第23話 一緒にやりたい!

「待って、美和。引っ越しってどういうこと?」

 首を傾げて美和に尋ねれば、彼女はトートバッグから何か取り出す。

 スケッチブックや封筒のようだ。

 ちゃぶ台へとどんどん中身を広げていく。


「これを見て」

 美和は地図を指さして言う。


 地図はこの周辺地域の地図らしく、周辺の村なども描かれていた。


「建物は気に入ったんだけれども、飲食店をやるには交通アクセスがどうしても引っかかっていたの。主線道路からも離れているし、バスも電車もない。源さんに聞いたんだけれども、冬は雪の量も多いみたいで、よりアクセスが悪くなってしまう」

「ここ、豪雪地だから多いんですよね。それもあって年配の人は山を下りるんです」

「そうなんだよね。雪多くて大変だから」

 源さんと朔ちゃんがしみじみ言う。


「私ね、色々な人に来て欲しいの。老若男女だけではなく、外国の人とかにも。残念だけれども、私ではここにお客さんを呼ぶアイデアがない」

「交通アクセスって大事ですからねぇ。バスなんてとっくに廃線なってしまいましたし。今は地域バスのみですよ」

 人口が現象すれば様々なものが無くなっていく。

 交通機関、金融機関、学校などの公共施設、病院など……それらを維持していけないからだ。

 一つ減れば、人がまた流出するので悪循環。

 過疎化の課題なのかもしれない。


「みんなが気軽に訪れやすいお店にしたいの。ゆっくりくつろげて癒され、笑顔になる店を目指したい」

「笑顔になれるお店……」

 朔ちゃんが呟く。


「子連れのお母さん達が気軽にお茶をしに立ち寄ってくれたり、散歩の途中のお年寄りが来てくれたり……私が求めるお店のコンセプトには、この土地柄的にちょっとミスマッチかなって」

 やりたい方向に舵を切れないのならば、無理してここでカフェを開く意味はないと思う。

 美和に朔ちゃんの話をした時、美和が負担を背負ってまでカフェを開くのを危惧していたので、美和にもちゃんとその件は伝えていた。

 それを含めて考えて、彼女が出した答えなのだろう。


「それでね、どうしようかなぁって悩んだの。私も朔ちゃんもここの建物は気に入っている。でも、私は土地柄的にお店は開けない。じゃあ、どうしようかって。そしたら、古民家を移築できるって友人に教えて貰ったの。すぐに源さんに建物だけ譲って貰えるか相談したんだ」

「私はその話を佐藤さんに伺って、友人や知人をあたってみたんです。そしたら、移築を行なえる人を紹介して貰えて……知人の紹介なので費用も少し安く見積もってくれるようになったんです」

「売主さんの許可は貰ったので、後は朔ちゃん次第なの」

 美和はそう言うと、テーブルの上に置いた封筒から書類を取り出す。


「一応、これが古民家カフェの完成図」

 広々とした敷地内にはハーブ類が植えられた庭があり、その傍には古民家カフェが建っている。

 柱などの建物の基礎はこの家のままだけれども、屋根は張替えられ、壁も塗り替えられていた。

 外の照明などは現代風のものを使われていたりして、全体的に明るい印象を受ける建物だ。


「こっちが間取り図」

 美和は追加の書類をテーブルへと広げていく。


「あれ? ここって……」

 私は気になった部屋があったので、指をさして尋ねる。

 だって、そこには子供部屋って書いてあったから。


「気づいた?」

 美和はいたずらっ子のような笑みを浮かべると、「朔ちゃんの部屋だよ」と告げる。

 聞いた朔ちゃんは、目を極限まで見開くと美和を凝視した。


「一応、部屋の外装はこんな風にしたいなぁって」

 美和はスケッチブックを広げれば、優しげな色彩で描かれた室内のイラストが。

 和箪笥などの家具が設置されているけど、クマのヌイグルミなどが飾られ女の子の部屋って感じがする。


「これはまだ仮で決定ではないの。朔ちゃんが古民家の移築と改装を許可して一緒に引っ越してくれるのならって条件付き。どうかな? 家はカフェ兼住居に改装するし、この土地から引っ越しもしちゃうけど……ねぇ、朔ちゃん。一緒に新天地に引っ越して古民家カフェやらない?」

「一緒に……」

 朔ちゃんはただテーブルに広げられている古民家カフェの書類を見ていた。

 一つ一つじっくりと確認している。


 朔ちゃんはどんな返事をするのだろうか。

 拒絶か同意か。


 やがて朔ちゃんは書類から視線を外すと、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締め、大きく深呼吸をする。

 そして、美和の方へと体を向けた。


「美和。朔ちゃんが美和の方を見ているよ」

 私の言葉を聞き、美和が緊張を前面に押し出した表情を浮かべる。


「あのね……私に出来ることって何もないと思っていたの。でもお姉ちゃんが一緒にやろうって誘ってくれた時嬉しかった」

 朔ちゃんは出会って一番の声を上げたので、私はちょっと驚く。

 それに彼女の瞳は美和が夢を語っている時と同じようにキラキラしていたから。


「朔ちゃん、いいの? 引っ越しと建物の改装の件も了承してくれる?」

 私が朔ちゃんに訊ねれば、朔ちゃんは眉を下げてしまう。


「私ね、この家にこだわっていたんじゃなくて、この家の思い出にこだわっていたの。遠い昔、この家に住んでいた家族で一人だけ私の事が視える人がいたんだ。私はあの子と一緒にいた時の事を忘れたくなかった。この家が無くなってしまえば、私と彼女の思い出がなくなってしまうって」

