征服学園 ハイスクール・コンクエスト~俺の最強パーティが美人生徒会長を駆逐する下克上選挙戦線~

南川 佐久

第1話 廃部決定?ならば、スクールアイドルしよう。


 どうしよう。


 俺は今、絶望の淵に立たされている。


 傾いた西日の眩しい生徒会室。

 その会長席から俺を見定めるような視線を送る、涼しい瞳。


 長い睫毛が頬に影を落とし、形のいい鼻筋を隠すように顔の前でゲ〇ドウ司令官ばりに手を組む。そして、桜色の唇をわずかに開いた。


「聞いているの?下神しもがみ克己かつき君?」


 凛とした声に、ハッと我に返る。俺の返事は――


「すみません。もう一度聞いても?」


「あなたの所属する文化活動研究部は、本年度をもって廃部といたします」


「もう一度聞いても?」


「信じたくない気持ちはわかるわ。けど、これは決定事項なの。これといった功績も活動報告も無く、部員もひとり。こんな部活、今まで存在していたこと自体が奇跡なのよ?」


「イヤです。認めたくありません。廃部だなんて」


「子どもみたいな駄々をこねないで。もう高二でしょ?」


「お前は俺の母さんか?不動」


生徒会室ここでは不動さん、もしくは会長で、と言ったわよね?あと、丁寧語で」


「うるさい。お前も高二のクラスメイトだろ?自分の城だとふんぞり返ってるなんて、今時亭主関白はモテないぞ?」


「それを言うなら内弁慶でしょ?それに、私は女です」


 俺の挑発を意にも介さない不動は、呆れたようなため息を吐くと、一枚の紙面を取り出した。俺はひったくるようにそれを受け取る。


「前期活動報告書。せめてそれらしいことを書いて、有終の美を飾ることね?」


「……後期は?」


「あって無いようなものでしょう?死にかけの部活の報告書なんて」


「…………」


 相変わらずの、涼しい瞳。

 俺はクーデレ系女子もイケる口だが、この涼しさからは心地よさなんて微塵も感じない。これはただの、冷たい瞳だ。


(まったく……綺麗なだけのお人形かよ?勿体ないやつ)


 生徒会長、不動ふどう明理あかり

 その美しさと志の高さから、高一にして生徒会選挙を勝ち抜き、ここに座る、この学園の絶対君主だ。

 そして、今、俺を苦しめている張本人である。


「さ。私からは以上よ。執務が残っているので、早々に去ってもらえる?」


「…………」


 その台詞に、鋭い視線で返事する。


「この報告書に書けるような内容の活動があればいいんだな?」


「『立派な』活動ね?ただの活動じゃダメよ?」


「わかった……」


 俺は踵を返すと、生徒会室のドアを乱暴に締めた。

 決意を胸に、余命幾ばくも無い部室に向かう。



 これはもう、スクールアイドルするしかねぇ……!



      ◇


 俺の所属する文化活動研究部は、今年の春に卒業した先輩とふたりでしていた、『秘密の放課後クラブ』のようなものだ。とはいっても、決してアダルトな活動をしていたわけではない。


 文化活動研究部の主な活動は、アニメ鑑賞及び読書だ。ただの趣味といっても過言ではないだろう。



 高一の春。放課後に空き教室でスマホを眺めていた俺に、先輩は声をかけてくれた。


『よかったら、私の部活に入らない?部員が足りなくて、困ってるの』


 俺の家は親がアンチアニメな漫画げんさく至上主義者で、三度の飯よりアニメが好きなのに、自宅でアニメが鑑賞できない俺にとって、文化活動研究部は唯一の憩いの場だった。


 それに、先輩が優しくて可愛かったというのも大きい。

 先輩は人目を引くような派手な人間ではなかったが、穏やかな雰囲気と、本を読むときの楽しそうな顔が俺はとっても好きだった。


 ぶっちゃけ、高一にして初めての春か?と思えるくらいに俺は先輩に惹かれていた。けど、一年という月日はあっという間に過ぎ去り、チキンな俺はその想いに踏ん切りをつけることができないまま、向こうから関係が発展するということもなく、先輩は卒業していった。



