3、5重鍵カッコ

 どこへ向かっているのか解らない。

 とにかく遠くへさえ行ければいい。

 より遠く、あのオジサンの声が届かなくなるまで、遠くまで。

 すると、



「み〜ちゅ〜けた〜」


 どこからともなくオジサンの声が響く。

 オジサンは「ひょっこりはん」と言わんばかりに、角っ子から顔を覗かせる。



 うわぁ!?



「やぁ、ゲイのオジサンだよ」



 足に急ブレーキをかけて止めて、慌ててUターンする。

 オジサンは後を追ってくる様子もない。

 ともかく、できる限り遠くへ行かないと。


 すると、またも角っこから「モッコリはん! 何ちゃって」


 出たぁ!



「「ハハハ、驚いたかい?」」



 な、何だ? 

 前と後ろでオジサンの声が、俺を挟みうちにする。

 


 俺は背後へ目をむける。

 後ろにもトレンチコートを着たオジサンが、黒黒とした頭にをテカらせ、近づいて来た。


 嘘だろ、オジサンが2人…………キモさが2倍になった!?

 もう俺の頭が現実超えちゃって、付いていけねぇよ!


 狭い道路で前後、完全に挟まれた。


「「君と、夏の終わり、オジサンの夢、大きなポロリ、忘れない」」


 名曲「シーレット・ベース」に載せて近寄ってくんじゃねぇ!



 油でテラテラした黒光りする坊主頭が、両脇からゆっくり近づいてくる。


 一か八か、


 ドリフトで相手を追い越すように、俺はオジサンの前まで近づき、右の空いた脇を抜けようとする。

 オジサンは俺を止めようと、同じ動きで塞ごうとするが、それはこっちの思惑通り。


 右へ行こうと見せたのはフェイント。

 本当の狙いはその逆だった。



 オジサン――――――――左がガラ空きだぜ?



 俺の脳内で、残像を残しつつ右から左へ、光のようにポジションを変える姿がイメージされた。


 あくまでも俺の脳内の話だ。


 そして俺の脳内で、ギュン! という風を切る音が響く。


 あくまでも俺の脳内での話だ。



 だが、現実に成功した。

 俺に抜かれたオジサンは泡をくって「はわわわ、わぁ!」と、意味不明な声で驚く。



 そこから見向きもせずに、ひたすら走った。

 けど、何でオジサンが2人もいたんだ?

 双子か? 双子のゲイなのか?



 五差路の中央まで来て、どこへ逃げるべきか考え周辺をぐるりと見回すと、そこには、


「「「「「やぁ、ゲイのオジサン達だよ!」」」」」



 なにぃぃっ!


 五差路、それぞれの道に、コートを着たキモチ悪い、黒黒としたオジサン達が立っていた。



 どうなってんだよ?

 5つ子なのか?



 すると、5人のオジサン達はワイヤーで引っ張られるように、空中へと浮き上がる。



 まるでバトルファンタジー物のクライマックスみたいだ。



「「「「「ビックリしたかい? オジサンはね。1人で多数、多数で1人なんだよ」」」」」



 何言ってんのかわからねぇよ?



「「「「「どうだい? オジサン成分が、5倍増しだろ?」」」」」



 5人いっぺんに喋んのやめろよ!

 カギ括弧を重ねて書くのが、面倒くせえんだよ?


 俺は天を仰ぐが、すぐに顔を伏せた。

 なぜなら、5つのフルトゥインが揃いも揃って、汚え顔を覗かせていたからだ。



 当然、最初見た時よりも不快さは5倍増し。

 止まらない冷や汗。

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