14 危惧/憂慮
『すごく息苦しいの。頭も痛い』
久美子はまるでしゃくりあげるように不自然に息を吸い込みながら繰り返した。顔色は確かによくない。
『ちっちゃい子たちが苦しくて目が覚めちゃった。ずっと泣いてたのよ。ねえ、早く助けて!』
隣では、メイシャンが児島のデータパッドを借り、血相を変えてメインコンピューターにアクセスしている。
「気圧がコンマ71まで下がってる! これじゃ苦しいはずよ」
数値を指先で示しながら、苦々しい表情でささやくメイシャン。
現在、地球近傍に浮かぶスペースコロニーの内部は、どの国もゼロコンマ80気圧。コロニーの壁面にかかる圧力を減らすため、三千メートル級の山頂なみの低い気圧に調整されている。
ただし、地球からコロニーに向かうシャトルの中で時間をかけてゆっくり減圧するうえ、大気中の酸素の割合が地球にくらべて十パーセント近く多いため、コロニー住民にそれほど問題が生じる事はない。
一方、ここアズプール基地は閉鎖された地下環境であること、さらに可燃物や爆薬を使用する危険な作業が多いことから、火災防止の目的で酸素の割合は地球並みに下げられ、そのかわり気圧はほぼ一気圧に調整されている。
それでも、毎年の交代時には高山病に似た症状を起こして倒れる新人が続出するほどだ。子供達に害が及ぶことは当然考えられた。
「ゼロコンマ71は普通の人にとっても限界に近い。しかも遭難者は小さな子供たちよ。このままだと命にかかわるわ」
ヘルメットを触れあわせた直接会話でメイシャンがささやく。こんなこと、子供達には絶対に聞かせられない。
『ねえ、お願い! 早くここから出して。怖いの』
久美子がふたたび涙声で訴える。だが、雅樹にはどう答えればいいのか、とっさには思い付かなかった。
「確かに気圧は少し下がってるわ。でもまだまだ全然大丈夫よ! いい、苦しくなったら深く深呼吸を繰り返して! そう、ゆっくり。慌てないでやれば大丈夫!」
ぼう然としたままの雅樹を押しのけるようにモニタに顔を向けたメイシャンは、泣き顔の久美子に優しくアドバイスしながら、カメラの死角で雅樹のわき腹を肘打ちした。
「うっ!」
突然の一撃にせき込みながら反射的にメイシャンを睨みつけた雅樹は、彼女の目に浮かぶ非難の色を見てはっとした。
(だめでしょ。あなたがそんな自信のない顔をしちゃ!)
無言で彼を見つめるその瞳は確かにそう訴えていた。雅樹は唇を噛みしめ、小さくうなずくと改めてモニタに向き直った。
「心配ない。絶対に出してあげる。もう少しの辛抱だから」
『でも……』
「大丈夫だって。君達は全員元気でパパやママのところに帰れる! お兄さんが約束する。だから頑張るんだ。いいね」
『……おじさんがそう言うんなら』
「おじ……あのね、君、ちょっと話をしようか」
しかめっ面の雅樹の反応が面白かったのか、久美子は目じりに涙を溜めたまま、クスリと小さく笑い声をあげた。
「そう、その方がずっと君らしい」
雅樹の言葉に、久美子は手の甲で涙をぬぐいながら大きくうなずいた。あんなに小さくても、彼女は一人前の勇気と忍耐を兼ね備えている。雅樹は彼女の我慢強さに内心感心すると同時に、逆に励まされる気さえした。
「それじゃ、今後は三十分おきに必ず連絡する。前にも言ったけど、俺達は君らを置いてどこかに行ったりはしない。だから安心して。いいね」
『うん』
雅樹は不器用に笑みを浮かべると、回線を切ろうとしてはたと思い直した。
「ところで久美子ちゃん。君はコンピューターは詳しいのか?」
『え?』
「いや、君、視聴覚ブースの汎用端末から通話してるんだよね? インターフォンやデータパッドじゃなくて。一体誰にそんな方法を教わったの?」
『パパよ。お家には私専用のコンピュータもあるわ。誕生日にパパが買ってくれたの』
「やっぱり……もしかして君のパパ、愛宕嘉文さんかい? 学校の先生だろ?」
『うん。じゅんきょうじゅだって。大学の先生なの』
「そうか……。わかった。また連絡するよ」
『うん、バイバイ!』
次の瞬間、モニタは通常画面に戻っていた。雅樹は数秒間ぼんやりとそれを見つめていたが、全員の視線が自分に集中している事に気付いて慌てて顔を上げた。
「ねえ、どういう事? あの子の父親と知りあいなの?」
メイシャンがそう切り出した。
「愛宕准教授は俺の大学時代の恩師だよ。もしかしてと思って。あの人なら我が子にコンピューターの英才教育ぐらいやるだろうな」
「それで?」
雅樹はメイシャンの追求にあいまいにうなずくと、パッドを持ち上げて片手でひらひらと振ってみせる。
「いや、
「もしくは、私達が何とかして基地内に潜り込むか……ね」
「でも、肝心のその方法が……」
「おいおい、しっかりしてくれよ、司令代理!」
いつの間にか背後に立ち、じっと事態を見守っていた山崎があきれたように肩をすくめる。
「班長、その呼び方はやめて下さい。俺は…」
「そうじゃない。君は肝心なことを忘れている。我々は地質調査隊だよ」
自信満々に意味不明のセリフを吐く山崎。
「は?」
「我々の持っている装備がかなり役に立つんじゃないかと思うんだがね? 例えば、高速ボウリングマシン。あれなら――」
「あ、ああ~っ、そうか!」
雅樹は弾かれたように立ち上がり、次の瞬間太ももの激痛にうめいて座り込んだ。
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