万能薬


「ああ、冒険者の…… 来たか…… 」

「ダンデスです。お呼びになられましたか? 」

夜、ヨーネフ氏に呼び出された。

雨がしとしとと降り憂鬱になる景色を背にヨーネフ氏は執務室の窓を開けてワインを飲んでいる。


騎士出身者であるヨーネフ氏は規律を重んじるのかいつもはシャツの前をとめカチッとしているが今は仕事終わりの立ち飲みのオヤジのようにはだけている。


「キミの仲間の…… えっと 」

「シャーンティですか? 」

ヨーネフ氏は目をワインに戻して眉を困ったようにの字にする。


言いにくい…… 事があるようだな。


シャティをお嬢様に会わせるように言って来たのはヨーネフ氏である。

王都からの護衛の最中、シャティの楽しげな声がお嬢様の興味を引き「会ってみたい」とヨーネフ氏はせがまれたのだ。


「言いにくいのだが…… シャーンティさんをくれないだろうか? 」

「…… お嬢様の為に? 」

「話が早いな…… そうだが間違いでもある、私の為にシャーンティさんを欲しいのだ」


ポツポツと恥を感じるのか歯切れの悪い言葉でヨーネフ氏は俺に伝えた。



数日だが、シャティはお嬢様との縁を深めている。

それがお嬢様にとって何よりの生き甲斐になりだしたという。

いつ呪いが全身全てに回り死んでしまうか分からない。そんな娘への償いと思いたいようだ


まるで人形を娘にあげるように話すが、この世界の貴族では普通なんだろうがヨーネフはそれを非難している立場と見える。


人を一人、自身の娘へのカッコつけという欲望・見栄を果たす為に…… シャティを所有物にしたいという…… 高潔なヨーネフ氏は恥という感情で心を満たしているようで目を閉じて耐えるように話を終える。


「wooooo! 」

会話のターンを代える目印のように遠くから雨のさざめきにの間に魔物の遠吠えが聞こえる。


「思い違いがあります」

「…… なにか? 」

「シャーンティ…… シャティは私の所有物ではありません。彼女が残ると言うなら私が止めるという事もないでしょう。しっかりとこの領内で加護をしてもらえるんでしょう? 」


ヨーネフ氏はハッと目を開けて俺に向き頷く。


「金は…… ちゃんとシャーンティさんに払おう。と言っても、それ程に残っておらん。娘が生き…… そして死ぬ時にには…… シャーンティさんにまとまった金を渡すと書面にも残す」


俺はこの疲れきったヨーネフ氏の顔を見てと昔を思い出した。



東京駅の地下の飲み屋…… その端の席で隠れるように呼び出されてその顔を…… 思い出した。


安酒をガブガブと飲み下して、頬を濡らしながらヤツは俺を見る気力もなく酒に呟いていた。


「山ちゃん、もう俺はダメだよ…… ダメだぁ」

「そんな事無いって」

日本にいた時、93年にバブルの反動のせいで借金が嵩(かさ)み身動きが取れなくなった友人の顔だ。


彼は、飲んだ2日後に自社の駐車場で自ら命を落とした。


葬式では妻子が借金のせいで田舎に帰らなくてはいけなくなり恨みの目で遺影を睨み、守ろうと頑張った会社の社員の出席は殆ど無かった。


彼は死ねば仏…… と残った人々に優しくされると思っていたのだろうか?



俺は葬儀の後に喪服のまま胸の奥にある怒りを納める為にヤツと最後にあった飲み屋で酒を飲み、そして悲しくなりとにかく泣いた。


ヨーネフ氏も娘が死んだ後に死ぬつもりなんだろうか?

「ヨーネフ様、命は…… 大切です。自らの命もその通りです。」


俺は…… ガラにもなく命を説いて優しく笑ってみせた。

だってよ、友人のように死ぬのは悲しいじゃねえか。

ヨーネフ氏は言われた意味が分からず目をパチクリとさせてから怒りを込めた目で俺を睨む



「…… 分かった風な口を。 どうしようもないのだよ…… ポーションを買うのに金がかかるのだ。妻の実家からの助けも今回で断られ我が家の金庫はスカスカ…… 娘も…… 娘も顔まで呪いが…… 」

嫌なビンゴだな。

どうやら本当に自殺しようとしていたようだ。


「——————— もし、娘さんが治ったら…… どうなります? 」

「…… フッ…… もはや夢物語の話だな。そうだな今ならまだ我が家は持ち直せる。貴族としての対面も保てるだろう」

「——————— もし、娘さんを治せたら何をくれますか? 」


一つ目は例え話と思ったのだろう。

二つ目の質問では…… ヨーネフ氏は何かを感じたのか初めて俺を見た。


「私はこれでも元王都の騎士、報酬は弾めないが色々と口を聞いてやろう」


「了解です」

俺の返事にヨーネフ氏は小さく笑い手を払い、ジェスチャーで俺へ退室を促す。



ダンデスが出て行った扉をヨーネフはまだ見ていた。


「もしかして…… いや、無理だろうな…… しかし」

ヨーネフはダンデスの異様な雰囲気に期待を持ち始めていた。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■


翌日———————

「ほへーダンデスさんここは? 」

「んー、 薬を作る部屋…… らしいぞ? 」

ヨーネフ氏の屋敷にある調剤ルームを借りる事に成功した俺たちは早速、執事さんに案内をされたのだが扉には


[錬金術師クーの部屋]


と書かれていた。

クーって誰だ? 錬金術って何だ?

