第23話 祝福の子

業田ごうださん、ひとつ教えて欲しいことがあるんだ」


 ウルスラグナに倣ってその場に正座した孝太が姿勢を正して業田に問いかけた。


「さっき異世界語イースラーで自己紹介したとき、ウルスの名前に敬称を付けましたよね」

「ほう、君は異世界語イースラーが解るのか」

「ええ、以前にウルスから、加護だか祝福だかで……」


 二人の会話に絵久亜えくあがむくれ顔で口を挟む。


「コータくんってあの言葉が解るんだ、いいなぁ。業田ったらアタシがいくらお願いしても教えてくれないし」

「ほらほら絵久亜ちゃん、大人の会話に割り込まないの。それに業田ちゃんがこっちの人じゃないことは内緒なんだから日本語を使うのが当然でしょ」


 恭平にたしなめられる絵久亜を横目に業田は話を続けた。


「それはウルスラグナ様が水の国マーヤイムタリアを治める王の娘だからだ。国は違えども王の一族、私はそれに敬意を払ったのだ」


 王の娘ということはお姫様じゃないか。確かに物怖じしない性格や態度、それに言葉遣いから薄々感じてはいたがやはり彼女はそれなりに高貴な出自だったのだ。

 それならば孝太の部屋でのいつものあの開けっ広げな態度はなんなんだ。ちょっとでも油断すると全裸になっているあの態度は。


「業田さん、その……向こうの世界の王族ってか高貴な連中ってのは普段はどんな生活をしてるんですか?」

「水の民、風の民それに光の民はみなこちらで言うところのエルフという種族に近い風貌なのだが、彼らの日常は奔放だ」

「奔放ってのは……まさか、いつも裸で過ごしてるとか……」

「うむ、まあ、当たらずともと言ったところか。もちろんすべての民がそうというわけではない、主に王族や為政者にその傾向がある。それは彼らなりのストレスを発散する手段なのかも知れんがな。もちろん人前ではそんな素振りは見せないが」


 その話に孝太がうんうんと頷いて納得すると、その顔を見た業田は彼の心を見透かしたようににやりとほくそ笑んだ。


「なるほど、そういうことか。キバヤン君と言ったか、それは彼女が君に心を許しているということだ」

「オレに? 心を?」

「そうだ。家族同様にな」


 すると絵久亜がすかさず興味津々な顔で身を乗り出してきた。


「ちょっとちょっとコータくん、まさかもうウルっちに手をつけちゃった?」

「んなわけねぇだろ! まずは食う寝る処に住む処、それに働かざる者食うべからず、そんな余裕なんてねぇよ」

「な――んだ、それってまるで保護者っしょ。でもいつかそのうちにぃ?」

「な、なに言ってんだ、年上をからかうんじゃねぇ。それにウルスはお姫様じゃねぇか。世が世ならってヤツだろ。ますますそんな気になんて……」

「ほ――ら、やっぱそんな気になったこともあったっしょ」

「ほらほら絵久亜ちゃん、業田ちゃんの話を聞きなさい、って」


 またもや諫められる絵久亜だったが、その顔はやけに楽しげだった。三人の会話が一段落すると業田はなおも淡々と語り続けた。


「それでは続けよう。君たちが異世界と呼んでいる私たちの世界では、王に選ばれた者のみに他国への留学が命じられる。それぞれの国から一名ずつが選ばれ、適齢に達したならば相互に交換留学させるのだ。それは教育の一環であるが、真の目的は紛争の抑止力、いわゆる国単位での人質のようなものなのだ」

「なるほど、わかったぞ。ウルスは留学するつもりが事故か何かでここに飛ばされてきたってことか」


 業田は孝太の言葉に頷くと、静かに目を閉じて自分の過去を回想するかのように話を続けた。


「留学、その行先は神に委ねられる。それを知るのは啓示を受けた最上位の神官のみだ。そして二つの月が重なる特別の日に神殿にて出立しゅったつの儀が行なわれる」


 二つの月が重なる日、それは孝太もウルスラグナから聞いた言葉だった。確か市場が出る祭りみたいな日だったか。

 一方、幼い頃から業田と過ごしてきた絵久亜もこんな話は初めてのようで、さっきまでとはうって変わって静かに聞き入っていた。


「それは神にとって特別な日、まつりごとの重要な決定もその日に行われる。もちろん出立の儀もその一つだ。私も国とゴ・ダール家を担う者として国王からの任を受けて留学するはずだった」

