5-7

 火の4刻になったので勇者様にミルクティーを持っていった。

これは一般囚人にはない特別待遇で、三日おきに差し入れられる。

いつもミルクティーというわけではなく、ココアやコーヒーのときもある。

勇者様はあっさりとしたミルクティーがお好きなようだ。

それとははっきり言わないのだが、表情が顔にでている。

雰囲気もほっこりとしてくるので、そばにいる俺も嬉しくなってしまう。

キンバリーもここぞとばかりについてきた。


「フユさんが寂しがってるといけないから、オイラもついていくよ」


 そんなことを言って、退屈しているのはキンバリーの方だろうに。

囚われの勇者と、監獄住まいの妖精か……。

随分と似合いのコンビのように思えた。


 どうせマグカップを回収しなければならないので、勇者様が飲み終わるまで話でもしようと思い、俺は先ほどの事件のあらましを説明した。


「それで、ポーという男の容体はどうなのだ?」

「医官の話では、峠は越えたそうです。本来なら予断を許さない状況らしいのですが、本人はケロッとしていました。治癒魔法の効果が高かったのかもしれませんね」

「恐らくそうだろう。それにしても、どうしてその囚人は命を狙われたのだろうな?」


 それについては何もわかっていなかった。

容体が落ち着いたポーに事情を聞いてみたが、そのような心当たりは一切ないそうだ。

まさか、当たりクジが出ないからと腹を立てて、毒殺まで考える客もいないだろう。


「差し入れを持ってきたのは男らしいのですが、どうやら名前も住所もでたらめだったようで、追跡は難航しそうです」

「犯罪については詳しくないが、こういうのは金銭や痴情のもつれというのが定番と聞いたことがあるな」


 勇者様のおっしゃる通りだ。

たいていの場合はその二つのどれかに当てはまる。

だが、今回は違うようだ。


「ポーにもそこのところを聞いてみたのですが、金の貸し借りはないし、奥さんというのもその……かなり年を取っていて、見目麗みめうるわしいという感じのご婦人ではないようです。浮気をするわけがないそうでして……」


 ポーの言葉を借りれば「オークの体にイノシシの頭を乗っけたような女」となるのだが、そんな下品なことは勇者様の前では言えない。


「ポーというのは本当に一般人か? すねに傷をもつような裏の仕事があるのなら、命を狙われてもおかしくないと思うが」

「どうでしょうか……。とてもそういうタイプには見えませんよ」


 看守になって日は浅いが、毎日大勢の囚人を見ている。

いわゆる暗黒街に身を置く者や、ゴロツキ、泥棒、スリなどの犯罪者には独特の雰囲気があるのが、最近になって分かってきた。

だけど、ポーという親父は誠実そうではないにしても、見るからに堅気の人間だ。

奴らが身に纏う闇のような雰囲気はどこにもなかった。


「ふむ……だとしたら、ポーは何かを見てしまったのかもしれないな」

「見てしまった?」

「たとえば犯罪現場などだ」

「それで犯人が口封じにポーを殺害しようとした? でも、それだったら本人が憶えているでしょう」

「確かにそうなのだが、ひょっとしたら本人は気がついていないということもある」


 犯罪現場を見て気が付かないなんてことがあるのだろうか?


「どういうことですか?」

「さて、具体的にと言われると困ってしまうのだが、ポーにとっては何の変哲もない物。だが、見られた当人にとっては困るもの。そんな感じだと思うのだが……」


 謎かけのような命題を、しばらく二人でうんうんと考えてみたが、結局なにも思いつかなかった。

時間は無情にもあっという間に過ぎ、勇者様は冷めきったミルクティーを飲み干した。


「それでは、また夕食の時に」

「うん……」


 立ち去る前に俺はいつものように勇者様に聞いてみた。


「何かご入り用の物はございますか? 必要な物があれば買ってきますが」

「実は頼みがあるのだ、櫛を新しくしたい……」


 そう言って勇者様が見せてくれた櫛は、歯が何本か欠けていた。

囚人にもいくつかの私物を持つことは許されている。

その代表が櫛とタオルだ。

おそらく勇者様の櫛はアルバン監獄に入った4年前に支給された物だろう。

古く使い込まれた櫛が、この牢獄での時間を物語っているかのようで胸が痛んだ。


「どういった櫛がよろしいでしょうか? 囚人用に監獄が支給する櫛なら1000ギールで、すぐにご用意できますが、もう少し使い勝手のよい物がご所望でしたら、外で購入してきますよ」

「これよりも一回り大きいものがいい。……詳細はウルフ看守に任せる」

「承知しました」


 明日の昼休みにでも街に出て探してみよう。

重大な任務を任された偵察兵のように緊張してきたけど、心のどこかでワクワクするような気持も湧いてきていた。


「オイラは夕飯のときまでここにいるよ」


 キンバリーは勇者様と話しながら午後を過ごすようだ。

少しだけ羨ましかったけど、勇者様も嬉しそうにしていたので、そのまま二人を置いて仕事に戻った。

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