6ー2 突き進む覚悟

 ハスミは第一会議室に揃ったハンターチームの面々をゆっくりと見回しながら言った。


「あの爆破事件で弟が操られた時のプログラミングデータがあれば、類似のコードを検出して発動を防ぐプログラムを組めると思います。メッセージで送られたファイルも、元データを解析すれば催眠を解除するコードが分かるはずです」


 以前、サイバー情報部の所属だったので……と彼女は付け加える。


「しかし先ほど申し上げた通り、投棄エリア管理棟のコンピュータへの、オンラインでの侵入は困難です。そうなると、データの入手方法はただ一つ……」


 トバリが後を引き継ぐ。


「すなわち、そのコンピュータを直接調べるしかない。該当データのコピーを持ち帰れば、ハスミさんが真に有効な防壁プログラムを作ってくれるということだ」

「あぁ、なるほど。それでハンターチームのメンバーであのエリアへ出向こうってことですね」


 やっとシュカの中で合点がいった。

 ハスミが、今度は遠慮がちに目を伏せる。


「とは言え、あのエリアは普段閉鎖されていますし、スクラップ・クリーチャーの数も多いでしょう。もし、また例の怪物が現れて、ハンターの皆さんが危険な目に遭ったら……。そういうことも含めて、トバリさんにご指示を仰いだんです」


 聡明な人だと思った。清楚な見た目に反して意外なほど行動力があり、堅実で、慎重で、冷静だ。


「さて、そこで皆の意思を問いたい。もちろん、上から指示があるまでワームを狩り続けるという選択肢もある。だが、今一度あの特殊なクリーチャーが出現したら、現状のままでは何一つとて対抗手段がない。再びサイバー攻撃を仕掛けられるかもしれない。少し危険な橋を渡ることにはなるが、投棄エリアの奥まで調査に行くことについて、何か異論のある者はいるか」


 トバリの低い声は、静かでもよく通る。決して威圧的ではないが、それが重要なことだと沁み入るように理解できる。

 憎まれ口屋のヒガシが、いつになく真面目な表情で応えた。


「あの時シュカさんが来てくれなかったら、俺はきっと死んでました。何の対策もないままアレとまた戦うなんて、考えたくもない。それに比べたら投棄エリアくらいどうってことないっすよ」


 彼と仲の良いニシクラを始め、中堅ハンターたちが後に続く。


「ちゃんと然るべき準備をして、次こそはあのデカブツを倒しましょう」

「操られるのはごめんです」

「街を守れるのは俺たちしかいないんだ」


 メンバーの士気は上がっている。

 シュカとて逸る気持ちはあったが、それを抑えてハスミに水を向けた。


「私も異論はありませんが……ハスミさん自身は大丈夫なんですか? 本来の職務から逸脱するようなことをして、もしバレたら規律違反になりませんか?」


 自分たちのような出世コースを外れた出向組はともかく、ハスミは国防統括司令部所属のキャリアなのだ。

 彼女の美しくカールした睫毛の下の瞳が、微かに揺れた。だがその奥に強い光が灯っていることに、シュカは気付く。


「……軍の上層部を、信用できないんです。あの人たちは私の弟を守ってくれませんでした。今回もまた戦争準備の裏側で、レアメタル・ハンターの皆さんを蔑ろにしている。そういうの、たくさんなんです。私にできることがあるなら、ぜひお手伝いさせてください。もう二度と、後悔を残したくないから」


 きっとこれは、ハスミにとっての戦いなのだ。弟の無実を証明した上で、その仇と上層部に一矢報いるための。そして、これ以上に誰かが犠牲になることがないようにと。


 トバリが再び口を開く。


「仮にプログラムを作っていただいたとしても、オンラインに乗せるのには危険が伴う。敵がネットを監視している可能性もあるからな。ハスミさん、帰省は明日までですか?」

「そうですね。週明けから忙しくなるので、しばらくこちらへは来られないかと。データさえいただければ、すぐにプログラムを組めます。そのための用意をしてきました」

「分かりました」


 トバリは大きく頷き、部下たちの顔を見渡す。


「急ではあるが、明朝、スクラップ投棄エリア管理棟の調査を行いたい。メンバーは——」

「私に行かせてください」


 真っ先に手を挙げたのはシュカだ。


「シュカ……君は少し休んだ方がいい」

「いえ、大丈夫です。もう十分お休みをいただきました」

「そういうことを言っているのではない。君自身が休養すべきだと言っているのだ。息子さんについているだけでも大変だろう」


 シュカは小さく眉根を寄せた。


「この三日間、私は息子に対して何もしてやれてないんです。何もできないから、後ろ向きなことばかり考えていました。私にとっては、そっちの方がずっと苦しいんです」


 レイに続いて、イチまで喪うことになってしまったら。

 そんな時にじっとしているのは、息を止めているのと同じだ。


「だから、お願いします。私に行かせてください。少しでも息子を助けられる可能性があるなら、どんなことでもします」


 心臓が騒いでいた。シュカを突き動かしているのは、高揚感にも似た切実な祈りだった。まるで、地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸に手を伸ばすかのような。

