エピローグ

エピローグ ママは世界一のヒーロー

 ——今回お話を伺うのは、話題のレアメタル・ハンター、カンザキ・シュカさんです。よろしくお願いします。


カンザキ:よろしくお願いします。


 ——実はカンザキさんには、以前にも本誌の取材を受けていただいているんですよね。


カンザキ:当時は結婚前だったので、旧姓のユノキでしたね。また会いにきてくださって嬉しいです(笑)


 ——(笑)

   さて。国じゅうに衝撃を与えたあの事件から二週間、一躍ヒーローとなったカンザキさん。一般の方が撮影した、暴走した兵器にカンザキさんがとどめを刺す動画の再生回数は、既に一千万回を突破しています。あの巨大な兵器に立ち向かった時、どんなお気持ちだったのでしょうか。


カンザキ:実はあの時、負傷していたんです。でも、その傷の痛みを忘れるくらい必死でしたね。とにかく早くコアを砕かなきゃって。


 ——怪我をされていたことには全く気付きませんでした。


カンザキ:信頼する仲間たちがいましたから。私一人の力じゃありません。チームの皆と一緒に、普段通りクリーチャーを解体しただけです。


 ——カンザキさんをはじめ、ノース・リサイクルセンターの皆さんがいらっしゃらなかったら、もっと甚大な被害が出ていたに違いありません。あの新兵器が、普段ハンターの皆さんが相手にしているスクラップ・クリーチャーと同じ機構のものだったというのは、皮肉でありながら幸運なことでしたね。


カンザキ:うーん、幸運というか、結果的に自分たちがしてきたことの後始末をしたようなものです。だから、ヒーローだなんてとんでもない。助けられなかった人たちも大勢いますし。


 ——今回、犠牲になった方もいらっしゃるので、一方向から言い切ることは決して適切ではないんですが……もし戦争が始まっていたら、もっと多くの命が失われていたでしょうね。


カンザキ:大切な人を失うのは、何が原因であっても辛いものです。数字だけで割り切れることじゃありません。だからこそ兵器とか戦争とか、犠牲ありきの安寧なんて初めから考えるべきじゃない。他でもない私がそう思うこと自体、烏滸おこがましいんですけど。


 ——いいえ、国民の多くがカンザキさんたちに感謝していますよ。それに、カンザキさんのご主人だって被害者の一人でしょう。お辛かったですね。


カンザキ:(しばらく言葉に詰まる)すみません。お気遣い、痛み入ります。


 ——ところで、カンザキさんは一児のお母さんでもいらっしゃるんですよね。お子さんはどんな反応でしたか?


カンザキ:六歳の男の子なんですが、最近は私の真似だとか言って剣を振ってますね。『スカイソルジャーゼータ』の(笑)


 ——本物のヒーローですもんね(笑)


カンザキ:またそれを言う(笑) でも実のところ、私が本当に守りたいものって、息子だけなんです。世界平和のために戦うんじゃなくて、ただ単に我が子が大事なんです。彼が何の心配もなく笑っていられる世界であればいい。


 ——確かに、ヒーローなどと言ってしまうと、絶対的に強い存在のように思えてしまいますが、私たちと何ら変わりない一個人なんですよね。カンザキさんを英雄視しただけで終わってはいけない。自分や家族の人生を守るためにどうすればいいのか、我々一人ひとりが当事者意識を持って考えなければいけないなと感じました。


カンザキ:そうですね、本当にそう思います。


 ——お話できて良かったです。ありがとうございました。


カンザキ:こちらこそ、ありがとうございました。


(『月刊ARMY Net』特別号より)



