明暗別れる新体制


「はい、じゃあ席移動してー」


 森野先生の号令で、優衣は荷物をまとめて席を立った。

 一番窓側、後ろから二番目。

 今の席から二つ下がっただけの、あまり代わり映えしない席。


 本来ならそう思うのだろうが、今回は全く違った。


「あ、加賀美さん」

「つ、月島くん……よろしくね?」


 右隣に、月島遥が来た。

 友達の美乃梨と席が離れて悲しんだことも、優衣はもうすっかり忘れてしまっていた。


 今までずっと遠い席だった月島遥と、毎日隣で過ごすことができる。

 今の優衣にとって、こんなに嬉しいことはなかった。


「よろしく。授業中、当てられたら助けてね」

「う、うん! わかった!」


 子供っぽく顔の前で手を合わせる月島遥に、優衣は思わず即答してしまった。

 縋るような表情が、わざとらしいのに堪らなく愛しい。

 あの顔で頼みごとをされれば、断れる自信が優衣にはなかった。


 それにしても。

 優衣は数日前のことを思い出す。


 水尾雪季に、気持ちを暴かれた。

 そして、宣戦布告まで受けてしまった。

 一時は奮起したものの、正直勝てる自信はない。


 そんな折にこの幸運とは。

 ひょっとして、天は自分に味方しているのでは。

 優衣は心の中で何度もガッツポーズを決め、こちらを見て柔和な顔で笑っている遥に見惚れた。


「あ、遥」

「おう、絢音」


 月島遥が、反対側の隣から声をかけられた。

 見るとそこには、しっかりもので美人の女子、望月絢音の姿があった。

 絢音とは優衣もわりと仲が良く、時々話したりもする関係だ。

 誰にでも優しく、気さくで、人気者。

 それが絢音のイメージだった。


「よかった、絢音が隣で」

「な……なんでよ」

「勉強、教えてもらえるし。期末もヤバいんだよ、俺」

「べ、べつに教えてあげるなんて言ってないじゃない」

「えぇ!? そ、そんなぁ……」

「ち、ちょっとは自分で頑張りなさいよ。中間だって、教えてあげたのにダメだったでしょ」


 親しそうに話す二人を見て、少しだけ胸がざわつくのを感じた。


 嫉妬。

 間違いない。誤魔化すつもりもない。

 それに、絢音が相手では仕方ないというものだ。


 どうやら絢音は、月島遥とは昔からの幼馴染らしい。

 この二人は恋人ではないにしても、かなり強い信頼感で結ばれているように見える。


 けれど……


 てっきり優衣は、絢音は月島遥のことが好きなのではないか、と思っていた。

 いつも自信ありげで大人な絢音が、月島遥を前にしたときだけ、少ししおらしくなって、覇気がなくなる気がしていたからだ。


 だが、実際に月島遥と付き合ったのは水尾雪季で、絢音は何か行動を取ったような様子もない。

 自分の思い違いだったのだろうか、と優衣は首を傾げた。


「頼むよ絢音ぇ……」

「あ……愛佳に教えてもらえばいいじゃない!」

「都波、厳しいんだよぉ。絢音がいいんだよぉ……」

「う……でも……」

「絢音ぇ」


 月島遥は、さっき優衣にしたのと同じように、懇願するように両手を合わせた。

 途端、毅然としていた絢音の表情が歪み、苦しそうな、それでいて幸せそうな顔になる。


「わ、わかったわよ……しょうがないわね」

「ホントか! ありがとうぅぅ」


 その瞬間、優衣は確信した。

 やはり、絢音は月島遥が好きなのだと。

 さっきの自分と今の絢音の反応が、あまりにも似通っていたからだ。


「でもどうせ、またあんまり予定合わないんじゃない?」

「今回はバイト調整してもらうことにしたんだ。絢音の予定に合わせるから」

「そ、そう……」

「うん。よろしくお願いします」

「わ、わかった」


 絢音がはしゃいでいるのが、手に取るようにわかった。


 しかし、もし自分の直感が正しいのだとすれば。

 優衣は悲しい気持ちになる。


 きっと絢音は、負けたのだ。

 愛する幼馴染を水尾雪季に奪われて、関係を変えられずにいるのだ。

 自分の姿が重なるような気がして、優衣は少しだけ憂鬱になってしまった。


「でも、雪季にちゃんと言っといてよね。なんか、悪いし」

「あ、そうだな。わかったよ」

「うん……」


 そういえば、水尾雪季はどこだろう。

 優衣は改めて黒板を見た。

 水尾雪季の名前は、教室の一番右前。

 ここからかなり離れた位置になった。

 見ると、水尾雪季が不服そうな顔で、じっとこちらを眺めていた。


「はーい、そろそろ静かにする! 一学期はずっとこの席でいくから、そのつもりでねー」


 森野先生の呼びかけで、生徒たちが前を向き、静かになる。

 チラッと隣を見ると、月島遥は黒板でも先生でもなく、右前方に視線を向けていた。

 その先には、水尾雪季がいる。

 残念そうな、寂しそうな顔をして、月島遥は息を吐いていた。


 やはり、両想いなんだろうな。

 優衣は悲しくて、それから、嬉しくて、複雑な気持ちでもう一度前を向いた。

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