第二章 取材

 翌日、流石さすがに二日連続で学校を休む度胸はなかったので、僕は学校に行った。


 授業はいつも通り退屈だった。新学期最初の授業だったので、授業と言うよりもむしろ、どうでもいい先生の自己紹介ばかりだった。

 休み時間はいつものように誰とも話すことなく、一人で読書にふけっていた。昨日話し掛けてきた彼女は、今日もたくさんの友達に囲まれて楽しそうにおしゃべりをしていた。

 極々いつも通りの生活を、今日も過ごすだろうなと、思っていた。


 ところが昼休み。非日常的なことが起こった。

 僕が昼食を食べに、食堂へ行こうと教室を出たとき、彼女が話し掛けてきたのだ。

「どこに行くの?」

「食堂に」

「じゃあ私も行く」

「はっ?」

 どうやら彼女にしては珍しく、お弁当を持ってきていないようだった。

 断ったとしても、ついてくるか否かは彼女次第である。僕が食堂に向かって歩き出すと、彼女は後からついてきた。


 周囲の視線が、身体中に痛い程刺さる。

 当然だ。方や人気の高い女子、方や根暗な男子。端から見たら、非常に奇異な光景に見えるだろう。ついてくるのは食堂までだと思ったのだが、なぜか彼女は同じテーブルに座った。

 話すこともないので無言で食べていると、耐え兼ねたのか彼女が話し掛けてきた。

水城みずきくんって、夢とか就きたい職業とかあるの?」

「いや、特にない」

「親は何の職業してるの?」

「普通に会社員」

「……なんか、フツーだね……、得意教科は?」

「数学」

「へー、意外! いつも本読んでるから、国語が好きなのかと思った」

「君は、『得意教科は?』って聞いたじゃん。必ずしも得意教科と好きな教科が一致するとは限らないよ」

「それもそうだね。特技は?」

「特技かどうか分からないけど、ヴァイオリン」

「やっぱり! じゃあ……、今彼女とかいるの?」

「あのさ、これ何かの面接?」

「違うよ。ただの個人的興味からの質問。私、中学の頃から一緒だったのに、水城くんのこと全然知らないなって思って」

「わかった、今まで何も言わずに答えてきた僕が悪かった」

「ごめんごめん。私にも何か質問していいよ」

「別に興味ないからいいよ。じゃあね」

 そう言って、僕は食堂を出た。彼女が後からついてくることは、なかった。


 だがその日のイレギュラーは、それだけでは終わらなかった。その日の放課後、下駄箱でローファーに履き替えようと靴箱を開けると、中に何やら折り畳まれた紙切れのようなものが、入っていた。手にとって広げてみると、

『放課後、お話があります。ここで待っています。 光莉ひかり

 と、書いてあった。その下には、

『喫茶 アルカンシエル』

 と書いてある。

 彼女の指定したカフェを僕は知らなかったのでスマホで検索してみると、そのカフェは学校からの帰り道の途中にあった。昨日初めて話したばかりの僕に一体何を聞きたいのか、皆目かいもく見当もつかない。また昼休みのときのように質問攻めに遭うのは御免ごめんだったが、かと言って彼女を待たせたままにしておくと後々面倒くさい予感がしたので、仕方なく行くことにした。



 そのカフェはとてもお洒落しゃれで、かといって決して派手ではなく、僕にはとても居心地の良さそうな雰囲気だった。

 店内に入ると僕は驚いた。それはお店がお洒落だったからではない。居心地の良さそうだったからでもない。既に彼女が居たからだ。それも、客としてではなく、店員として。

「いらっしゃいませ! あっ! 来た来た」

 彼女は僕を見ると席に案内し、他の店員と何やら話した後、僕の向かいの席に座った。


「いきなり呼び出しちゃってごめんねー。驚いたでしょ? 私、ここでバイトしてるんだ。中学の頃からずっと続けてるの」

「バイト、大丈夫なの?」

「うん、今先輩に頼んで休憩もらったから」

「そう。で、話ってなに?」

「実は新聞部で今度、【彼】についての記事を書くことになって、それで【彼】のことについて取材したくて呼んだんだけど……」

 どうやら彼女は新聞部に所属しているらしい。

「【彼】のこと?」

「うん。ほら水城くん、【彼】と仲良かったでしょ? だから、【彼】のことなら水城くんに聞くのが一番かなって」

 なるほど。確かに僕は、生前の【彼】と親しかった。もっとも【彼】は、誰とでも仲良くなれるような人だったからクラスみんなと仲が良かったのだけれども、僕と【彼】は幼馴染おさななじみだったのもあってか、とりわけ仲が良かった。それで僕に白羽の矢が立ったのだろう。

 ちょうどその時店員がやって来て、紅茶が二つ運ばれてきた。一つは彼女に、もう一つは僕の前に置かれた。

「えっ? あの、頼んでないですけど……?」

 僕が驚いて店員の方を見ると、向かいの彼女が言った。

「いいの。私からのサービス。ここの紅茶、美味しいの」

「……ありがとう」


「で、【彼】の何について話せばいいの?」

 紅茶を飲んで一息吐くと、僕は話を戻した。

「辛いことを思い出させるようで申し訳無いんだけど、【彼】についてできる限り話してほしいの。もちろん話したくなかったり、思い出したくなかったりする部分は省いてもいいから」

 と彼女は言った。

 確かに僕にとって、【彼】は唯一の親友で、大事な人で、【彼】の話をするとなると否が応でも【彼】の死を思い出してしまうだろう。でもなぜだか、なんと無く、彼女の【彼】のことを新聞にするというアイデアはいいと思った。

「……わかった。いいよ。話しても」

「本当? ありがとう!」


 こうして僕は、【彼】との思い出を述懐し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る