 そんな俺にとって、この部室は苦くて甘い思い出が沢山詰まった思い出の場所だった。


「今年で終わりとか……嘘だろ……」


 俺はひとりきり、先輩が部室に残していったPCを開く。


「そんなことには、させねぇ……!」


 廃部の危機。必要なメジャー活動の報告。となれば、やることはひとつ。



 スクールアイドルだ。



 幸い俺は生粋のオタクで、プロデューサーとして腕ならランカー、もといピカイチだった。今まで数多のアイドル、英霊、団員、艦隊を率いてきた実力は伊達ではない。


「そうと決まれば、まずはアイドル集めだな……」


 俺はオタクだが、コミュ力のある方なオタクだった。


 人に話しかけるのは苦ではないが、女子に好意を向けられることは無い。いわゆる、『下神君って、おもしろいよね?』的な三枚目枠。

 モテたことも彼女ができたことも一度だって無いが、女子に話しかけるくらいならできる。


「ねぇ、スクールアイドルって興味ない?」

「え~?」


「一緒に楽しいことしないか?」

「えっ……下神君、新手のナンパ?」

「むしろ古風?」

 くすくす。


「スクールアイドルって言って、可愛い衣装が着れる楽しい部活があるんだが……」

「アイドルって……(笑)私、そこまで自惚れてないし」


「なぁ、制香せいか。俺と一緒にスクールアイドルに――」

「聞いたわよ?校内をナンパしまくってるんですって?」


 ジト目で睨む、幼馴染。

 俺は顔の正面でぱんっ!と手を合わせて頭を下げた。


「頼む!お前が最後の砦なんだ!十六年の付き合い、ここでサヨナラだなんて言わないよな!?」


「…………」


「なぁ!?」


 制香は短くため息を吐くと、身体の正面で腕を組む。組んだ拍子に肩からこげ茶の髪がさらりと零れて、わずかにいい匂いが漂う。

 そして、ここ数年で見違えるような大きさになった胸を寄せて(というか、重いのを腕で支えてるといった感じに持ち上げて)ひと際大きなため息を吐いた。


「はぁ……克己。あんたがここまでバカだったとは……」


「な、なんだよ……お前までスクールアイドルをディスるのか?」


「そうじゃないけど、廃部を免れる為にまともな活動をしようとして、それでどうしてスクールアイドルなのよ?」


「だって、鉄板おやくそくだから」


「何のお約束?」


「起死回生の部活動の」


「……ごめん。わかんない」


「そんなこと言うなよ!絶対うまくいくって!俺Pを信じろ!」


 ドン、と胸を叩くと制香は再びジト目を向ける。


「それに、私にはアイドルなんて無理よ……」


「そんなことない!制香は素材が良いんだから、磨けば必ず輝く!幼馴染の俺が保証する!」


「ちょ……何それ……////」


 そうそう。その赤面した表情とか、ツンデレっぽくて可愛いぞ。イケるイケる。なんなら、今日のオカズに写真を一枚――


 おや……? せいか の ようす が……?


 照れるあまりに震えだした。

 進化キャンセルBボタンを押そう。俺は今の制香がいいと思う。

 爽やかラクロススポーティで。チェックのスコートとか、ほんのりむちっとした太腿が際立っててイイよな。もう十分アイドルできてると思う。

 けど、今日はもう少し弄っても大丈夫かな?


「よし、俺に任せろ。具体的にはまずスカートの丈をあと3センチ短くして、胸元のボタンを第二まで開ける――」


 パシンッ!


「あだっ!」


「どどど!どこ触ろうとしてるの!?克己えっち!」


 お。制香のやつ、こないだ貸したジョジ〇呼んでくれたのか?今日はノリがいいな。


「だから、第二ボタンを――」

(開けて差し上げようと……)


 ズバンッ!