 ■ ■ ■



「来たわねヒーロー。じゃなくて、スーパーウーマンだっけ」


 通い慣れた店の見慣れた赤い扉を開けるなり、昔馴染みの店主からそんな声が掛かった。


「どっちも微妙! やめてよ、ジェニーちゃんまで」

「冗談よ。いらっしゃい! 久しぶりね、シュカにイチ坊」

「ジェニーちゃん、こんにちは!」


 鮮やかな黄色のカウンター。その下に並んだ深い赤紫色のスツールに、いつも通り母子は隣り合わせて腰掛ける。

 相変わらずご機嫌なこの店は、ランチタイムとはいえ閑散としている。


 ジェニーがすぐにお冷やを出してくれた。


「誰もいなくてちょうど良かったわ。今のアンタ、超有名人だもん」

「んー、まあね……しかし、なかなか景気は厳しいままだね」

「でも、戦争始まるよりよっぽどマシよ。お偉方もあの一件で目が覚めたんじゃない?」


 百十三名もの死者を出した新兵器の暴走事故から、約ひと月が経つ。

 当然、海の向こうの大帝国への宣戦布告は中止となった。国は自らの起こした大過の後始末に追われている最中だ。


 当初、軍部はあの兵器にまつわる秘密を隠蔽しようとしていた。

 しかしの手によって、兵器とスクラップ・クリーチャーとの関連や、その動力部の機構に人骨が使われていた事実が、国内メディアにリークされた。

 以降、軍部に対する国民の批判は高まる一方だ。


 同時に、ノース・リサイクルセンターのハンターチームが兵器開発に絡んでいたことも明るみに出た。

 だが、シュカが積極的にメディアへ露出することでむしろ人々の同情を引き、今や悲劇の英雄扱いだ。

 シュカとしてはもちろん心からの本意ではないが、自分たちの名誉や国の未来を守るために、境遇や容姿をもしたたかに利用しようと決めた。

 それが、と立てた作戦だったのだ。


「お偉方と言えば、あのニュース。マチダさんだっけ?」

「あぁ、うん、そう」

「物騒よねぇ。まさか軍を辞めた直後に射殺されちゃうなんて」

「まぁ、因果応報じゃないかな」

「そういうもの?」

「そういうもの」


 マチダは一連の件の責任者として、複数名の幹部と共に任を解かれ、その後すぐに軍を辞めた。

 彼が自宅近くで狙撃され命を落としたと報道があったのは、つい二日前のことだ。

 噂によれば、国内の各方面から戦争協力を取り付けるにあたって、ずいぶん汚いことをしていたらしい。

 要するに、報復を受けたのだ。まさに身から出た錆である。


 ざまぁ見さらせ、とシュカは思っていた。

 たぶん、ハンターチーム全員そう思っている。


 二人の注文を受けて調理に取り掛かったジェニーが、筋骨隆々とした広い背中をこちらに向けながら言った。


「その事件のこともそうだけど、街の状況はまだまだ落ち着かないわよね」

「仕方ないよ、今はね」


 壊滅状態だったノース・シティの中枢部は、市内の別の施設に拠点を移し、やっと業務を再開したところだ。

 連日、街には国内外から軍やボランティアがやってきて、復興作業を進めている。

 中でも人数が多いのは、他でもないの陸軍兵だ。


「そう言えば、向こうさんにはあの兵器の話はどう伝わってるわけ? 自分とこに攻撃を仕掛けようとしてたうちの国を支援してくれてるわけでしょ?」

「最初はただの大規模災害による被害だって誤魔化そうとしてたみたいだけどね。まぁ、このネット社会じゃバレるでしょ」


 そもそも、全国ネットの生中継中に兵器が暴走したのが、軍部にとっての運の尽きだっただろう。


「向こうとしては、同盟国の繋がりが切れてない以上は無視するわけにもいかないだろうし、こうやって抱き込んじゃった方が都合がいいんだと思う。下手に戦争なんかしたって、国が疲弊するだけだからさ」