「それで業田さん、あなたもウルスと同じように間違いだかトラブルだかでこっちに来ちまったってことか」

「神官の力も一様ではない。だから彼らが行なう儀にも事故は起きうるのだ。以前から出立の儀で行方知れずになる者は少なからずいたのだ。そして私も目覚めたときにはこの日本なる国に居た」


 業田は閉じていた目を開いて大きくひと呼吸すると、今度はウルスラグナのことを話し始めた。


「それは私が間もなく出立しゅったつを控えたある日のことだった。水の国マーヤイムタリアで三人の王子に続いて四人目の子が生まれたという話が伝わってきた。それは王女念願の女の子だった」


 自分の出生の話にウルスラグナも思わず声を上げる。


「それがこの私というわけか」

「そうだ。水の民マーヤズルは金髪碧眼で磁器のように白い肌、理性的で争いは好まず知的水準も高い。豊富な水資源の恩恵もある平和で文化的な国だ。しかし稀に君のような子が生まれることがある。彼らはそのような子を神に祝福された子、祝福の子と呼ぶのだ。祝福の子は水の民とは真逆、白髪に褐色の肌、しかしそのパワーもスピードも、それだけじゃない、知能も何もかもすべてが高い水準にあるのだ」

「そっか、ウルっちがめっちゃ速いのってウルっちだからなんだ」

「そうだ、あれは祝福の子だからこそだ」

「ってことは、もしウルス以外の異世界人がいたとしても、こいつほどのパワーもスピードもねぇってことなのか?」


 業田は大きく頷いて続けた。


「我々石の民カーヌズルは金属の加工に長けているが、恵まれた体躯を生かして傭兵も生業なりわいとしている。だから剣術も体術も高い水準にある。それでも祝福の子に比べたらせいぜい七割か八割がいいところなのだ」

「でもなんでその祝福の子ってのが生まれて来るんだ? 先祖返りみたいなもんなのか?」

「そうよねぇ、なんか不思議な話よねぇ」

「うんうん、アタシも気になる」


 孝太の問いに恭平と絵久亜も疑問を投げかける。しかしそれに答えたのは業田ではなくウルスラグナ本人だった。


「私も父と母から祝福の話は聞いていた。遥か太古に天変地異と戦乱から国を救った誇り高き勇者、それが私と同じこの姿だった。勇者はその血を残すことで未来永劫私の国ミーマリムタリアを見守るべくおさの娘と契りを結んだ。そしてそれからは国を揺るがすほどの大きな転換期が訪れるとき、勇者の意志を継いだ祝福の子が生まれ出づるのだと」

「ただし……」


 ウルスラグナの話を業田が引き継ぐ。


「これまでに現れた祝福の子はみな男児だった。しかしウルスラグナ様はそうではない。祝福の娘などという話はこれまでの伝承にはなかったことなのだ。そしてここからが重要なことなのだが、祝福の子が生まれることがすなわち変異と混沌の前兆であると考えられるのだ」


 じっと目を閉じて業田の話に耳を傾けるウルスラグナに向かって孝太が声を上げる。


「それじゃまるでウルスは宿命を背負って生まれてきたようなもんじゃねぇか」

「……」


 孝太のその一言にウルスラグナも業田もすっかり黙り込んでしまった。



 静まり返った空気を変えようと長い沈黙を破ったのは孝太だった。


「ところで業田さんはいつから日本に来てるんですか?」


 業田が口を開こうとしたそのとき、道場に野太い声が響いた。


「その質問にはこの俺が答えよう」


 その場の全員が一斉に声の方に目を向けた。道場の入口、不敵な笑みを浮かべてそこに立っていたのは東新宿署の鬼鉄こと相庵あいあん警部だった。その姿を見た業田は再び姿勢を正すとその場で警部に深々と頭を下げた。


