4ー7 真実は闇の中

「……実は私、弟さんと少し喋ったんです。彼の方から声を掛けてくれて。高校の後輩だということも聞きました」


 頭の中を検索しながら、シュカは当時のことを思い出す。

 ヘルメットの内蔵インカムを通さず、直接話し掛けられたのだ。あの会話は、シュカと彼しか知らない。

 朗らかで、どことなくやんちゃな印象だった。ごく普通の青年だ。


「彼、確かにテロを起こすような感じではありませんでしたね。だからあの映像を見ても、いまいち信じられなくて。私、弟さんと握手する約束をしてたんですよ、任務が終わった後にって」


 アンジが首を傾げる。


「握手?」

「私のファンだったみたい」

「へぇ……」

「弟から、ユノキさん——カンザキさんのことを聞いたことがあったんです。ノース・リサイクルセンターのハンターチームに、高校の先輩がいるんだって。憧れの人と、そんな約束をしてたんですもの。やっぱりあの子がテロを起こしたなんて、何かの間違いなんだわ……」


 初対面の時、シュカを見つめる彼女から感じた機微の正体が、分かった気がした。そんなことまで話していたのなら、よほど仲の良い姉弟だったに違いない。

 弟の無実を信じたい気持ちは分かるが、だとすれば監視カメラに映っていたものをどう説明しようと言うのか。


 シュカは僅かに眉根を寄せる。

 あの映像には、何か違和感があった。それを上手く捉えきれないまま、シュカは慎重に言葉を選ぶ。


「あの、ハスミさん、例の映像がフェイクっていう可能性は?」

「私もそれを疑って映像データをこっそり調べたんですが、加工された形跡は一切ありませんでした……」

「んー……そうですか」


 やはり、事実は事実なのである。

 アンジは腕組みして小さく唸った。


「何にしても、例の任務の時って全体的に変な感じだったよな。クリーチャーたちの様子も今までとはちょっと違ったし、加えてこの、いわゆる自爆? 何がどうとも言えねぇんだけど、何か気持ち悪いっていうか」

「確かにね。あの三人の兵士たち、映像を見る限りでは何の迷いもなさそうだったよね。いったいどうしてそこまで……?」

「それもおかしいと思わねぇか? 一人じゃなくて、三人同時に自爆だぞ。誰か一人ぐらい躊躇って動きが遅れても良さそうなもんだろ」


 あぁ、それだ。


「おかしいと言えば、あの三人が行動を起こす前だよ。それまでピシッと立ってたのが、急に姿勢を崩したでしょ。それも三人同時だった。どうしたんだろうって、ちょっと引っ掛かったんだ。あのタイミングに何かあったんじゃないかって——」


 そこで、ふと閃いたことがあった。


「ねぇ、そう言えば、あの光。関係ないかな?」

「光?」

「私、アンジに話したよね。爆発の前に、何かがチカチカ光ってたって」

「あぁ、あれか、思い出した。二回くらい見たとか言ってたよな」

「そうそう。あれ、ひょっとして何かの合図だったのかも。エリアの奥の方に人の形みたいな影があって、それの頭の部分が光ってるように見えたんだよ。そのことをトバリさんに報告しようとした直後に、あの爆発があった。タイミング的には合うよ」


 だんだんと記憶がクリアになってくる。あの光に気を取られていて、背後からの爆風に煽られたのだ。


「なぁ、あの自爆の直前、兵士の一人が開閉スイッチを押したよな」

「うん、爆発でパネルの配線が焼き切れたせいで、扉が開きっ放しになったんだよね」

「……その後にスクラップ・ビーストが現れて、出口目掛けて突進した、よな……」

「……そうだね」


 それをトバリが追っていって、戦いの末に左腕を失ったのだ。


「まさか、クリーチャーが兵士たちに指示して操ったってか?」


 アンジの言葉に、シュカは乾いた笑いを漏らして首を振る。


「いや、まさか……ねぇ、今まで一度でもそんなことあった? さすがに突拍子もないよ」

「でも、完全に否定することもできねぇだろ。何しろ、スクラップ・クリーチャーの生態は未だに解明されてねぇんだからさ。少なくとも、あの大型ビーストは明らかに他の個体を扇動してた」

