第3章 過去

3ー1 レイ

 彼との出会いは、十年前に遡る。

 シュカが陸軍入隊五年目の年にノース・リサイクルセンター本部へ出向となり、指導担当として付いたのが、彼だったのだ。


「カンザキ・レイだ。分からないことがあったら、何でも気軽に訊いてくれ」


 シュカが知っている中でも、一、二を争う大柄な男だった。百九十センチを超える身長。頑丈そうな太い首、肩から腕にかけての隆々とした筋肉。鎧のごとき上半身に、がっしりと安定感のある下半身。

 だが、清潔感のある短髪にすっと通った鼻筋で、涼やかな偉丈夫という第一印象だったことを覚えている。


 陸軍時代に、彼の噂を耳にしたことがあった。

 閃光さながらに敵地を駆け抜け、瞬く間にクリーチャーを一掃する。ブレード・ウェポンの形状は、その体躯に相応しい巨大な斧。

 『LIGHTNING TITAN』。そんなハンターネームを持つ、ノース・リサイクルセンター本部の不動のエース。

 見た目の印象や戦闘スタイルに反して、レイは理性的で温厚な男だった。

 後輩の面倒見も良く、だからこそ新人の指導担当を任されていたのだ。


 レアメタル・ハンターたちの狩り場がまだスクラップ投棄エリア内で、相手にするのはほとんどが小型クリーチャーだった時代。

 正直、シュカは拍子抜けしていた。任務は全く大したことがない。物足りないとすら思えた。

 スカイスーツの操作も、先輩たちより自分の方が上手うわてのように感じた。


 ここでなら、女の自分でも成果を上げられる。


 広いエリア内を、シュカはしばしば一人で駆け回り、大量の敵を狩った。

 一体でも多く、チームの誰よりも多く、と。


 それを、レイからたびたび諌められた。


「シュカ、一人で突っ走り過ぎるな。周りをよく見ろ。がむしゃらに攻撃することだけが強さじゃない。まずは自分自身を大事にして、今すべきことを判断するんだ」


 シュカは、そんなレイに反発心を抱いた。

 自分を大事にしろ、なんて。まるで小娘扱いだ、と。


 ある日のオペレーション終了後、またいつもと同じ指摘を受け、とうとう反論してしまった。


「守りに入ってしまったら、それだけ攻撃の手が減ります。攻撃は最大の防御。私はそう思います」

「それはある意味では正解だ。ただし、冷静な判断ができている時に限ってのことだな。引くべき時、守るべき時を見極めることが大事なんだ」


 淡々と諭してくるレイに対し、また馬鹿にされていると、シュカはますます苛立った。


「……冷静に判断しているつもりです」


 努めて抑えた声でそう言うと、レイは「フォローはするよ」と微笑んだ。


 調子が狂う。訳もなくむしゃくしゃした。

 仕事が終わり、どうにか気を紛らわそうとに連絡したが、こういう時に限って捕まらない。


 まぁいい。戦績さえ上げれば、レイだって何も言わなくなるはずだ。そう考えたシュカは、ますます意固地になった。

 スカイスーツで飛び回り、相手を撹乱する。

 敵の群れに向かって思い切り銃を乱射する。

 手当たり次第に雑魚を殴り付け、蹴散らす。

 時には中型の個体に対してすら、一人で立ち向かっていった。

 

 それが自分の強さなのだと、そう思い込んでいた。



 シュカが配属されてから半年が経つ頃。

 その一件は、新人ハンターの見習い期間最後のオペレーション時に起きた。それを終えたらハンターネームを決め、正式なレアメタル・ハンターとして認められるという、大事な任務の最中のことだ。