 トバリは鋭い眼光でシュカを見据えている。そして、低い声で言う。


「だからこそ、今の君に行かせるのは不安なのだ」

「どうしてですか。私は——」

「あっ、じゃあ、こういうのはどうです?」


 割って入ったのはアンジだ。


「俺も行きます。で、エータも連れていきます」

「ふぇっ? ぼっ、ぼぼぼ僕もですか?」


 それまでどこか他人事のような顔で話を聞いていたエータが、素っ頓狂な声を出す。


「あ、あの、投棄エリアって、強いクリーチャーがうようよいるんですよね? 僕まだそんなに上手く飛べませんし、足引っ張っちゃいますよ」

「いや、今回は積極的に狩りをするわけじゃねぇよ。戦いを避けつつエリアの奥まで行って、管理棟に何があるのか調べて、データがあったら取ってくるだけの話だ。安全第一、命あっての物種、例のクリーチャーに出くわしたら無理せず逃げる! ですよね、トバリさん」

「あぁ、そうだ」

「それに、通常は封鎖されてるあのエリアに入るのに、一応の建前が必要でしょう。そこでだ」


 アンジがパチンと指を鳴らしてエータを差す。


「エータの見習い期間の卒業テストを、今回はちょっと前倒しでやるってことで。エリアへの立ち入り申請は三人までになっちまいますが、三人いれば十分でしょ」


 三年ぶりの新人。卒業テストも、当然三年ぶりだ。

 四年前に平時の狩り場が荒野へ移って以降も、新人の見習い期間最後のオペレーション通過儀礼だけはスクラップ投棄エリアで行なっていたのだ。


「手頃な獲物がいて、イケそうなら狩る。無理だったら、卒業テストは後日改めてやればいい」

「でも、僕……」


 エータはやはり不安げな表情だ。それにも構わず、アンジはにぃっと笑みを作る。


「いいか、スリーマンセルで行くんだ。トップはシュカさん、セカンドがエータで、バックアップが俺。前後でカバーするからそんなに心配いらねぇよ。それにエータは狙撃が得意だろ。三日前ん時だって、ずいぶんたくさん仕留めてたしな。遠隔攻撃できる奴が欲しいんだ。指示は俺が出す。エータはずっとシュカさんについて行けばいい。シュカさんも問題ねぇだろ?」

「まぁ、いいと思うけど……」


 ぽんぽんと話を進めるアンジに、シュカはやや辟易しながら応える。

 エータと視線が合った。その瞬間、彼の顔がぼっと火の点いたように赤くなる。何かを思い出したらしい。


 三人のやりとりを静観していたトバリが、僅かに愁眉を開いた。


「なるほどな、それであれば戦力的にも問題ない。立ち入り申請の理由はいくつか候補があったが、このメンバーで行くならそれがベストだろう」

「どのみちいつかは卒業テストやんなきゃいけねぇわけだし、軍部の連中も今こっちのことは放置ですからね。問題ないでしょ」

「土日の事務は基本的に休止ですが、緊急の申請であれば我々副官がリモートで受理できるようになっています」


 ハスミがそう言い添えると、トバリは頷く。


「異論がなければ、キド・アンジ、カンザキ・シュカ、ミズシマ・エータの三名で明朝〇九〇〇マルキューマルマルより作戦開始だ」


 チームのツートップを含む面子である。異論など出ようはずもない。了解、とあちこちで声が上がる。

 かくして、臨時ミーティングはお開きとなった。




 第一会議室から仲間たちが散り散りになっていく中、シュカはアンジを呼び止めた。


「アンジ、さっきはありがとう」

「ん? 別に、俺も乗りかかった船だしさ。こういうのは一番気楽に行けるメンバーで行くのが良いんだよ。どうせシュカさん、行くって言い出したら誰がどう止めても絶対行くだろ」


 軽い口調でそう言うアンジの隣には、ハスミの姿がある。


「ハスミさんも、ありがとうございました。ご協力いただけて、すごく助かります」

「いえ、救いの手を伸べていただいたのはこちらですから。お力になれるのであれば幸いです」


 ハスミの柔らかな微笑に、凝り固まった心が少し解れた気がした。


「今からメシでも食いに行こうかってミオさんと話してたとこなんだけど、良かったらシュカさんも一緒にどう?」


 アンジの提案に、ぱちりと瞬き一つ。


「あー……ごめん、せっかくだけど、私は病院に戻るよ。イチの様子も気になるし」

「まぁ、そうだよな。じゃあまた明日な」


 アンジに手を振り、ハスミに会釈して別れる。

 余計な気遣いだったか。

 そう思いつつ、シュカは職場を後にし、また病院へと向かった。

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