「へぶっ!」


「どこ見てるのよ!?さっきから!?」


「まだ何もしてないって!?それに冗談だよ、冗談!いくら仲が良くても、嫌がる子をほんとに触るわけないだろう!?」


 負けじと声を張ると、制香は俯きがちに黙る。


「仲良しって……子どもじゃないんだから……」


「はぁ~痛ぇ……ラクロス部の平手やべ~」


「ご、ごめん。つい……」


 制香はいそいそとハンカチを取り出すと保冷剤を巻いて手渡してきた。俺も大人しく受け取って頬を冷やす。


「ん……」


「サンキュ。保冷剤なんて用意いいな?平手を未来視したのか?さてはお前、最強キャスターさんだな?俺がマスターになってやろうか?」


「な、何ソレ?オタク特有の早口やめて。飲み物冷やすのに持ってただけよ。もうそろそろ夏だもん」


「そっか、もう六月だもんな……」


「来月は、夏休みね?」


「…………」


 俺の中に、先輩と過ごした夏の部活の思い出がよぎる。


「おっと!こんなことしてる場合じゃなかった!俺次いくわ!制香も、スクールアイドルする気になったら声かけてくれよな!お前をセンターにしてやる!」


「ちょ、ちょっと!克己!」


 幼馴染の制止を無視して、俺は校内を駆け回った。

 知り合いのクラスメイトはもちろん、校庭で部活に精を出す女子にも、ノリのよさそうな子を選んで声をかける。ノリが悪そうな子はダメだ。怖がらせちまうからな。


 そして、二時間後――


「なんでだ……」


 俺Pの元には、誰一人としてアイドルは集まらなかった。


「俺がいったい、何をしたっていうんだ……」


 強いて言うなら、『何もしないをしていた』。先輩が卒業してからの数か月。部室に籠って先輩がいない悲しみから逃れるようにアニメに浸り続けた。


「ああ、赤いTシャツのサンダース!俺に慈悲を!救いを……!」


 天を仰ぐように顔を上げると、くすくすと聞こえる笑い声。


 この声は、さっきも聞いた……!


「不動……!」


 校庭から見上げると、生徒会室の窓から頬杖をついて肩を上下させる不敵な笑みが見える。その眼差し、その表情。どこをとっても鮮やかな『嘲笑』だ。


「くそ……!笑いに来たのか!」


「あなたが大声で叫ぶから、様子を見に来たのよ?下神君?」


 くすくす。


 下から見上げても顔が見える、つるぺたな胸のまな板。

 俺は一矢報いようと指摘する。


「あーあー。俺を見下すそのご尊顔が眺められて幸せですわ。これが制香だったら胸が邪魔でお顔が見えなかったのになぁ~?」


「――っ!!あなた!その発言はセクハラよ!?私と、上木うえきさんへの!」


「言っておくが、制香はこれくらいじゃあお前みたいに真っ赤にならない。俺は幼馴染で、小さい頃は一緒にお風呂に入った仲だからなぁ!」


 ちなみに、今『一緒に入ろう』なんて言ったらラクロスのラケットでしこたま殴られるだろうが、不動を揺さぶる為には言わないでおくのが正解だ。


 俺は畳みかけるようにぺちゃぱいネタで攻める。


「それともアレか?お前がそんなに真っ赤になるのは、恥ずかしいんじゃなくて、怒ってるのか?胸の大きさを指摘されて?お胸同様に心の器も慎ましやかなんですね?ふふっ。お可愛いこと?」


「――っ!!あなたを!生徒へのセクハラで次の報告会の議題に挙げるわよ!?」


「出たよ!気に食わないことがあればチクりチクりって……!権力振りかざして好き放題だな!?生徒会長様は女王様ってか!?」


 ほんと、好き勝手やりやがって。これだから生徒会長は……


(ん……?待てよ?)


 俺はここで世紀の大発明。その発想に、アインシュタインばりに舌をぺろりと出す。だが、これは可愛い『てへぺろ』なんかじゃない。

 獲物を前にした、舌なめずりだ。


「不動。お前、秋の生徒会選挙、出るんだろ?」


「――?ええ。三年も会長を務めるつもりだけど、それが……――っ!!」


 俺の顔を見て察したのか、不動は絶句する。


 俺は天高く右手を掲げ、不動を指差した。


「不動!美人だからって何やっても許されると思うなよ!?今に見てろ……!」


「……っ!」


「俺が!必ず!その涼しげな美形に、吠え面かかせてやるからな!」


 校庭に響き渡るような大きさで、俺は宣戦布告する。


「不動!次の生徒会選挙、俺がお前を引きずりおろす!生徒会長の座からな!」

「……っ!」


「そうしたら、廃部の件は俺の権限でうやむやにする。慎ましやかに暮らす部活一個に目くじらを立てるような、意地悪な生徒会なんか糞くらえだ!生徒会メンバーも総入れ替えしてやるからな!」


「なんですって!?」


「俺の見立てた陣営が、お前の生徒会を駆逐する!会長、副会長、会計、書記。全てのポストに対立候補があがるのを覚悟しておくんだな!掲示板は大きめのを確保しておけよ!」


 今に見てろ? 

 さぁ、楽しい生徒会選挙のはじまりだ……!

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