「連中の世界とこっちとじゃ時間の流れが違うんだ。業田の話だと向こうの一年はこっちの七年くらいらしい。俺は面倒だから十年で考えてるけどな」

「と言うことは業田さんがこっちに来る少し前にウルスが生まれてるわけで……おい、ウルス、おまえって何歳なんだ?」

私の国ミーマリムタリアでは十八回目の祝福を受けた年に出立しゅったつの儀を迎える」

「十八歳か、ってことは……百二十六年前……め、明治時代じゃねぇか。ウルス、おまえって明治生まれなのか」

「コータが何に驚いているのかはわからんが、私は一八回の祝福を受けている」

「ってことは業田さんがこっちにきたのも明治時代……なんか頭がクラクラしてきたぜ」


 横で話を聞いていた絵久亜もますます身を乗り出して会話に加わる。


「そう言えばずっと不思議だったんだ。だって業田はいつまで経っても業田だし、昔っから全然変わらないし。でも今の話でちょっと納得ぅ」


 そして相庵警部はその場に胡坐をかくと孝太とウルスラグナを前にして事の顛末を話し出した。


「実はここのところ妙な事件が続いてる。詳しいことは話せないが署でも困ってたんだ。そこにウルトラちゃんのあの大立ち回りだろ、あれを見たときにひらめいたんだ、こりゃ使えるぞ、ってな」


 警部は業田を垣間見ながら話を続けた。


「これまではそこの業田に協力してもらってたんだが、なにぶんあのと風貌だろ、目立つんだわ、これが。そこにウルトラちゃんと便利屋のコンビだ。ところがウルトラちゃん、強いことは強いんだがどっか危なっかしくてな。そこでまずはお手並み拝見ってことでそこの三人に協力してもらったってわけさ」

「そ、それじゃ今日のことは全部……」

「絵を描いたのはそこの恭平だ。まさかあんな大掛かりなことをするとは思いもしなかったがな」


 恭平は細い目をより一層細めた満面の笑みを孝太に向けた。


「結果的にキバヤンを騙したみたいになっちゃったのは申し訳なかったわ。ほんとにごめんね」

「いえ、事情はわかりました。でもほんとにウルスで大丈夫なのか?」

「コータ、その言い草は聞き捨てならんぞ」

「大丈夫よ、キバヤンとエルフちゃんってきっと最強コンビになると思うわ」


 そんなやり取りを満足げな顔で見ていた相庵警部だったが、おもむろに立ち上がると目の前の全員に向かって一礼する。


「とにかくこれからいろいろと協力してもらうことになる。恭平、業田それにそこの迷コンビ、今後もよろしくな」


 そう言って相庵警部は片手でバイバイの仕草をしながら道場を後にした。

 その背中を見送る五人。警部の姿がすっかり見えなくなったとき、恭平が皆に労いの言葉をかけた。


「今日はほんとにありがとう。エルフちゃんもキバヤンもこれから大変かも知れないけどしっかりね」

「恭平ママ、やっぱこの話って既定路線だったんだな、それもオレたちが知らねぇところで」

「悪く思わないでね。でもね、業田ちゃんもエルフちゃんもこっちにいる限りは官憲を味方に付けておくのがいいのよ。これも処世術のひとつよね」


 警部や恭平の話を聞いたウルスラグナの目は期待に満ちた目で応えた。


「承知した。私は私の国ミーマリムタリアでは士官学校で学んでいたのだ。衛兵への協力は願ってもないことだ。こちらこそよろしくお願いする」

「なんだかわかんねぇけど、ここまで来たらしょうがねぇ、オレも協力するよ」


 ようやっと話がまとまった。それを待ち構えていた絵久亜が「パンッ」と手を叩いて解散を宣言する。


「それじゃみんな、今日はお疲れっした。ウルっちはしっかり休んで、回復したらここに顔を出してね。稽古つけてあげっから」

「それじゃ解散ね、お疲れ様でした」


 恭平の一言で皆が立ち上がる。ところがそのとき、ウルスラグナだけが腰が砕けたようにその場に尻もちをついた。


「ウルスどうした、まだどこか痛むのか?」


 しかし孝太の心配をよそに何かを察した絵久亜がウルスラグナの足元にしゃがみこむと、そのつま先を突き始めた。


「ヒャッ、ヒャヒャッ、や、やめろ、やめるのだ」


 身体からだをよじって悶えるウルスラグナ。そう、初めての正座、それもかなりの時間そうしていたことで彼女の足はすっかり痺れてしまっていたのだった。


「よ、よせ、やめろ、ヒャッ、ヒャヒャッ」


 カタブツに見えるウルスラグナが身悶える姿が面白いのか絵久亜はつま先から足の裏までをくすぐりまくった。


 そうかウルスのヤツ、あんな笑い方もするんだな。

 じゃれ合う二人をホッとした顔で見る孝太。恭平も業田もやさしい笑みでそれを見守る。こうしてこの日、ウルスラグナには新たな使命とともにこの世界で初めての師と友、それに仲間ができたのだった。

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