エピローグ

第30話 やはり僕の人生はまちがっていた。

 あれからもう十年が経とうとしています。


 わたしはいまだ意識的にも無意識的にも反省というものができないのです。


 自分のやったことが罪だと思うか? と訊かれれば、そんなことはないと控えめながらも頑強に主張します。ええ、これだけは曲げるつもりはありません。


 自分のやったことに罪の意識を覚えるか? と訊かれれば、それもまったくと云っていいほどないのだと居直るしかありません。


 自分が受けた罰は不当か? と訊かれれば首を振ります。法と倫理を混同するほど愚かではないつもりです。わたしのやったことは社会的には悪なのでしょう。ただ、良心を社会に対する責任感と解釈するなら、わたしには無縁の代物です。



 わたしの人生は間違っていた――その前提でこの手記をつづってきました。その間違い、ズレはどこにあったのかと問いかけながら文字を打ち込みました。


「ズレ」は確かにありました。対人能力の「ズレ」、倫理観の「ズレ」、思考体系の「ズレ」。なるほど、社会的な意味においては、わたしはいつも間違っていました。しかし、倫理的な意味において間違っていたのは本当にわたしの側でしょうか。社会はいつも正しかったでしょうか。わたしには疑問に思えます。


 間違いはどこにあったのでしょう?


 たとえば、サンタの正体を知ったとき? サンタの正体をあっさり暴くような家庭に生まれていなければ、神様はいなくともサンタのいる家庭に生まれていれば社会への不信感を育てることもなかったのでしょうか。


 たとえば、給食のボールの件で怒られたとき? わたしにもっと人とうまく接する能力があれば、社会からドロップアウトしていくこともなかったのでしょうか。


 たとえば、テレビの話題に入れなかったとき? 教団の教えよりも社交を優先していれば、やはり社会からこぼれることもなかったのでしょうか。


 たとえば、道化の仮面をかぶったとき? 悪ふざけに逃げず、真正面から人と付き合っていれば、社会や人に対する信頼感も育ったのでしょうか。


 たとえば、友人に搾取され始めたとき? あのとき、たった一度の反抗を貫き通していれば、世の不条理にまっこうから対抗する力も育ったのでしょうか。


 たとえば、Tに嘘の名前を告げたとき? 自分の本音で付き合えるような友人がいればよかったのでしょうか。


 たとえば、自分の夢を見つけられなかったとき? この社会に希望を持てれば、まっとうな道が開けたのでしょうか。


 たとえば、信仰を失ったとき? 教団に騙されたままでいれば、砂漠に迷い込むこともなかったのでしょうか。


 たとえば、高校に居場所を見出しそこなったとき? 自分にとって居心地のいい場所を見出せていれば、高校を辞めることもなかったのでしょうか。


 たとえば、友達をすっかり失ってしまったとき? 東野やIと無理にでも関係を保つべきだったのでしょうか。そうすれば学校にも居場所があったのでしょうか。


 たとえば、学校で手首を切ったとき? あの問題行動さえなければ、なし崩し的に卒業できたのでしょうか。


 たとえば、退学届けに名前を書いたとき? あのとき意地でも学校に食らいついていればよかったのでしょうか。


 たとえば、センター試験を受け損なったとき? たとえ落ちるにしても試験に臨んでおけば、かろうじて社会とのかかわりを保てたのでしょうか。


 たとえば、学校に乗り込んだとき? ただ、耐えて自分の進路を考えるべきだったのでしょうか。


 

 わたしは問いかけ続けます。しかし、どうやら答えは見つからないようです。間違っていたというなら、すべてが間違っていた気もしますし、そのすべてが避けえない必然だったような気もします。アドベンチャーゲームのように、あのときの選択肢が違っていればと想像することは困難なのです。それに、どのような選択肢も、当時のわたしにはそれしか選びようがなかったように思えます。


 社会的な間違いというのなら、それはきっとわたしが生まれたこと自体が間違いだったのでしょう。そして、そのようなわたしを生み出した社会もまたあらゆる意味で間違っているのです。


「自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人から、四十以上に見られます」


 大庭葉蔵が手記の最後に記した一文です。わたしも今年で二七歳になりました。白髪があるわけでもなく、顔が別段ふけているわけでもなく、また精神がふれているわけでもない分、まだ恵まれているのかもしれません。


 これからわたしはどうなるのでしょう。自分の将来について考えるのは、やはり霧の向こうを見るようです。過去に戯れている時間の方がよっぽど確かに思えます。


 ――了

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