23 絶望/……
インカムの向こうで誰かが叫んでいる。
だが、雅樹は猛烈な揺れに耐えるのが精一杯で、そこまで気を使う余裕はなかった。
激しい縦揺れでボーリングマシンは安定を失い、掘削用のタワー台座ごとこちらに向かって倒れ込んで来る。弱々しい月明かりの中、目前に鉄槌のごとく迫るボーリングマシンに雅樹はほとんど本能のみで反応し、間一髪で転がるようにその場を逃れる。
その直後、チタニウムのタワーは猛烈な砂埃を巻き上げて地面にめり込んだ。
「先生! メイシャン先生!」
土砂と共にはね飛ばされ、地面を転がり激しい揺れに弄ばれながらも、雅樹はあらんかぎりの大声でインカムに呼びかける。
だが、返ってくるのは潮騒にも似たかすかなノイズだけ。
「おいおい、冗談だろ!」
雅樹の顔から血の気が引いた。
彼は意味不明の叫び声を上げながらメイシャンが降りた縦穴へ這い寄り、崩れた穴の縁から覗き込んで思わず絶叫する。縦穴は崩れ落ちた大量の土砂で、地上からわずか数メートルまで完全に埋め潰されていた。
「メイシャン先生! 返事をしてくれ! 聞こえないのか! メイシャン!」
一心に呼び続ける雅樹。だが、答えはなかった。
「メイシャン先生! 先生! 先生! 頼む……お願いだから……答えてくれ!」
唐突に揺れがやんだ。
あとはただ、無音。
ヘルメットライトのぼんやりとした光の輪の中で、舞い上がった砂ぼこりがきらきらとむなしく舞うばかり。
「こんな……こんな結末ってあるかよっ!」
彼は苦痛に耐えながら這いずり、半分砂に埋もれかけたデータパッドを拾い上げた。いちるの望みをかけ、視聴覚ブースを呼びだしてみる。
だが、データパッドのスクリーンは、バッテリーマークを表示したまま凍り付いていた。
「くそ!! 電池切れかよ! だったら
雅樹は諦めなかった。エアロックの中には有線インターフェイスがある。それさえ無事なら……
「まだ望みはある!」
彼は大声でそう言い放つ。いや、そう信じたかった。
そのまま倒れ込むようにエアロックに飛び込むと、真っ暗やみの室内を壁沿いに手探りで這い進んだ。
さいわい、インターフェイスはすぐに探し当てることができた。
彼は黄色く弱々しい光の輪の中に浮かび上がるソケットにデータバッドを直結する。インターフェース経由で再び電源が供給され、パッドのスクリーンがふっと明度を上げて彼の顔を照らし出した。
もし目撃者がいれば、その顔はさながら地獄をさまよう幽鬼のように見えただろう。
「よーし、来い来い!」
さんざん見飽きたNaRDOのロゴに続いてスクリーンに浮かび上がった配置図で視聴覚ブースを探しだすと、彼はごくりとつばを飲み、何度もためらったあげく、震える指をカメラアイコンにのばす。
だが、画面に現れた映像は彼の淡い期待を完璧に打ち砕いた。
大きく斜めに傾いた薄暗い映像は、まるで曇りガラスを通したように霞んでいた。
「なんだこれ!? レンズが埃でもかぶってんのか?」
崩れ落ちた壁や天井の構造材がカメラの視界をしばしば遮る。その上、無秩序に散乱する何もかもが、まるで霜を生じたように白っぽくくすんでいる。
雅樹は目を凝らし、ぼやけた映像の中に目的の人影を探しだそうとやっきになった。カメラは彼の求めに応じて何度も引っ掛かりながらひどくのろのろと動き、ついにがくりと動かなくなった。
その時、彼は崩れ落ちた巨大な構造材のすき間から、見覚えのある与圧インナーらしき布地に包まれた細長い物体を発見した。周囲の床には赤黒い染みが広がっている。
「おい、まさか!?」
それは、女性の腕だった。
加えて、床に広がる染みの正体にようやく思い至った瞬間、彼は獣のように絶叫した。
目の前が真っ暗になった。吐きそうだった。
その後、どうやってエアロックから出たのかまったく覚えていない。
気付くと、雅樹は荒れ果てた大地に仰向けに倒れこんでいた。
東の空がうっすら明るくなり、遭難から三日目の夜明けが近いことを彼に告げていた。
「俺のウソを信じて、ずっと頑張ってきたのに……」
(劣悪な環境であれほど長い時間耐え抜いた子供達を、結局、俺ははただの一人も助け出せなかった)
しびれた頭でぼんやりとそう思う。まるで胸にぽっかりと穴が空き、そこに冷たい風が吹き込んでいるような空虚な気分だった。
(あの時、忠告に耳を貸さなかったばかりに、たった一人残った貴重な仲間まで……)
「結局、仲直りできないままだったな……」
そのことに思い至った瞬間、言葉にならないおえつが漏れ、悔し涙がにじんだ。
「くっ! クソ! クソォォォッ!」
雅樹は自分のふがいなさを心から悔いた。
だが、いくら深く悔いたところで、もはや誰も戻ってはこない。
「あぁぁっ! メイシャンッッ!」
そのままうつ伏せに転がると、両手のひらを赤い大地に叩き付け、つかみ取った砂をぎりぎりときしむほど強く握り締めて、声の限りに叫ぶ。
「うわあああっ! あああーっ!」
彼の悲痛な叫びは、もはや誰の耳にも届かなかった。
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