 シュカはレイやトバリとスリーマンセルを組み、中型のスクラップ・ドラゴンをターゲットとして追っていた。

 中型とはいえ、機械の翼によって短距離の飛行が可能で、かつ頑丈な身体を持つ、油断のならない相手だ。そのレベルの敵にとどめを刺すことが、新人の通過儀礼だったのだ。


 飛行装置を操作して、空飛ぶ竜を挑発するように攻撃を仕掛ける。そうして自分を敵と認識させ、対峙する。

 スクラップ・ドラゴンの飛行速度は、その身体の重さから決して速くはない。また、舞い上がる高さもせいぜい五メートル程度だ。

 だが、この時の相手は例外だった。平均的な個体よりも翼が大きくて、予想より速く、高く飛んだのだ。


「シュカ、俺とトバリさんで援護する。あいつの動きを止めるから、お前はコアを狙え」

「必要ありません。私一人で倒します」


 レイの指示を無視し、単身で突っ込む。

 面白い、とシュカは思っていた。普通の相手ではつまらない。自分の実力なら、このくらい一人でやれるはずだ、と。


 空中で体勢を維持しながらロングソードを振るうのは、思った以上に骨が折れた。敵が硬く、攻撃の反動ですぐにバランスが崩れる。

 だが、負ける気は全くしなかった。斬撃を繰り返すごとに鉄屑の装甲が削れていき、次第にコアの放つ淡い光も目視できるようになってきた。

 そんな時。


「シュカ!」


 レイの声が耳に入った直後、横腹に凄まじい衝撃を喰らい、身体ごと吹っ飛ばされた。スクラップの山にクラッシュし、雪崩れてきた廃材に埋もれる。

 どうやらドラゴンの尾に叩き付けられたらしい。電磁防護膜の効果で、勢いほどのダメージはなかったが、瞬間的にカッと頭に血が上った。


「待ちなさい、シュカ!」


 トバリの制止も聞かず、十二基の電動ファンを瞬時にフル回転させ、再び空へと飛び立った。

 ロングソードを構え、猛スピードでドラゴンへと接近する。


「これでさよならだ……!」


 ヘルメットのシールド上に表示されるコア目掛けて刃を突き上げ、ひと思いに貫いた。

 だが。


「うっ……」


 コアが砕ける手応えと同時に、耳を掠めていった小さな悲鳴。

 ばらばらと崩れていくドラゴンの身体の向こうから、巨大な斧を手にした、大柄な体躯の男が姿を現わす。

 その腹は裂け、そこから鮮血が吹き出していた。


「……え?」


 訳が分からぬまま咄嗟に剣を放り、落下してくるレイを受け止める。その重量に耐えきれず、地面へ墜落した。

 シュカはすぐさまレイの下から這い出る。


「カンザキさん!」


 脇腹の傷は、シュカの攻撃によるものだった。コアを刺し貫いた際、ドラゴンの上にいたレイの腹までをも斬り裂いてしまったのだ。


「悪い……奴の動きを鈍らせようと思ったんだが……却って邪魔したな」

「あ、あの……私……」


 思考が停止し、指先が痺れていた。


「早く外へ。すぐに手当てだ」


 トバリや他のハンターの手を借り、エリアの外へ出た。


 手際よく応急処置をする先輩たちの様子をただ眺めながら、シュカは一人放心状態だった。

 なんてことをしてしまったのだろう。

 抜けるような青空に舞い散った真っ赤な血飛沫。その光景が、壊れた再生装置に掛けたみたいに何度も何度も蘇る。

 レイが余計な手出しをしたせいだとは、さすがに思えなかった。どうあってもシュカに非がある。


 手当てが終わって起き上がったレイの元へ駆け寄り、腰から直角に勢いよく頭を下げた。


「申し訳ありませんでした! 私のミスで、カンザキさんに怪我をさせてしまいました」


 しん、と辺りが静まり返る。

 しばしの間の後、レイが言った。


「シュカ、顔を上げろ」

「……はい」


 言われた通りに身を起こすと、真っ直ぐな視線と目が合った。


「お前は大丈夫か?」

「え?」

「ドラゴンの尻尾にはたかれて、俺の下敷きになっただろ」

「あ……はい、全然大丈夫です、私は」


 言われてみれば全身痛む気もするが、今そんなことはどうでも良かった。


「カンザキさんの方こそ、その怪我……本当に申し訳ありませんでした」


 もう一度頭を下げようとしたところを、大きな手で制される。


「俺の怪我は、まぁ、かすり傷だよ。電磁防護膜もあったしな。気にしなくていい。それより、指示を無視したことの方が問題だな。自信と無鉄砲は似て非なるものだ」

「……はい」

「戦いの場で我を忘れた瞬間に、それが命取りになることもある。自分や仲間が傷付いたり、下手をするともっと取り返しの付かないことが起こるかもしれない」

「はい」


 指先までぴんと伸ばした両腕を体側にぴたりと付けた姿勢で、きゅっと唇を噛んだ。

 これまでの自分の振る舞いを思い出す。なんと未熟で愚かだったのだろう。

 攻撃を受けて、カッとした。トバリに止められたのに、衝動を抑えられなかった。その結果がこれだ。幼稚にも程があるだろう。

 あまりの羞恥に、身体が熱くなってくる。喉の奥が狭くなり、小さく呼吸を繰り返す。


 そのまましばらく無言の時が続く。

 レイは「うーん……」と小さく唸り、困ったように頬を掻いた。


「……その、なんだ……ともあれ、今回はこの程度で済んで良かった。何にせよ、あのドラゴンを一人で倒したのは見事だったな。新人がなかなかできることじゃない」

「いえ……」

「お前に実力があることは認める。だが、これからはきちんと指示を聞くように」

「……はい」

 

 実力なんて。自分の力を過信して、周りを顧みずに一人で突っ走っていただけだ。


「……まぁ、こういう事故や失敗は、誰にでもあることだ。かく言う俺も昔やらかしたことがある。また明日から頑張っていけばいいさ」


 幾分和らいだ口調。僅かに落としていた視線を上げると、レイは穏やかに微笑んでいた。精悍な目元が、柔らかな眼差しをたたえている。


「……はい……」


 不意に気持ちが緩んで涙が零れそうになり、返事が掠れた。

 レイはがっしりした分厚い手で、ぽんぽんとシュカの左肩を叩くと、「よし!」とさっぱりした声を出し、行ってしまった。

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