「まぁ、確かに」

「二十年前の謎の隕石の影響で、ガラクタの中の機械が生き返ったんだろ。俺らなんて全身に機械を纏ってるようなもんだしな。通信機器だってある。ヘルメットのインカムとか、電脳チップ端末とか」


 アンジの言う通りだ。そう考えるとひたすらに得体が知れず、気持ち悪い。電脳チップの埋まったうなじの辺りがぞわりとした。


「ねぇ……私たち、何を相手に戦ってるんだろうね」


 それは、この数ヶ月で何度か抱いた疑問だった。

 シュカはハスミに向き直る。


「ハスミさん、この件、うちの統括リーダーに話しても大丈夫ですか? もちろん、ハスミさんから相談を受けたことは軍部にバレないようにしますから」

「えぇ、あの……トバリさんだったら、信頼できる方だと思いますので」

「すいません、弟さんの話だったのに。私たちも普段相手にしてるクリーチャーのことをよく分かっていなくて。弟さんが何かに操られてあんなことをしたという可能性も含めて、対策をしたいんです」


 そして凛とした眼差しで、ぴしりと敬礼する。


「貴重な情報をいただき、ありがとうございます。大したお力になれず、申し訳ありません」


 ハスミがきょとんとした顔になった。


「あ……いえ、こちらこそ、こんな話をちゃんと聞いてくださって、ありがとうございました。あ、あのっ……、カンザキさんとお話しできて、良かったです」


 そして白い頬を朱に染め、どこか泣き笑いのような表情で、丁寧な敬礼を返してくる。

 一方のアンジは、いつも通りのへらへらした様子だ。


「いやー、やっぱシュカさんに相談して正解だったわ。さすがは我らがエース、頼りになるぜ」

「……アンジ、そこはカッコつけるとこなんじゃないの?」

「だってシュカさん、いいとこ全部持ってっちまうんだもん。こういう時は上手く振ってくれよ」

「は? 生温いこと言ってんじゃないわ。テメェの見せ場はテメェで作りな」

「えっ何……シュカさんかっけぇんだけど」


 妙に軽いノリのやりとりを見ていたハスミが、小さく吹き出す。


「ふふっ……ありがとうございます、お二人とも、本当に……」


 蕾の綻ぶような笑顔だった。

 二人はちらりと視線を合わせ、それぞれ肩をすくめて彼女に応じた。



 そのまま店で夕食を終えたアンジとハスミを見送ると、店内に静けさが戻ってきた。今は他に一組の客がいるだけである。


「シュカ、大丈夫だったの? 機密がどうとか言ってたけど」


 ジェニーにそう問われ、シュカは笑みを作る。


「うん、まぁね。ごめん、なんかバタバタしちゃって」

「いいのよ別に、あの人たちも食事してってくれたしね。それよりアンタよ。何でもいいけど、あんまり無茶なことするんじゃないわよ。アンタ、いつも突っ走るから」


 ひやりと冷たいものが胸の中に入り込んでくる。

 あの映像の光景が、脳裏に焼き付いていた。何かに操られるようにして命を落とした兵士たちの姿が。


 もしかしたら、ああなっていたのは自分だったかもしれないのだ。


 ——私たち、何を相手に戦ってるんだろうね。


 焦点を彷徨わせた視界に、イチの姿が映り込む。酷く眠そうな様子だ。先ほどまで散々アンジに遊んでもらっていたので、はしゃぎ疲れたのだろう。

 自分によく似た赤茶色の柔らかい髪を撫でてやる。


「……大丈夫だよ」


 ぽつりと零れた言葉は、誰に向けてのものだったのか。


 死ぬわけにはいかない。

 例えどんな敵であったとしても、狩りを続けなければならないのだ。

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