「そりゃそうよね。勝っても負けても傷は残るんだもの。うちの国の上の方の人たちがどうかしてたんだわ。今の世の動きは怪我の功名みたいなもんよね」


 最近、大帝国に本社を置く企業が数社、我が国の機械技術に興味を示していると報道があったばかりだ。

 どうやら、あの兵器の機構を利用して大掛かりな無人掘削装置を作り、海底から天然資源を掘り出すプロジェクトが持ち掛けられているようだ。

 なお、コアの触媒には人工家畜の骨を使用するらしい。


「初めからそういう方向で外交を頑張れば良かったんだよ。技術は前向きなことに活かさなきゃ」

「何はともあれ、アタシはこれで良かったと思うわ。イチ坊には戦争を知らずに育ってほしいしね」


 レジ台のガラスケースに鼻をくっつけてミニカーを眺めるイチに、ジェニーは目を細める。オーブンとフライヤーのタイマーがほぼ同時に鳴り、その話題はそこで終わった。


 見事に盛り付けられたハンバーガーのプレートがシュカの目の前に置かれる。

 イチと並んで手を合わせ、一口目をいただこうとしたその時。


『クリーチャー出現。ハンターチームは第四ゲート外に集合のこと』


 トバリからの思念話メッセージである。


「うっそ」

「シュカ、どうかした?」

「出動かかった。行かなきゃ」

「えっ……ぼく、おなかすいた……」

「うーん、困ったな……」


 何しろ今日は休日なので、保育園もお休みなのだ。

 ジェニーが小首を傾げる。


「どのくらい掛かりそうなの?」

「たぶん、それほどは。だいたい雑魚ばっかりだから」

「良ければ、その間イチ坊見てるわよ」

「えっ、いいの?」

「いいわよ、どうせお客さんも来ないだろうし。イチ坊も大丈夫よね。アタシと一緒にここでお留守番してましょ」

「うん!」

「ありがとうジェニーちゃん! 悪いけど、よろしくね」


 急いで荷物を引っ掴み、赤い扉へと向かう。ドアノブを握ったところで、イチから声が掛かった。


「ママ!」


 振り返れば、ひたむきな視線をシュカに注いで敬礼する息子の姿があった。


「ママ、まちをまもってね」


 じわりと胸が熱くなる。

 戦う理由が、ここにある。


「了解!」


 シュカは敬礼を返すと、店を出て愛車に飛び乗った。




 ノース・リサイクルセンターで装備を整え、第四ゲートを目指す。被害の爪痕があちこちに残る街並みを、風のように疾走する。

 途中、復興作業中の人々から声援を受けた。


「『スパイダー・リリィ』だ!」

「頑張れ!」

「怪物をやっつけて!」


 市民だけでなく、各地から来たボランティアや、なんと大帝国の兵士の姿も見える。


 軽く片手を上げて応じつつ、バイクを駆る。

 第四ゲートを出ると、既にほとんどの仲間たちが集まっていた。


「おはようございまーす」

「シュカさん、おはようございます!」


 既に正午過ぎではあるが、いつもの癖でそんな挨拶を交わす。


「今回の敵はどんな感じ?」

「今日はJー10エリアのワーム穴から大型ビースト一体と、小型が大量に出てきてるみたいです」


 そう答えたエータの真新しい藍色のヘルメットには、射撃の的の半円がデザインされている。

 側面には、『SNIPE SHOOTER』の文字。


「三日に一回ペースで街の近くに出てくるね。キリがないよ」

「少なくとも新たに生まれてる個体はもうないはずなんで、倒し続けたらいつかはいなくなると思うんですけど」

「淡々とそういうこと言うようになったね、エータくん」

「いえ、あのっ……今日も頑張りますっ」


 あの決戦の間に、暴走した兵器のAIによって無数のスクラップ・クリーチャーが生産されていたらしい。衛星映像でも、投棄エリアの内部でひしめき合う鉄屑の怪物たちの姿を確認できる。兵器生成システムを凍結させている今、遠隔操作などもできない状態だ。


 天然レアメタル入手の目処が立つまで、相変わらず国はレアメタルの供給をリサイクルに頼らざるを得ない。

 だが現在、ハンターたちは積極的にクリーチャーを狩ることはしていない。地下を掘り進んで街の近くまで出てきたものだけを倒している。

 それが、国防統括司令部との折衝でトバリが勝ち得た「安定した市民生活を守るための業務」だ。


「じゃあ、今日もさっさと仕事を終わらせよう」

「あ、でもアンジさんがまだ——」


 言うが早いか、猛烈なモーター音が接近してくる。一台のバイクが砂埃を撒き散らしながら、仲間たちの目の前で急停止した。

 バイクを降りたアンジが、ヘルメットのシールドを上げつつ言う。


「すいません、遅れました」

「アンジ、またラストだよ」

「仕方ねぇだろ、デート中だったんだよ。この調子じゃ、また振られちまう」

「あんたの場合、仕事が原因じゃないと思うけどね……」


 なお、ハスミにはあの事件後早々に振られたらしい。「アンジさんにはもっと相応しい人がいる」などと言われたそうだ。

 それをわざわざ報告してくるアンジもどうかと思ったが、とりあえずシュカの知ったことではない。


 トバリの号令が掛かる。


「よし、現地へ向かう!」


 しかし、その直後。


「あー……あれ見て」


 どこまでも続く不毛の大地の果てから現れたのは、大きな獣のシルエットだ。その後ろに追従するように、小さな影が無数にわらわら湧いている。


「来ちゃったか」

「来ちゃったね」


 トバリがブレード・ウェポンを抜いて長刀に変形させ、迫り来る怪物の群れへと向けた。


「ハンターチーム総員、戦闘に備えよ。一匹残らず奴らを滅する!」

「了解!」


 全員の声が揃う。

 第七ゲートの前に立ちはだかるように、ずらりと並んだ十三名のレアメタル・ハンター。

 その中央。長身の相棒と隣り合わせて立つ、ひときわ華やかな輝きを纏う紅一点。

 カンザキ・シュカは今日も戦う。何よりも大切なものを守るために。

 ターゲットを見据え、熱く脈動する胸に手を添えて、彼女はいつも通りその言葉を紡ぐのだ。


「“オペレーション"!」



—レアメタリック・マミィ 了—

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