第七章 答え

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 ツクツクボウシが夏を惜しまんばかりに鳴いている。まだまだ夏は続きそうだというのに。

 夏休み明けの学校は、少し気だるかった。日常が戻ってきてしまうことと、鬱陶うっとうしい残暑への体のささやかな抵抗だろう。

 それは何も僕に限った話ではないようで、久しぶりの教室に入るとみんなぐったりとしていた。

 僕は、机に突っ伏してる彼女の姿を視界の端に捉えながら、席についた。


 あの日以来、僕は彼女とは会っていなかった。夏休みの間、彼女は白兎しろとについての記事を仕上げていたからだ。

 あの後、彼女が白兎の記事を書くと言い出したので、僕はからかった。

「へぇー、あれは僕に接触するための口実じゃなかったの?」

伊達だてに新聞部やってる訳じゃないし! それに……」

「それに?」

稲葉いなばくんのお母さん、記事楽しみにしてくれてるみたいだから、今更やめたら悲しむかなって……」

「そうだね。僕も楽しみにしてるよ!」


 記事は出来たのだろうか……?

 僕は気になった。

 彼女にいてみれば良いのだけれど、告白された手前、何となく訊きづらかった。まだ答え出せてないし……。


 しばらくすると、先生がやって来て、いつもに増して元気のない挨拶の後、ホームルームが始まった。ホームルームでは一時間目の始業式について少し話があり、すぐに廊下に並ぶよう言われた。

 ホームルームが終わり、僕が廊下に並ぼうと席を立った時、ふと教壇の方を見ると、彼女が先生に呼ばれて何やら話をしているのが見えた。彼女は先生の話を聴いて、驚いているようだった。僕は何だろうと思いながらも、さほど気にせずに廊下に並んだ。


 始業式が行われる体育館は、既にいくつかのクラスが集まりざわざわとしていた。次から次へと他のクラスも体育館にやって来た。

 うちの高校の体育館は冷房が完備されているけれど、流石に全校生徒が集まってくると蒸し暑かった。

 そのうち、瀬戸せと深山みやまのクラスもやって来た。二人は僕を見ると笑顔で軽く手を掲げて自分のクラスの方へ戻っていった。

 白兎の計画のお陰もあってか、二人とは再び仲良くなった。夏休みには三人でカラオケに行ったりして遊んだほどだ。

 カラオケで、瀬戸に言われた言葉を思い出す。


「おい諏訪すわ! お前、彼女に返事したのかよ?」

「いや、まだだけど……」

「はぁ!?」

 二人が驚いた表情で僕を見る。

「お前、早く返事しねーと別の男にとられるぞ!」

「あっ、俺が奪っちゃおうかな」

 あははっと二人は笑った。


「で、実際のところお前はどう思ってるんだよ?」

 カラオケの帰り道、深山と別れ、瀬戸と二人きりになってから訊いてきた。

「自分でも、よく分からない……」

「お前はあの時なんで断ったんだ?」

「それは、白兎に申し訳ないと思ったから……」

「だろ? でもあの音声聴いて、そうじゃないって分かったじゃん! それとも、まだそんなことで悩んでるのか?」

「……」

 僕が答えられずに黙っていると、彼は少し笑って言った。

「自分の気持ちから逃げるなよ」



 気がつくと、いつの間にか始業式が始まっていた。校長先生が壇上で話をし終えるところだった。いつもは長々と続くはずの校長の話も、今日はあっという間に終わったように感じた。

 ふと、クラスの列の一番前に、緒方おがたさんがいるのが見えた。

 あれ? と僕は思った。クラスの列は出席番号順になっている。緒方さんは〝お〟だから、確かに前の方ではあるが、一番前にはならないはずだ。

 なぜ一番前にいるのだろうか……?


 校長先生が壇上から下りると、司会の先生が次に進めた。

「えー、続いて表彰に移ります。まずサッカー部……」

 次々と、夏休み中に行われた大会などの表彰が行われた。何度も何度も拍手をして、少し手も疲れてきた頃だった。

「続きまして、新聞部の表彰です。緒方光莉ひかりさん」

 えっ?

 僕は驚いた。

 今、緒方さんが呼ばれた?

 夏休み中にコンクールに応募してたのだろうか。

 一番前にいた彼女は、立ち上がって壇上へ上がった。少し緊張しているようだった。

 彼女が校長先生の前に立つと、校長先生は賞状を読み上げ始めた。

「賞状 最優秀賞 緒方光莉殿

 あなたは第三十回全日本新聞コンクールにおいて頭書の通り優秀な成績を収められました

 よってその栄誉を称えここに賞します

 令和×年八月二十五日 ××新聞社社長 本郷ほんごう直治なおはる 代読です。おめでとう」

 そう言って、校長先生は彼女に賞状を渡した。彼女はその賞状をうやうやしく受け取ると、校長先生に一礼し、そしてみんなの方へ向いて再び一礼した。

 僕は拍手をしながら思った。

 彼女は夏休み中、白兎の新聞を書いていたはずだ。

 コンクールに出したのはその新聞か? それとももう一つ別の新聞を書いて応募したのだろうか?

 いずれにしても、白兎の新聞はもう書き終わっているということだろう。

 拍手がやんできた頃合いを見計らって、司会の先生が言った。

「えー、尚、緒方さんの受賞作が職員室前に飾られています。是非ご覧ください」


 始業式が終わると、僕は走って体育館を出た。後ろから、先生の怒鳴り声が聞こえてくる。

 しかし僕は止まらなかった。

 渡り廊下を抜け、職員室目掛けて疾走する。

 ふと、僕と同じように走ってくる者が一人、いや、二人いた。瀬戸と深山だった。

 職員室の前の廊下には、まだ誰もいなかった。

 掲示板に、彼女の作品は飾られていた。

 僕ら三人は、掲示板に駆け寄るとそれをじっくりと読んだ。


 その新聞はやはり、白兎についての新聞だった。

 まず最初に書かれていたのは、〝鍵〟のことだった。『亡き友人託した鍵の謎』という見出しが付けられている。そういえば、最初の頃彼女がミステリーがどうのこうのと言っていたのを思い出す。

 それからネタばらしをし、彼の計画に至るまでの経緯が書かれている。彼女が彼に恋愛相談した話から、計画の話まで。流石さすがに僕の名前までは出さずに、某Mくんとなっていたが、計画のところでは、この新聞自体を計画に利用したことも明かしていた。

 彼の顔写真も載っていた。彼はこちらに微笑みかけている。

 更には僕と彼の関係も書いてあった。

 そして、計画の実行のところでは、最後の彼の手紙やレコードのことも書かれていた。驚いたことに、告白した結果、まだ返事待ちだということまで書いてあった。

 瀬戸はニヤニヤしながら僕に言った。

「あーあ、これはヤバイぞ、お前」

「えっ? 何が?」

 僕がどういう意味か考えていると、後ろから声がした。

「くそっ! 誰だ! あの光莉ちゃんの告白にさっさと返事しない奴は!」

 驚いて振り返ると、いつの間にか僕らの後ろには人集ひとだかりが出来ていた。

 瀬戸が僕の耳元でささやいた。

「彼女は学校中の人気者だ。このままじゃ、お前、矢面やおもてに立たされるぞ」

 彼女のファンらしき人達がたくさん集まり、辺りは騒然としていた。更に、女子のグループも新聞の彼の写真を見て、キャーキャー黄色い声をあげていて、僕らはひとまずその場を退散することにした。

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