することを健康だと誤認する狂った人間が増加する。そして、そんな人間を餌に魔物たちは更に強者と化してゆく。


「元はと言えば、人間の所為だよなぁ」


清らかな心と体を育み、美しい空間を増やすことこそが正しい進化であり、人類が歩むべき道であることを現代人は忘れ去っている。それどころか真逆の道を突き進んでいるために幸せを感じながら生きている人が少ないことを朋友は知った。


そして、自身の肉体を沈痛ならしめるものの正体もまたこれらに起因していることを理解した。


「そう、だからこそ、今、私たち人間の手でこの悪循環を正さなければいけないの! でなきゃ、清らかな神様たちにも失礼だし、不幸な人がどんどん増えて、みんな幸せを感じて生きることなんて出来なくなるから!」


廉恥心れんちしんと揺るぎない尊い志を持ったふたりを乗せたバスは、秋夜の風が吹く暗がりの田舎道を小刻みに揺れながら決戦の地へ希望の光を送り届けるのであった。



栃◯県那◯町


「此処らしいわね」


ふたりがバスを下車した場所は濃霧に覆われて視界が殆ど利かず、剰え、硫黄臭といわれる鼻腔を刺激する香りが漂っている人里離れた場所である。


視覚と嗅覚を奪われても研ぎ澄まされた体感力を持ち備えているふたりは此の程度の邪魔立てに屈伏し、さじを投げるようなことはしない。辺りを見回しながら心を鎮めて空間を感じている結子は大狐の位置を正確に捉えていた。


「こっちね!」


「おう!」


濃霧の中からふたりの目前に姿を現したのは此の地に古くから鎮座している神社である。


神社境内へ歩みを進めるふたりは、鳥居を潜って石階段を登ってゆく。両脇に灯籠が並ぶ真っ直ぐに伸びた参道を一歩また一歩、奥へと進むふたり。


狐たちが徘徊することによって穢された境内の空間をふたりは全身から放出する清らかな気によって祓い清めながら突き進む。


拝殿前に辿り着いた結子は、本殿と拝殿は勿論のこと拝殿に向かって右側に鎮座する九◯稲荷神社も祓い清めてから結界を張り巡らせて狐たちが御社の中へ侵入出来ないようにした。


周囲の空間に大きな雷鳴が轟く中、朋友は大狐の位置を捉えて高台から霧に覆われた賽の河原を見下ろしていた。


「この奥だわ!」


狐たちの居所を突き止めた結子と朋友は、勾配のある細い脇道を進むのではなく、正面から相手の根城へ向かうことにした。



賽の河原を挟んだ左右の歩道を結子と朋友はそれぞれ奥へと進んでゆく。‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬‬「千体地蔵」の脇を更に奥へと進むと立籠めている濃霧の中から雨音(九尾狐)が妖艶な姿を現した。


「よく来たわね!」


雨音の背後からは地を這う白く冷たげな霧と硫黄臭を伴った強烈な風が結子と朋友の動きを封じるように吹き付ける。


それに加えて、雨音の周囲には狐の子分に憑依された大勢の女子生徒たちが双眸を赤く光らせて、ふたりに睨みを利かせている。


禍々しい妖気が空間を覆い尽くす狐たちの根城である賽の河原。その上空を無数の稲光が走り、地を揺らすような雷鳴が周囲の山並みに谺した瞬間、雷光に照らされた「殺生石」が結子と朋友の視界に飛び込んで来た。


「遂に現れたわね!」


「でかいな! それに、2、4、6、8・・・どんだけいるんだよ、全く!」


結子と朋友の目線は、雨音や女子生徒たちに向けられてはいない。ふたりには九尾狐と牝狐たちの姿がはっきりと見えている。


ふたりが見上げる九尾狐は、「殺生石」と白地で書かれている黒くて太い木造の柱の倍の高さは有にある。



『九尾狐』


身の丈十メートル弱ほどの巨大な牝狐である。体色は灰色の体毛で覆われて全身を覆う灰色の体毛は丸くカールしたようになっており、軟らかくてフカフカしている。巨大狐の周囲も灰色の靄がかかっており、周囲の空間を捩じ曲げるような異様な妖気を纏っている。大きな二つの耳が真上に突き出し、顔には縦に長く伸びた双眸。その中の禍々しい黒目の部分は猛禽のような鋭さが有りながら形は猫目のように縦に割れている。


「お遊びはここまでにしましょう・・・殺れ!」


九尾狐が指示をするとたむろしていた牝狐たちが一斉に結子と朋友に襲いかかって来た。


狐の攻撃を躱して反撃する結子は勾玉ブレスレットをした手で攻撃すると同時に全身から清らかな気を放って牝狐たちの動きを封じ込め、その場で身動きが出来ないようにしてゆく。


朋友は掛け声を上げながら牝狐の群れに飛び込んで御神剣で相手を斬り刻む。前後左右へと素早く動き回る狐たちの動きを冷静に見極める朋友は、無駄のない滑らかな動きと流れるような太刀捌きで応戦する。


牝狐たちの怒濤の攻撃を掻い潜って巨大な魔獣の下へと突き進む結子は、九尾狐から意識を逸らすことなく大狐と対峙する。全身から清らかな気を強烈に放ちながら御神気を九尾狐目掛けて浴びせようとするのであるが、空間を捩じ曲げるような禍々しい九尾狐を取り囲む妖気が迎え撃ち弾き返す。


牝狐たちは朋友に対して円の隊形を組んで素早く旋回しながら距離を詰めてゆく。狐たちを御神剣で斬り刻もうとする朋友に対して胴体を反らし、互いの反発を利用して攻撃を回避するだけではなく、朋友の周囲を穢れた妖気で覆いながら息つく暇もないほど激しく、そして素早い動きで打撃を浴びせ続ける。


一進一退の攻防が続く中、数に勝る牝狐たちの攻撃が結子と朋友の体力を奪ってゆく・・・



結子の自宅前から北へ逃走していた狐の子分たちを追って来た鬼塚、角田、昭心は、結子と朋友が激闘を繰り広げている殺生石の近くに鎮座する神社境内で男子生徒に憑依した狐の子分たちに追いついた。


神社の拝殿内や境内に鎮座する九◯稲荷神社へ逃げ込もうとする狐たちは、結子によって張り巡らされた結界に阻まれて身を隠すことが出来ず、逃げ場を失った。


狐たちは我先にと大狐が君臨する殺生石の前へ逃避しようとするのだが、錫杖を振り翳して身構える昭心と勾玉ストラップを手にした拳を握り締める角田のふたりが退路を防ぐ。


「大狐のところへは、合流させへんぞ!」


「はい、はい、逃げたんじゃつまんねぇーだろ!」


ふたりに面食らい、怯えながら反対方向へ戻ろうとする狐たちの前に仁王立ちした鬼塚が行く手を阻む。鬼塚に睨みを利かされた狐たちは狼狽えながらも奇声を上げながら最後の反撃に出た・・・

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