8-3

 脱獄だつごくさいし、俺たちは情報を集めることから始めることにした。


「情報収集なら妖精界の名諜報員めいちょうほういん、キンバリー様に任せてもらおう!」


 キンバリーが小さな胸を張っている。


「ええ、キンバリーが……?」

「あっ、今オイラをバカにしただろう!?」

「してない。してないけど、ちょっと心配でさ……」


 妖精は透明になれるうえに小さく、どこへでも入り込むことが可能だ。

だけど、俺たちが欲しいのは設計図などの資料である。


「ありがたいけど、キンバリーは字が読めないだろう? それだと必要な書類を見つけるのは難しいんじゃない?」

「バカにするな! 字は読めないけど絵がついていれば何とかなる! バートンが欲しいのは特殊監房の設計図と、フユさんについている魔封錠の資料なんだろう? それっぽいのを見つけて、書き写せばいいんだ」


 キンバリーは自信たっぷりに言っているけど、本当に大丈夫なのだろうか? 

見つかって捕まるようなことがあれば、助け出すのも一苦労だ。

でも、これで断るとまた機嫌が悪くなるんだよな。


「わかったよ、キンバリーの気持ちに甘えさせてもらう。だけど無茶はしちゃだめだよ」

「おう、巨大戦艦に乗ったつもりで待っていてくれたまえ」


 巨大戦艦ねえ……。

泥船じゃないだけマシか。

キンバリーはすぐに調子に乗るけど、頭はいいのだ。


 このように俺たちの計画はスタートした。

他にいい案も浮かばなかったので当面の情報収集はキンバリーに任せることにしている。

その一方で俺がやらなければならないのは資金作りだ。

誰かを買収するにしても亡命するにしても、先立つものは金である。

いくらあっても困るということもないだろう。


 とは言え、看守の仕事をしていても必要な資金は貯まらない。

月給は相変わらず2万1000ギールだったし、囚人に酒やたばこを売っても、せいぜい月に2万ギールの収益にしかならないのだ。

これでは生活費をねん出するのがやっとで、渡航費用や亡命先での滞在費にさえ困ることは間違いない。


「というわけで、マジックスクロールを売ろうと思うのです」


 俺はフユさんに相談した。


「それはいいが、誰に売るのだ? 信用の置けない相手では困るぞ」

「叔父のフォスター男爵を頼ろうと思っています」


 血縁ということもあり、ある程度は信頼できる。

超がつくほどの大金持ちなので、支払いが滞ることもないだろう。


「狼殿の叔父上か……」

「親しい間柄ではございませんが、他に頼れるところもございませんので」

「わかったが、くれぐれも気を付けてくれ」

「きっとうまくいきますよ。三日後に非番なのでさっそく出かけてくる予定です」

「そうか……。では街に出るのだな?」


 フユさんはごくりと唾を飲みこみ、上ずった声で訊いてきた。


「その通りですが、何か御用ですか?」

「か、紙を買ってきてほしい」

「紙ですか。承知しました。どのようなものがいいでしょう?」

「じょ、上質なものを頼む。できるだけ綺麗で……か、か、か」

「か?」

「カワイイものを頼む!」


 俺の好みでいいそうなので、街へ出るついでに文房具屋にもいくことにした。




 本日は出獄者の見送り業務があった。

監獄を出て行く者を見送るだけの仕事なので非常に楽だ。

出獄するのはドノモという二十代後半のコソ泥で、年少の頃から泥棒を繰り返し、娑婆と監獄を行き来するような生活を繰り返していた。

今回は一年半の刑期を勤め上げての出獄だった。


「今度こそ戻ってくるなよ」


 そう声をかけると、ドノモは案外素直な態度で答えた。


「俺も監獄はうんざりだ。もうそろそろ堅気になりますよ」

「それがいい」


 若いドノモにとって、選びさえしなければ真っ当な職はあるはずだ。

ただ、それを見つけるのが大変なことも俺はよく知っている。

無職になった俺が監獄の看守になるのだって、それなりに苦労したのだから。


 ふいにドノモが左右を見回し、スッと身体を寄せてきた。

そしてささやくような声で俺に打ち明け話をしてくる。


「ウルフの旦那には世話になったから教えますがね、旦那が痛めつけたケッチの野郎が殺されたでしょう?」

「ああ……」


 ケッチは二日前に死んだ。

メフィスト先生の診断によると窒息死だったようだ。

どうやらドノモは犯人について心当たりがあるらしい。


「あれをやったのはパルプアを中心とした耳長みみながたちですよ」

「パルプア……エルフの?」

「間違いないです。俺は見たんだ。ケッチの野郎が洗濯室で濡れた紙で顔を抑えられて殺されるのをね」


 ケッチの死因は公表されていない。

どうやらドノモの言っているのは真実のようだ。

エルフという種族は美形が多く、そのためか何人ものエルフがケッチの男色の犠牲になっていた。

犯行の動機は怨恨えんこんか? 

いや、即断はよくないな。


 ケッチ殺しの捜査なんてものは行われていない。

暴動が起こりそうでもない限り、監獄内の勢力争いに看守は口出しをしないというのがアルバン監獄の不文律ふぶんりつだ。

囚人が死んだところで、誰も興味は持たないのである。


「どうしてすぐに教えなかったんだ?」

「耳長どもの恨みを買うのはごめんでしたからね。まあそう怒らないでくださいよ、旦那。こうして話しているんですから」

「証言する気はあるか?」

「勘弁してください、旦那」


 ドノモはげんなりとした表情で手を振る。


「だったらなんで俺にそんな情報を教えたんだ?」

「俺は耳長どもがでかい顔をしているのが気に食わないだけだよ。ウルフの旦那ならあいつらをしめてくれるだろ?」

「特定のグループを贔屓ひいきしたりはしない……」


 打ち明け話を終えたドノモはすっきりとした顔をしていた。

ドノモのいた監房にはエルフも収監しゅうかんされている。

そのせいで目撃した事実を誰にも言えずに息苦しい思いをしていたのだろう。

言いたいことだけ言うとドノモはそそくさと去っていった。


 これで見送り業務はおしまいだ。

俺は鉄の扉に鍵をかけて建物の中に戻ろうとした。

だが、そこでおかしなことに気が付いた。


 ケッチの遺体が発見されたのは食堂へ向かう通路だったはずだ。

それなのにドノモは洗濯室で殺されるのを見たと言った。

どういうことだ? 

慌てて扉を開けて通りを見回したが、すでにドノモの姿はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る