こんばんは松本


「よぉ松本…… 」

「ぐっ…… ふぐぅ…… 」


猿轡(さるぐつわ)をされ、椅子に縛り付けられた松本が呻く。


薄暗い森の中の荒屋(あばらや)で俺は松本に笑顔を向ける。


いや、簡単な話なんだよ。


この状態を作り出すのは。



物事や能力(アビリティ)ってのは必要な時には希少価値(レアリティ)が上がる。


…… まだ、俺とゲルハルがマッシャルーム国王を殺したと判断を為兼(しか)ねている所に、魔力やら筋力やらを付与出来る奴がいたら是非もなくその力を借りたいと思うだろう。


騎士団長が俺を騎士隊に入れようとして、俺は断る。


「ではせめて、力を貸して欲しい」

そう言わせるように行為を持って行けばいい


例えば

「ロッキー様、お怪我をされましたね」

「うぬ…… 団長の光魔法を止めるのに無理をしたか…… 」

横に控える老騎士を使えばいい。


回復薬を高位の騎士なら常備し携帯している。

それを、机に出してもらう。


「いえ、違います。ロッキー様、腕にある古傷です」

「む…… これは、もうポーションでは治す事も出来ん。回復魔法でも…… な。 」

ゲルハルが少し苦い顔をするが、今は過去のゴタゴタはいい。


俺は〈luck Key〉を発動して、無機物と有機物と魔力の集合体であるポーションに幸運を200ポイント程付与し、それを指輪で聖魔法強化に変換。


光り輝きだしたポーションに部屋の俺以外が息を飲む。


「どうぞ…… ロッキー様」

老騎士とゲルハルは少し見つめ、ゲルハルの頷きでロッキー氏はポーションをグイッと一気に飲み込んだ。


いや、素晴らしい。

肉が盛り上がり腕の古傷もだが、少しロッキー氏の姿勢が良くなる。


曲げた指の引っ掛かりや膝の痛みやおかしな動き、体の節々の痛みも消えたのだろう。



驚愕の目でロッキー氏は騎士団長を見て自分の古傷が治った事を示す。



魔法・理学・この世界の医学で簡単に達成出来ない事を嫌らしく自慢したように見せつけると、

「では力を貸して欲しい」

なんて言葉はあとは誘導でどうにでも引き出せる。




「…… 対価を要求しても? 」

「よろしい、可能な限りは叶えよう」

騎士団長の目は願いの善悪の全てを受け入れる力強さを見せる。


「では、辺境貴族の1人、その命を下さい…… と言ったらどうします? 」

隠すと願いがバラけ薄まる。

自分が本当に欲しい物を伝える事、それが大切な時もある。


その言葉に騎士団長は目を見開き驚く…… 失敗…… か?


「そんなものでいいのか? 」


騎士団長の返答は……

実にあっさりとしたものだった————————



—————————————————————————……



「さぁ、松本…… 悪りぃな立場が逆になっちまったな」

ベロリと松本の口から猿轡(さるぐつわ)を剥がす…… ヨダレが汚ねぇな


手についたヨダレを本人の服に擦りつけると、松本は低い声で唸る。


「…… なぜだ? オマエの特殊能力(アビリティ)は鍵屋だろう? なぜこんなに大切に扱われている? 」


荒屋には俺と松本しかいないが、少し離れた場所には騎士隊が魔物が来ないように施設警護の演習をしている。


この騎士隊の皆は俺と松本が荒屋にいる事を知らない。

あくまでも演習なのだ。


ここに運ばれる時にその様子を拉致用の頭陀袋(ずたぶくろ)の中から見たんだろう。


「そりゃあ…… 俺の日本から持ってきた鍵屋の力がオマエより遠く優っていたからだろう? そんなのも分からんか? 」

「鍵屋が? バカ言うな—————— それから松本はどれ程に自分が優れているかを自慢し始める……


やれ、この世界に高校を中退してやってきた

やれ、鏡を抜ける時に持って来た道具でチートしてきた

やれ、どれ程に女を抱いたやら


「…… オマエは浅いな」

「なんだと? 」

松本の話を聞いている時に唾棄するように呟いた俺の言葉を松本は拾い睨む。


「オマエ、高校を中退して日本で働いてないだろ? 」

「バイトはしていたさ! 日本での仕事なんて数日のバイト経験だけで十分だ! 荷物チート持って異世界コッチきた方が楽だろが」

「それが浅い。 」


ギリギリと松本が奥歯を噛みしめる。


「仕事ってのはなバイトでも何でも、何年も続けて経験や練度を得ていくものだ。数日の内に何が分かる。俺も破産したが、それまでに得た経験値はバカにならん。」

「ジジイの説教かよ?」

「…… オマエも、日本じゃあそこそこ・・・・の年齢だったろうに? 仕事を続け得た知識や経験を人にそれらを教え、会社勤めなら会社を強くする柱に、個人事業主なら家族を食わせるように頑張って…… 結果が出始める年齢だろうに? 」


俺は倒産したがな…… 失敗をする人生もある…… という事を知るのも歳をとってからだがな。


「だから何だよ? 」

「この世界に来た時に所持品がスキル変換されたと同時に、日本で得た経験も魔法やらスキルに変換されただろ? まだ分かんねえか? 」


松本が顔を歪めて下を向く。

やっと自分の恥を知った…… か?


「オマエは浅い。仕事や生活をお座(ざ)なりに生きて来たから分からんのだ…… どうやらこの異世界は所持品の変換スキルより仕事やら経験やらの持ち込みの方が遥かに有益だった…… 分かるか? 」


俺はゲルハルから格安で譲ってもらったナイフをゆっくりと鞘から抜く


「鍵屋をバカにすんな。 この世界では十分に過ぎた能力だ」


…… 俺は善人ではない。

やられた事は覚えているし、許すのはやられた事を返してからだ。



俺は2時間以上をかけて松本をゆっくりと殺した。


最期まで、自分のやってきた事に後悔しなかった松本に憐れみさえ覚えた。


「はや…… ゲペッ、はや、はやくぅぅ…… 殺して下さいぃぃ! はぁぁ、お願いですそのナイフで心臓をひと思いにぃ…… あぁ…… 異世界なんて来なけりゃ良かった…… 」

鼻やら耳やら歯やらが無いのに良く喋れるなコイツと自分の冷静さにゾッとしたが……



松本の捻り出した汚物と肉と血とやらの匂いの中で、やっと自分を狙う者の存在が無くなったと安堵した。

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