「それは……」

「うん。わかっているよ。場所が変わっても思い出はずっと私の心にあるって。決心がつかなかったの」

「朔ちゃん……」

「でも、美和お姉ちゃんの話をお店の話を聞いてから少し変わったの。新しい思い出をこれから作れば良いって。私の事を視える人はいないかもしれないけど、一緒に楽しい空間は共有できるから」

「本当にいいの? 即答しなくても考える時間は貰えると思うよ」

「平気。私も一緒にやりたい。それに、一人ぼっちはもう嫌だから……私もみんなを笑顔にしたいの」

 両手を握り締めて朔ちゃんは私を真っ直ぐ見た。

 それが揺らぎない瞳だったため、私は大きく頷く。


「わかった。美和に伝えるわ」

 美和の方を見れば、美和は朔ちゃんの返事を待っているため、そわそわしている。


「さ、朔ちゃんどうかな……?」

「大丈夫だって。一緒にやりたいって言っているよ」

「本当!? よかった」

 ほっと安堵の息を零しながら、美和は体の強張りを弱めていく。


 一応、古民家の件はこれで完結かな。

 私は美和と朔ちゃんの笑顔を見ながら、良い方向に向かっているので良かったなぁと思った。





 古民家の件は良い方向に話が進み無事完結。

 というわけで、出社した私はさっそく賽奈先生へと報告をしていた。

 勿論、電話では報告は済ませてある。


「……ということになりました。源さんの古民家は移築の方向で進んでいます」

 賽奈先生と杏先生は事務所内に個室があり、先生達はそれぞれの部屋で仕事をしている。

 私が今いるのは、賽奈先生がいつもお仕事をしている部屋だ。


 先生は重厚なテーブルの上に山ほど書類を積み仕事をしていたが、私が来るとパソコンのキーボードから手を離して瞳を閉じ一字一句聞いている。

 先生の背後にはやたら難しそうなタイトルのぶ厚い本が壁一面の本棚に収納されていた。


「紬ちゃん、報告ありがとう」

 先生は瞳を開けると言う。


「良かったわ。ちゃんとあの子が納得してくれたのが何よりね。紬ちゃんのお友達も色々な決断をしなければならなかったと思うけれども、よく決心してくれたわ」

「はい。でも、美和は座敷童の話を聞いてから前向きに考えていたそうです。なんか、イギリスって妖精とかそういう文化が根付いているみたいで受け入れるのはすんなりとだったと言っていました」

「確かにイギリスはミステリーツアーなんてあるものね」

「へー。そういうのがあるんですね。あっ、そうそう! 登記関係はうちに依頼してくれるそうです」

「まぁ! 嬉しいわね。紬ちゃんの妖怪や幽霊話はお仕事に結びつくから、間接的に補助者の仕事になっているわ」

 賽奈先生が満面の笑顔を浮かべているが違うと思う。

 間接的でも補助者の仕事ではない。絶対に。


「先生も視えるんですから、次回から引き受けて下さい」

「仕事に支障が出来るから駄目よ。見て、この書類の束。午後からは後見人の案件で面談があるからスケジュールぎっしり。だから、あやかし関係は紬ちゃんに任せるわ。がんばって! 周り回ってお仕事に繋がるし」

「どうしてお客様はうちに怪現象系を持ってくるんでしょうか? 寺か神社でお祓いして貰った方が確実だと思うんですけど」

「口コミじゃないかしら? ほら、事務所の仕事もお客様からの紹介も多いし」

 確かに先生の言う通りだ。


 広告などはうちは一切出していないので、お客様は以前親族がお世話になったという人や知人に紹介された等のお客様がほとんどだ。

 あとは顧問になっている会社や金融機関かな。


 たまに司法書士会からの紹介のお客様もいるけど。


「では、先生。私は仕事に戻りますね」

「ごくろうさま」

 私は軽く会釈をして身を翻せば、「あっ、待って! 紬ちゃん」と先生が制止する。

 弾かれたように振り返れば、先生が二つの封筒を持って立ち上がっていた。

 角二サイズよりも大きな封筒と洋風封筒だ。


「私が行ってこようと思っていたけど、これお願いしても良いかしら? 書類を賽葉の所に持って行って欲しいの。賽葉が破産管財人になっている方の登記が完成したから」

「はい。早速持って行きますね」

 渡された大きな封筒を受け取れば、「それからこっちも」ともう一つの封筒を渡される。

 封筒には封蝋がされていたので珍しいなぁと頭に過ぎった。

 こんな封筒貰った事がないため、私はなんだろう? と首を傾げてしまう。

 明らかに仕事用ではない。


「この間、お隣さんから優待券を頂いたの。新しく狐町の駅前に出来た和食店のものよ。良かったら紬ちゃんどうぞ」

「えっ、私が頂いても良いんですか?」

「勿論よ。だから、渡しているの。ペアだから是非誰かを誘って行って来てね」

「ありがとうございます」

 私はお礼を言いながら受け取った。


「妹と行ってきます」

「待って」

 賽奈先生は、がしっと封筒を持っている私の手首を掴む。


「妹さんって大学生よね? お店はちょっと大人な雰囲気だから……」

「あー……でしたら、ちょっと妹は無理ですね。テンション高いので。なら、黒ちゃんと……」

「紬ちゃん。神見君と行って来たらどうかしら? ほら、お守り新しく作って貰ったし」

「陽ですか? 最近かなり忙しそうで声掛けづらいんですよね」

「神見ですものねぇ。お祓い多そうだわ。有効期限は一年だから時間あるの。タイミングみて声をかけてみたら?」

「そうですね。では、陽を誘ってみます」

「そうよ、それが良いわ!」

 先生がにっこりと微笑んだ。






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