と思いながら扉を開くと、どこの大学の研究室だ?という器具や薬草などの素材が棚にギッシリとあった。


「ここは、旦那様の騎士仲間で錬金術をされていたクー・クー・クー様が逗留されていた時に使われた部屋で御座(ござ)います。」


説明ありがとうと執事に頭を下げ改めて部屋を歩いて見て回る。

執事がまだ部屋を出て行かないという事は説明の続きや俺達の手伝いやヨーネフ氏への報告の為にいる…… と判断していいだろう。


「クー様はお嬢様が産まれた時に、あまりの運命にこの屋敷に訪れクー様の知り得る錬金術の限りを尽くしお嬢様を治そうとしてくださいました」


完結した言葉で締めくくったという事は、足掛かりも残せず治せず王都に逃げ帰ったんだろう。

いや、それは嫌味すぎるな。


心の中でクー氏に謝罪しながらシャティに目をやる。


「ダンデスさんここで何をするんですか? 」

「ああ、お嬢様の薬を作ろうと思ってな」

俺の言葉に執事は息を飲むが、表情に出さない。


ただ、目は俺に嫌悪を向けるように座る。


よほど、ヨーネフ氏は良い人間なのだろう。

「すみません、少し薬やら使います」

「——————— 一つ宜しいですか? 」

「もちろんです」

執事は、とうとう黙ってられず声を震わせて俺に詰め寄る。


「どうか、間違えを侵されるのをお辞めなさい」

「はて? 間違い? 」

「はい、名誉か報酬が欲しいのか分かりませんが人の心を傷付ける無駄な間違いは不興を買い、若い命を散らす結果になるかもしれません」


ほう、良い人だな…… だが

「なぜ、無駄と思いますか? 」

「なぜ…… ならばクー・クー・クー様でさえ薬の精製が叶わなかったからで御座います。どうやらお嬢様を治すには万能薬なるものが必要と言われていました」


クー様でさえ・・・ね。つまり王都の領主になる力量がある騎士サマの執事がそう言うなら、相当な人物なんだろう。


————————— 万能薬


なるほど[その呪薬を作ろうとした] というなら

[作る為の材料はある] という事か?


「ちなみに、クー様は万能薬の事を…… ? 」

「はい、王都、それから周辺国から資料を取り寄せ材料を集めておられました。ただ、材料の細かな配分が分からず精製は出来ず終い。一つでも配分を間違えると廃棄物となるそうで…… 」


クックックと思わず笑ってしまう。

いや、執事さんすまない。配分だけとかウチの専売特許なのでね嬉しくてつい……


「ダンデスさん」

「うん、シャティ…… 出来ると思うよ」


ダークウルフや王都でのオーガ狩りで貯めておいて本当に良かったよ

〈キーサーチ〉

解呪が出来る万能薬を作るのに必要なluckはいくつだ?作成者はシャティだ。


◇幸運な事にこの部屋に素材があり、あとは配分だけなので150ポイントの幸運で十分でしょう。



シャティに目配せすると、慣れで分かったのかシャティは答えるように頷く。



〈luck Key〉モード起動


シャティに幸運luckを150付与!


▶︎シャティへ幸運を150付与します。



それからは凄かった。

レアボスモンスターであるブルーオーガを偶然に殺せた程度の幸運はシャティが動くたびに何かを起こらせた


シャティが左手を動かすとビーカーに当たり落ちそうになるのを掴むと偶然、机にある液体が掴んだビーカーに数滴だけ注がれ、それに驚き身を引くとシャティは薬品棚に背を打ちグラグラといくつかの薬草が棚から落ちビーカーに入る。


焦り作業台にビーカーを置くと、そこは魔石を使った魔道具のコンロでビーカーを温める。

「わっわっ! ビーカーが熱で割れちゃう! 熱っ! 」

と焦せるシャティがついビーカーを投げると中身の薬草は空中で適度に混ざり、カン! という音と共に[光魔法の触媒]と書かれた三角フラスコに当たり中身が偶然にそこに入る……


という事を数十分すると



「———————— 出来たかも」

シャティの呟きは光り輝くガラス瓶に入った液体に幸運luckが働かなくてなったからと判断した。


それとも幸運のおかげで、万能薬の作り方のコツやらを掴んだのだろうか?



執事は、この万能薬精製を途中に止めようと思って動くが、偶然に掃除道具に体を自ら転び絡ませて唖然と見て動けなくなっていた



「すみません、お嬢様との面会とヨーネフ様のご都合を合わせ頂けますか? 」

執事は圧倒的な何か・・に怯えたように首を何度も縦に振った。

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