第3話 戦闘ヘリを撃墜する

 海面すれすれを戦闘ヘリが接近してくる。その機体下部に魚雷らしきものを抱えているのが遠目でも見えた。


「目的は何だろう。この艦を沈めるつもりなのかな」

「いや、そうじゃないよ。あんなの一本や二本喰らってもへっちゃらだもの。それに動力ユニットは複数あるから、簡単に航行は止められないし。それに、これだけの艦を沈めるなんて、もったいない事をする筈がない」


 だがコルタの表情には焦りの色が濃い。

「この艦を航行不能にして奪取する方法はひとつだけ。制御システムを破壊することだから」


 それって、とウェルスは息を呑んだ。

「どこにあるんです」


 コルタの口がへの字に曲がった。

「……、ここだよ」

 そう言って足元を指さす。


「だったら早く逃げましょうよ、コルタさん!」

 へへ、と彼女は気弱げに笑った。

「ボクは航海士だからね。艦橋ブリッジを離れられる訳ないじゃないか」

「だけど!」

「あーあ、最後に男性のアレを見てから死にたかったなぁ」

 ちらちら、とウェルスの下半身に目をやる。


「分かりましたよ、あとで見せてあげますから一緒に来てください」

「本当?」

 コルタの表情が蕩けた。


「よお、コルタ。待たせたな」

 コツコツという杖の音と共に大柄な女が艦橋に入ってきた。

「ああ、アリソン隊長。ウェルスさんが、アレを見せてくれる気になりました!」

「なんだと! よかったな、コルタ。念願が叶ったじゃないか」


「あの。本当に、こんな話をしていていいんですか? 緊急事態なんでしょ。それに、この人は誰なんですか」

「陸戦隊長のアリソンさんです。百戦して一度も負傷したことがない、伝説の人です」


 はあ。ウェルスは首を傾げた。

「その割には、包帯だらけのように見えるんですが」


 はっはっは、とアリソン隊長は豪快に笑った。

「心配するな、この足の骨折はお風呂で転んだだけだ。左手は料理中に包丁で切ったものだし、頭は戸棚にぶつけたけれどもな。いいか、わたしは戦えば必ず勝つ女なのだよ!」

 彼女は松葉づえを振り上げた。


 それはそれで心配なんですけど、ウェルスは小声で呟いた。


 ☆


「よーし、コルタ。銃撃はさせるなよ。わたしに全て任せるんだ」

 自信たっぷりにアリソン隊長は松葉づえで艦橋を出ていく。

「おお、そうだ。ウェルス、君も来い。わたしには荷物持ちが必要だからな」


 ウェルスが持たされたものは、大きな金属製の弓と、数本の矢が入った筒だった。

「アリソン隊長、これ、まさか」

 これで戦闘ヘリを撃墜しようというのでは……。


「そうだ。昔から戦闘ヘリには弓矢、と相場が決まっているじゃあないか」

「初めて聞きましたよ、そんな相場情報」


 飛行甲板に出た隊長は弓を持ち、ヘリを待ち構える。

「さあ、来るぞ」


 ☆


 一旦ウェルス達の視界から消えたヘリは、轟音と共に舷側から浮かび上がった。

「うわっ、出た!」

「落ち着け、ウェルス」

 戦闘ヘリはそのまま機体の向きを変える。

 機銃の銃口が彼らに狙いをつけた。


 アリソンは弓を構えた。

「射たないんですか、隊長!」

「そう焦るな。君は早漏なんだな」

 ヘリはホバリングしながら甲板の中央付近、彼らの正面近くまで迫ってくる。強烈な風が吹き付ける。


「この辺りなら良いだろう」

 アリソン隊長はつがえた矢を放った。


 それは一度は風圧で押し戻されかけたが、すぐに先端部分に仕込まれたロケットモーターが点火した。


 緩やかな弧を描きながら、戦闘ヘリのメインローター付け根に突き刺さる。

 小さな火花があがった。けれど。


「ダメじゃないですか!」

「まあ見てろ」


 その言葉通り、ローターの回転が急速に低下し、バランスを崩したヘリは、ついに甲板上に不時着した。


「あそこは電装部品が集中しているのさ」

 アリソンは平然と言った。

 では攻撃をギリギリまで待ったのは……。


「海上に堕ちたら回収するのが大変だろう」


 ヘリの乗員七名は、松葉づえのアリソン隊長ひとりに叩きのめされ、降伏した。


 ☆


「なに、実を言うと、この弓には電子照準装置が付いているのさ。ほら」

 そう言ってウェルスに弓を向ける。

 握りの少し上に赤いランプが点灯しているのが分かった。そのレーザーポインターがウェルスの胸に当てられた。


「これで君の心にロックオン、だ」

「はい?」


「な、何でもないぞ」

 隊長は慌てて、ウェルスに弓を押し付け、捕虜とともに艦橋に戻っていった。


 戦闘ヘリと、捕虜。

 どうやら、居残り組が一番大きな収穫を手に入れたようだ。


「じ、じゃあウェルスさん。例のモノを見せて頂けますか」

 コルタが満面の笑顔で迎える。


 ウェルスは一目散に逃げ出した。

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