仕事始め




「くだらんな」

「ああ、全くだ」

俺とケゴはあの後、無事に下山しフォワールという町のバル? か何かで飯を食べている。


商人と見習い、ヨズルは気絶している間に幌馬車に備え付けていたロープで縛り町まで運搬して警護団支部に連行した。


商人は幌馬車が襲われ荷物が奪われたとして警護団から慰謝料を請求し後から盗賊と合流、荷物を別の町で販売しようと考えていた。


「問題はヨズルだ。アイツは俺が死んだら俺の地位(ポスト)に乗っかるつもりだったようだ」

「…… そうか」

ケゴは椅子に身を預けて上を向き疲れたように息を漏らした。



「まぁ、もしオマエが殺されてヨズルが役職についてもどうもならんかったと思うぞ」

ギッと椅子を鳴らし目だけでケゴはこちらを見る。


「問題を一つ消した程度では人の上には簡単には立てんよ…… 何か違和感を感じた誰かの言葉に怯えてまた問題を抱えて…… の繰り返しで結局は潰れてたろうよ」

「俺の見る目がなかったか…… はぁー、ヤマダお前はホントに何歳なんだ? オマエと話すと田舎の爺様と話してるような気分になる」



俺は両肩をあげ惚(とぼ)けたようにしてワインを飲む。


日本ではブランデーを普段のように飲んでいた時もあったが…… この若い体はワインだけでも酔えてコスパがいいな。


殺人現場に立ち会い、鉄の大鉈の背で男を殴り…… 実はなかなかこたえていたようでアルコールでそれを忘れようと俺は何杯もワインや蜂蜜酒(ミード)を呷(あお)った————————————————————————————————————————————————————……




翌日は机に頭を乗せて寝ている所から始まった。

金はケゴが払ったようで目を覚まして机から立ち上がっても店員は目を俺に向けるだけで寄ってこなかった。



「俺の荷物は…… 取られていないか。そりゃそうだ見た目はただの石だからな」

俺は幌馬車の端に乗せてもらっていたバックパックを確認する。中には集落で作った自作の製造道具が詰まっている。





「しかしなんだココは? 」

夜は気がつかなかったがバーカウンターだと思っていた所に女性が数人か座り役所のように書類仕事をしている。

24時間営業の酒場…… ではないという事か?



飲み屋の客かと思っていた周りの奴は壁にある仕様書のような板を持ってカウンターに行って……


これはもしかしてファンタジー小説によくある冒険者ギルドってやつか?



