6ー6 レアメタル・ハンターの存在意義

『【戦闘パターンデモ】は、文字通り戦闘パターンのデモンストレーションだよ。AIを学習させる必要があったからね。君たちに戦ってもらうことで、兵器を鍛えるためのデータを取らせていただいた』


 広い地下室に、機械の作動音が響いていた。しかしマチダの声はそれを縫うように、明確な重みを持って耳に届く。


『IoH(IDEA-net of Human)だよ。君たちの電脳チップ端末のマシン・インターフェイスの記録を、ネットワークを通じて管理していたんだ。これを動作プログラムに組み込むことで、敵のスカイスーツ兵に対応したり、兵器に君たちを模した攻撃をさせることも可能だ。飛行装置を上手く扱える兵士は貴重だからな』


 初めは動きがぎこちなかったクリーチャー。この二十年をかけて、少しずつ進化を遂げてきた。レアメタル・ハンターたちとの『実戦』から、戦い方を学習することによって。


「じゃあ、今まで俺たちがやってきたことは全部……」


 マチダはかぶりを振り、いつも通りの人の良い笑顔を作った。


『いや、もちろんスクラップの中からレアメタルを回収するということに関して、大いに役立っているよ。君たちには、感謝してもしきれないほどだ』


 アンジが細く長く息を吐いた。努めてそうしているのだということが、痛いほど分かる。


 ここまで来たら、はっきりさせねばなるまい。シュカは静かに口を開いた。


「最後に、教えてください。二年前の任務の時に私たちが出会った巨人型……あれは、今回の兵器と同じ個体ですか?」

『同一と言うより、親のようなものだな。二年前の個体は、変形型のプロトタイプだった。あのプログラムデータに改良を加えたのが今回のものだよ。今後はそのコピーをコアに組み込み、量産する予定だ。大帝国との戦争において、きっとを生む』


 シュカの唇が、震える言葉を紡ぐ。


「レ、レイさんは……こんなことのために……?」

『カンザキくんか。彼は非常に優秀なハンターだった。身体能力だけでなく、状況判断力にも秀でていた。惜しい人材だったと思うが、この兵器が完成したのも彼のおかげと言っても過言ではない』

「……どういう、意味ですか」


 マチダは肩をすくめる。


『いや、本件に関するカンザキくんの功績は大きいということだよ』


 何だそれは。騙して利用して、挙げ句の果てに殺しておいて。

 心臓が軋み、肺がきりきりと締め上げられる。酸素が足りない。指先は痺れ、視界が揺れる。

 頭の中に声が響く。


 ——ころせ。


 抑え切れない怒りが、シュカの胸の内をぐるぐると渦巻いている。

 今にも獣が暴れ出しそうだった。


 その時、肩に置かれたアンジの手の力がぐっと強くなった。すんでのところで我に帰る。

 彼の手もまた、酷く震えていたから。

 そこへ自分の手を重ね、浅い呼吸を繰り返す。


『先に言っておくが、この施設の装置を破壊しようとしても無駄だよ。どんな攻撃にも耐え得る特殊な合金でできてるからね。それに、少しでもおかしな動きをしたら……分かるね』


 マチダが自分のうなじを示す。電脳チップがある辺りだ。明らかな脅しである。

 そんな折、エータが小声で囁きかけてくる。


「……あの、すいません、データのコピーが終わったみたいです」


 シュカは果たすべき任務を思い出した。顔を上げ、毅然とした口調で言い放つ。


「センターに帰って、諸々の事実をチームメンバーと共有します。ここのデータもコピーさせてもらいましたから」

『構わないよ。どのみち、いずれ知れる事実だ。知ったところで、君たちにできることはないだろう。そのデータもオンラインに乗せられないよう、特殊な組み方がしてある』


 マチダはなおも泰然としていた。


『新兵器のお披露目は明日の朝だ。その後、大帝国へ向けて宣戦布告をする予定になっている。ノース・リサイクルセンター付けの君たちにも陸軍に戻ってきてもらうつもりだ。それが嫌なら、一般市民に戻ってもらって構わない』


