第三章 調査

 それからしばらくして、再び彼女からチャットがきた。

『今日の放課後、空いてる? どうせ暇だよね? アルカンシエルに集合!』

〝どうせ暇だよね〟の文言が若干かんに障ったが、事実暇だったし、例の鍵についての招集だと思ったので、

『了解』

 と返信した。

 しかし、これは彼女の罠だった。


 放課後、アルカンシエルに行くと彼女は既にいた。今日は店員としてではなく、客としてだった。彼女は何やら勉強している様子だった。

 彼女は僕を見ると、

「おっ、来たね?」

 とニヤニヤしながら言った。なんか、嫌な予感がする。

 彼女は、『はい』と言ってドサッという鈍い音と共に、電話帳のような厚さに積み上げられた大量のプリントを僕の前に置いた。

「……何? これ」

「これ、やって」

「はっ?」

「数学得意なんでしょ?」

「……」


 それは、数学のプリントだった。彼女は数学が苦手で宿題を溜め込んだ結果、こうなってしまったらしい。そこで、数学が得意な僕に手伝わせようとしたというわけだ。

 僕が、

「宿題なんだから自分でやらなきゃ意味ないでしょ?」

 と親みたいなことを言うと、こんな答えが返ってきた。

「目の前に困っている人がいて、自分がそれを解決してあげられるとしたら、普通その人を助けてあげるでしょ? 暇だったら尚更」

 先ほどの〝どうせ暇だよね〟の文言に反論しなかったことを今更ながら後悔した。

「……そういうのなんて言うか知ってる?」

「えっ? 何?」

詭弁きべん

「えー、道理にかなってると思うけどなー」

「宿題を人にやってもらうののどこが道理に適ってるのか、こっちが教えてもらいたいよ」

 なんだろう……、なんて言うか、まるで小学生の子供でも相手にしているかのようだ。

「まさかとは思うけど、こんなことで呼び出した訳じゃないよね?」

「えっ? そのまさかだけど?」

 僕はあきれ返って帰ろうとした。すると、

「待って待って、嘘、冗談だよ!」

 と彼女が笑いながら言った。

「もー、ちょっとからかっただけ。今日呼んだのは、例の鍵について分かったことがあったからだよ」

「えっ?」

 僕は思わず足を止め、振り返った。

「本当?」

「本当だよ! まさかとは思うけど、本当に私がこんなことで君を呼んだと思ってるの?」

 彼女は先ほどと同じようにニヤニヤと笑っている。

「それを教えてあげるから……、その代わりに数学を教えて?」

「結局そうなるのかよ! ……まぁ、教えるだけならいいだろう」

 こうして僕は、彼女に数学を教えてあげることになった。



「この二次関数のyの値が常に0以上ってことは、グラフで考えるとx軸よりも下にグラフが来ないってことでしょ?」

「そうだね」

「そうしたら、この二次関数は下に凸のグラフだから、二次関数のグラフがx軸と接するか、もしくは交点を持たなければいいよね?」

「なるほど」

「で、二次関数のグラフがx軸と接するか、交点を持たない時、判別式をDとおくとDが0以下ならば条件を満たすでしょ?」

「確かに」

「だからこの不等号が成り立つんだよ」

「スゴーい!」

「ふー、やっとこれで全部終わったね」

「うん! 水城みずきくんのお陰。ありがとう! また教えてね」

「気が向いたらね」

「えー」

 があるのかどうか分からないので曖昧あいまいに答えておく。

「てか水城くん、教え方上手だね! 将来教師になったら? 数学教師とか似合いそう」

「無理だよ」

「どうして?」

「だって生徒一人一人のことを考えたりとか、そういうの面倒だし」

「えー、素質あると思うのになー」

「それより、約束通り例の鍵の話、かせて」

「あっ、そうだ! 忘れてた」

 彼女はニタニタ笑いながらわざとらしく言うので、僕はにらみつけてやった。


「この間、鍵の写真送ってくれたでしょ?」

「うん」

 少し前に彼女から、鍵の写真を撮って送ってと言われたので、送ったことを思い出した。

「あの写真を鍵師の人に見てもらったの」

「鍵師かぁ、それは思いつかなかった。で、何だって?」

「ピンタンブラー錠っていう種類の鍵で間違いないだろうって」

「ピンタンブラー錠?」

「うん。鍵穴の内部に、違う高さに切れ込みの入ったピンが何本か入ってて、鍵のギザギザでそのピンを押し上げたときに、切れ込みの位置がそろったら鍵が回るっていう仕組みらしい」

「へー」

「用途としては、主に昔の住宅の鍵、あとは南京錠なんかにも使われてるって」

「家の鍵なんて僕に渡すわけないし、やっぱり南京錠かぁ……」

「うん、私もそう思う」

「で、これからどうする?」

「よし! じゃあ行ってみようか! 今度の週末空いてる?」

「えっ? 空いてるけど……って、ちょっと待って、どこに行く気?」

「もちろん中学校に決まってるでしょ?」

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