それならありがたい。ケゴがお人好しで金を払ってくれたから良かったが、支払いを俺に押し付けて逃げていたらどうにもならなかっただろう。

日本なら免許証を店に預けてATMに走る事もできるが異世界では身分証どころか金の蓄(たくわ)えがない



警護団の一員になって金を得ようとしていたが…… 山を降りる前と山を降りた後では状況が違う。ケゴはヨズルの件で大変だろう。


当てにならない事には頼らない。


日本で鍵屋を閉じた時に感じた不安はもう嫌だと俺は重い荷物を背負い冒険者ギルドのカウンターに急いだ。




手に冒険者カードを握りしめて町を歩く。

法や行政の未熟さから危険な路地もあるだろうが俺にはスマホのMAPアプリがある。

知らない町だが大通りを歩き細い道を行かないように注意している。



目の端にあるスマホを弄っていて分かったがホーム→ 設定→ システムにスマートフォンは状態スキルとして常駐中ですと書かれているのでスキルなんだろう。

スマホスキルか? 煩わしい。


とにかくMAPのナビ機能を使って冒険者ギルドで受けた依頼の場所に向かう。


俺が選んだのは鍛冶屋での丁稚(でっち)だ。期間は一週間、寝食付きという俺には好待遇な仕事である。


鍛冶屋と言えば剣と魔法の世界では武器が多いと思うだろうがそうではない。

鍬(くわ)や生活用品、包丁が多い。


かと言って消費者が道具を安価に手に入れて購入と破棄のサイクルが成り立つほどの文明はない。


修理や研ぎが仕事の大半なのだろう。


冒険者派遣の依頼(オーダー)は

〔鉄工に関心がある物:ドワルド鍛冶屋〕とだけあった。


スマホのナビで辿り着いた鍛冶屋は日本で言うなら郊外にある大型のコンビニの広さで石積みの平屋だった


屋根には四連の煙突があり黒い煙が濛々と空に昇る。

屋号のドワルド鍛冶屋はペンキで直接、入り口横の壁に書かれていた。

入り口は扉が無いので中がつうつうだ。カンカンと鉄を叩く音が響いている。


「すみませーん 」

「…… おう。客け? 」

「いえ、冒険者ギルドから派遣されて来ました」

「ほうかほうか」

店の横のスペースで包丁を水研ぎをしている樽のような男に話しかけると手招きされ店の裏口に回る。


「前は客、後ろは職人な」

「はい」

仕事をする人間は裏口に回れという訳か。

鉄の加工は意外と細かいゴミが出る面取りや削り出し…… そういうゴミは皮膚を裂いたり踏んだ場合は足の裏をズタズタにする。


結構、鉄粉ってば汚いしな。


店の中はいかにも鍛冶屋という風景だった。

ただ、集落にあった鉈や斧、ケゴが装備していた剣を見て来たがやはり強度が少なくバリのある鋳造(ちゅうぞう)での作成だった


型を作り溶けた鉄である溶湯(ようとう)を流し込み、入れ口を切り取り整え研磨する方法だ。


鋳造は応力がある場合があるが…… まあいい、とにかく今は食って寝る為の金が要る技術革新とかは二の次だ。

賄いがあるこの仕事期間中に蓄財をしなくてはな。



俺は店の中で仕事をする樽のような男達に頭を下げながら作業場の奥へ入る。

「オメはここで作業してけろ。左が出来上がり右が材料だかんな、説明分からんか? 」

「いえ大丈夫です。やります」

高校の時に近所の鉄工所でバイトした事をやるとは思わなかったわ……


俺に用意されたのはザラザラした何かの魔物の皮と水…… それに背もたれの無い丸椅子に山盛りにされた鉄の組み合わせ材料だ。


加工した後のバリやトゲや薄い傷がある鉄を水で浸した魔物のサンドペーパーでひたすら磨いて磨いてピカピカにする。

「あー…… これは心を無にしないとな」


そして…… 俺はグラインダーマシーンと化した



「…… 」

「……! 」

「おい! 」

「あ、はい」

無心に鉄を磨いていた俺をヘソ辺りまで髭(ヒゲ)を伸ばした樽のような男が止める。


なんだこの店には樽のような男しかいないのか?


「これ…… オマエがやったのか? 」

髭樽は加工終わりの鉄素材をつまみ、くるくると眺める。表情が険しいが……


「はい自分がしました。 不合格品ですか? 」

「いや。 十分だ。…… いつまで居る? 」

「冒険者ギルドの契約では一週間です」

髭樽は大きく頷いて店の奥へと俺の加工品をいくつか持って行った。


俺が話している時に他の店の従業員がチラチラと髭樽を見ていたという事はオーナーか偉い立場の人間なんだろう。


人は偉い人間からの評価が気になる。

意識しなくても目で追ってしまうのだから。


「まあいい。認められたと受け取ろう」

俺はまたグラインダーマシーンとして作業を再開した。



———— 店の奥、組み立てルームでは髭樽ことオーナーのドワルドが感嘆の声をあげていた

「おい見てみろ」

「うへぇ…… ピッカピカじゃないの」

ドワルドは色細工と持ち手の加工をする小柄の子供のような女に山田が研磨した鉄を一つ手渡す


山田が研磨していたのは剣の柄頭…… 分かりやすく言うなら持ち手の端にある部位で持ち手の部分に巻く柄紐の結び目を隠す部分に当たる。


ドワルドの柄頭は腰に帯刀した時に服や手を傷めないように出来るだけ球状にしているが鋳物砂(いものすな)で量産するので毛羽立ちや砂の形が残り鏡のような仕上げにはならなかった。


「そう…… あまりに研磨が見事でな。まるで鏡だ。俺の毛穴まで映り込んでいるわ」

「…… 本当ね、それに加工がしやすいわ鉄と鉄の接合部がピッタリハマるわね」

「ああ…… 」

ドワルドは山田の研磨した柄頭を見てうっとりする。

「あの赤髪の美男子が持ち込んだ研磨道具は魔道具か何かか? 素晴らしい…… 」


そう山田は集落で生活している時に火魔法を応用してビトリファイド砥石を作成しそれを、この店の仕事に使っていたのだ。


店が用意した魔物の皮で研磨しても納得出来る仕上がりにならかった


ビトリファイド…… これは陶磁器のように熱して作る砥石なのだが、その温度を火魔法で再現出来る人はこの町には居ないだろう…… 火魔法で陶磁器を作る温度と時間を維持するという行為を一般の魔法使いに強制しても体の魔力を使い果たし命を亡くしても完遂できないだろう。





山田は比較対象がいないので自分の能力(アビリティ)がこの異世界では不正チートだとまだ知らなかった。

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