 従うか、引き下がるかしかない選択肢。もし歯向かったら、どんな方法で口を封じられるか分からない。


『じゃあ、気を付けて帰るようにね』


 嫌味でもない、普段の気さくな人柄そのままの言葉。それが却って苛立ちを呼ぶ。まるで取るに足らないと思われているのだ。


 マチダの姿が掻き消え、その向こうにある無機質な操作パネルが視界に入る。画面には【書き込み終了】の文字。


 自分や仲間たちの戦闘データは、くだんの新兵器に使われるのであろう。

 いずれそれが、たくさんの人を殺すのだ。

 そう考えたら、気が遠くなった。


 磨りガラスの向こうのおぞましいもの。

 自分の足元から地続きのところにあったそれに、そうとは知らずに加担していたのだ。


「あの、シュカさん、アンジさん……行きましょう」


 控えめなエータの声にはっとして、シュカは辛うじて頷いた。



 管理棟から外へ出ると、複数の小型スクラップ・クリーチャーが辺りをうろついていた。今までは何の疑問も持たずに蹴散らしていた相手だ。

 この鉄屑の怪物の動力には人骨が使われている。もちろん、どこの誰のものかは知らない。でも、その人にも家族がいたはずだ。


「えっと……どうします?」

「……行こう。目的のデータは手に入れたんだ。こいつらを無意味に壊さなくたっていい。先を急ごう」


 アンジが低くそう言った。

 無性に泣きたい気分だった。それを無視して、シュカはスカイスーツを起動させる。


「飛んで行こうよ。その方が早いし、クリーチャーにも追い付かれないから」


 三人連れ立って飛び、出口を目指す。

 スクラップ投棄エリアを出るまでの間、誰も口を聞かなかった。




 ノース・リサイクルセンターに戻り、マチダから得た情報をトバリに報告した。

 午後二時。第一会議室にいるのは、シュカたち三人とトバリとハスミだけだ。


「そうか、そんな事情だったとは」


 二十年間、第一線でスクラップ・クリーチャーを狩り続けてきた男は、険しい表情で溜め息を吐くように呟いた。


「いろいろ思うところはあるが……黙って見過ごせと言うには、あまりに酷い事実だ」

「例えば、このことをネット上にリークするのは? 兵器に人骨が使われてるって話には、メディアも食い付くんじゃないですかね」


 アンジの提案に、ハスミが首を振る。


「恐らく、難しいと思います。こうなった以上、ハンターの皆さんのアカウントはマチダ室長に監視されているはずです。下手なことをするのは危険ですし、例えどうにかネットに流したとしても、中途半端な情報はデマとして潰されるだけでしょう」


 何にしても時間がなさすぎる。明朝の新兵器お披露目には、どうあっても間に合わないだろう。


「ハスミさんは、何も知らされていなかったわけですね?」

「はい……でも恐らく、私以外の二人の事務官は知っていたんじゃないかと思います。定期的に行われていた上層部の会議に、マチダ室長は彼らを帯同していましたから。佐官相当以上の人しか出席が許されていない会議なんです」


 ハスミは申し訳なさそうに長い睫毛を伏せる。


「実を言うと、弟の死に関して、上層部は何か隠しているんだろうとは思っていました。だけど私一人では何もできなくて、皆さんに頼ってしまいました。まさか、こんな酷い計画が動いてたなんて……」


 その言葉尻は、泡沫のように掻き消えた。

 誰にも彼女を責めることなどできない。シュカはなるべく柔らかいトーンで話題の向きを変えた。


「ハスミさん、私たちが取ってきたデータはどうでした?」

「サイバー攻撃関連のデータは丸ごとあるので、防護プログラムや催眠の解除キーは組めるはずです」

「じゃあ、その防護プログラムを敵国に送り付けるぞって脅しを、国防統括司令部にかけるのは?」


 トバリが唸る。


「危険な賭けであることには変わりないな。ただ、手札は多いに越したことはない。ハスミさん、プログラムの作成をお願いできますか」

「もちろんです。一階のコンピュータをお借りしますね」


 ハスミが部屋から出ていき、トバリと疲れた面々が残る。

 それまで黙っていたエータが、ぽつりと口を開いた。


「なんか……哀しいですね」


 そこで、ふと思い出す。


「あ、そうだ……エータくん、中型ビーストのコアを撃ち抜いてとどめを刺したんです」

「あぁ、あれは見事だったな。そう言うわけでトバリさん、エータは合格です」

「おぉ、そうか。おめでとう」

「いえ……すみません、こんな時に」


 当のエータが困ったような顔をする。アンジは軽く俯いた。


「いや、逆に悪かったよ。妙なことになっちまったから」


 一瞬の静寂が訪れる。

 空調がぶぅんと唸った。少し冷房が効き過ぎている。任務時の汗はすっかり引いて、体温を奪うばかりだ。


「でも、さ。今回の任務、エータくんがいて良かったと思うんだよ。私もアンジも、途中から冷静じゃなかったし」


 口角を上げてみせると、エータはほんの僅かに目を細め、小さく首を振った。


「ともあれ、三人ともご苦労だった。私は一度マチダ室長に連絡を取ってみる。チーム全体への話は、夕方からの臨時ミーティングで改めてしようと思う。それまで君たちは休んでいなさい」

「了解しました」


 トバリの労いを受け、三人は第一会議室を後にした。



 シュカは二人と別れ、地下へと赴いた。そして訓練場に併設されているシャワー室で汗を流す。その程度でもやもやした気持ちが晴れるはずもなかったが、多少ばかり頭は冷えた。

 アンジとエータが、その時間をどう過ごしていたのかは分からない。一緒にいたところで気楽な会話ができるとも思えなくて、敢えて顔を合わせずに済む場所を選んだのだ。


 温い湯が頭の天辺からつま先までを流れ落ちていく。

 水流を避けて瞑った瞼の裏に、先ほど目にした光景がありありと蘇る。


 最愛の人を模した素体の、あまりに見覚えのある動作。

 思わず胸を掻き毟りたい衝動に駆られた。心が千々に乱れている。これがただの悪い夢だったら、どれだけ良かっただろうか。


 正面の鏡に映った自分の顔は、死人のように蒼ざめていた。

 今にも崩れ去ってしまいそうな己の輪郭。それを辛うじて繋ぎ止めているのは、胸の奥に小さく灯った光のような、愛しい我が子の存在だけだった。

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