神と悪魔の大顎

読天文之

第1話大和一の鋸

 俺は朽木の中で眠っている時、形無き者に声をかけられた。

「そなたはいづれ武神の力を授かる、その使命として『悪魔の甲虫』を倒すのだ。」

 何を言っているのかわからない、そうしているうちに動き出す時が来た。体全体にヒビが入り、羽は白く立派な茶色い顎が姿を現した。しかしこれからしばらくは、眠る前に作った部屋からは出られない。

「早く動きたい・・・。」

 一日千秋の思いで待ち続けた、そうしているうちに白かった羽がオレンジ色になり、徐々に茶色になった。

「よし、これで外の世界へと出れる。」

 俺は力の限り朽木の中を突き進み、そして外の世界へと出た。

「これが外の世界・・・。」

 目の前に広がるのは青々とした木々、体中に世界の熱が染みわたる。

「さあ、食べ物を探しに行こう。」

 俺は初めて羽を使って飛んだ、若干ぎこちないとこもあるが、エサの匂いがする木を見つけた。

「ここだ、さあ食べるぞ。」

 俺は木に止まり、エサのある方向に歩き出した。しかしエサのある所には既に先客が来ていて、夢中にエサを食べていた。

「邪魔だ、どけ!」

 俺は力任せに先客を蹴散らした、羽の大きな者や光沢のある小さな者が一目散に逃げだした。

「さあ、食事だ。」

 俺は一人でのびのびと、エサを食べた。すると大きな音を立てて、体の色が黄色と黒に分かれている者が三人程現れた。

「何だこいつら!」

 その者らはカチカチ音を立てながら、かわるがわる体に噛みついた。

「このっ・・・、いい加減にしろ!」

 俺は勢いでその者らの一人を、顎で挟んだ。挟まれたものはもがきながら、悲鳴代わりに大きな羽音を出した。

「どうだ、思い知ったか!」

 しかし俺はうっかり顎の力を緩めてしまい、その者を放してしまった。反撃されると思ったが、その者らは一目散に逃げだした。

「はあ、これでやっと食事に戻れる。」

 俺はエサをありったけ舐めた、しかしこのエサを食べるものは多いようで、今度は俺に似た者が現れた。しかしその者は俺よりも、体が少し小さい。

「おい、これは俺のものだぞ・・・。」

「ちっ!先客か・・・、こうなったら・・。」

 するとその者は、顎を振りかざして俺に突っ込んできた。

「うわっ!不意打ちとは汚い手を・・・、なら!」

 俺は正面からその者の頭を挟み、互いの顎が組み合った。

「なかなかやるな・・・、そりゃ!」

「うわっ、あわわわわわ!」

 俺は力を振り絞って、その者を持ち上げた。

「そりゃ!」

「あれーーーーーっ!」

 俺は思いっきり顎を下に振ると、その者は回転しながら落ちていった。

「さあて、食事の続きだ。」

 俺は再びエサを舐めた、しかしそのたびに邪魔者が来て追い払わなければならない。食事をするのは、楽ではない。

「ふーっ、満腹だ。おっと、もうこんな時間だ、そろそろ休むとするか。」

 俺は再び飛んで、今度は地面に降り立った。

「さて、この辺りにするとしよう。」

 俺は地面を掘りながら地中を進んでいった、そして適当な所で俺は眠りについた。



「んっ・・・とこしょっと。よく寝たなあ。」

 起きだすと俺は、また外の世界へと進みだした。

「今度は暗いなあ、でも明るい時よりも元気が出てきたぞ。」

 そして俺は飛びながらエサを捜しに行った、エサのある場所に着くと様々な先客がいた。

「明るい時よりも賑わっている。」

 前に見た光沢を放つ小さき者、そして宙に浮きながら長い口でエサを吸い取る赤きもの。しかし俺はそいつらをどかしつつ、食事をとっていたが・・・。

「おい、そこをどけ。」

「はあ?誰だお前。」

 そこに現れたのは、俺よりも体が大きくそして厚い者だ。頭には変わったものを大小二つつけていて、強敵を感じさせる何かを感じた。

「俺より小さいものが俺と同じものを食べているというのは、実に気に入らない。」

「何を言っているのか、わかんないなあ?」

「なら、私の力で解らせてやる。」

 そういうとその者はいきなり向かってきた、俺は顎でその者を受け止めたが、力は向こうが一枚上手のようだ。

「ぐぐぐ・・・、なんてやつなんだ!」

「所詮は体が大きいほうが、この世界では生きていけるんだ。」

 その者が力を入れると、私の踏ん張りが消え体が宙に浮かび上がった。このままでは土の上に落ちてしまう。

「俺は初めて・・・、落とされてしまうのか・・。」

 するとその時、全身に力がみなぎってきた。そして俺はなぜだか「負けたくない!」と思い、全身の力で木にしがみついた。

「何だと!」

「俺は・・・お前に勝つ!」

 その者はもう一度俺を宙に浮かせようと力を入れたが、今度は俺の踏ん張りの方が上だ。

「そりゃ!」

「おわっ!」

 そして今度は、俺がその者を宙に浮かせた。しかしその者があまりに重く、体がグラグラする。

「おっととと・・・あっ!」

 そして俺は後ろ脚を、木から外してしまった。

「わあああああーーーっ!」

 その者は木から落ちて行った、しかし俺はまるで神がかったように木にしがみついている。

「よいしょっと・・、何とか助かった・・。それにしても、さっきのは何だったんだ?」

 俺はそう思いながらも、食事をした。



それから数日後、俺は形無き者から言われた言葉の意味を思い知ることになる・・。

 その日、俺はいつも通り木に止まりエサを舐めていた。すると食べていた場所の割れ目から黒く大きな者が現れた。体の大きさも顎の大きさも、俺とは比べ物にならない。

「そこは俺の場所だー!」

「うっ・・・、なんてでかさだ。」

 その者は堂々と俺をどかして、エサを舐めようとした。

「戦うのです、臆さずに・・。」

 するとあの時聞いた、形無き者の声がした。

「強敵を倒してこそ、武神の力は目覚めるものです。」

 敵を倒して・・強くなる・・。

「さあ行くのです、大和一の鋸よ!」

 そこからは俺の意識はなく、完全にその者の顎を挟んでいた。

「やる気か・・・、いいだろう!」

 その者は渾身の力で俺を押した、しかし俺も同じくらいの力で押す。

「おっとと!」

 そして互いの力が打ち消しあい、その者の体が傾いたその瞬間。俺はその者の下に、素早く潜り込んだ。そして胴体を挟み、そのまま持ち上げた。

「なんて奴だ・・・、こりゃかなわない・・。」

 その者は観念したのか、自ら身を動かし木から落ちた。

「えっ・・・、俺は勝ったのか?」

 ここで俺の意識が戻った。

「よくやりました、でもここからはさらなる試練が待っている事でしょう。」

 形亡き者の声はここで止んだ。

 俺はこんな小さき体なのに、無二の力を授かったようだ。そして今後、俺は森では決して味わえない更なる戦いが待っていようとは思わなかった。


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