6月5日 15:00 悪魔

 ふと時計を見ると、15時を指している。はやる気持ちを抑えるために、映画を見始めたものの、少しばかり疲れを感じてしまっていた。


 珈琲を入れなおして、リュックの中を漁る。

 縄、袋、着替え4セット、念のためのナイフ、靴の替え、スタンガン、催涙スプレー、アルコールシート、手袋。全て入っていることを確認して、コーヒーを淹れなおす。


 リュックはいつも、3通り変形できるものを購入することが多い。監視カメラに写っても、服装や持ち物が少しでも同じに見えないように意識している。

 それから犯行に使う物も、1年以上前に準備し、ありふれたもので足がつかないように。急ぎ過ぎず、のんびりすぎず、行きと帰りのルートを計画する。


「エイル、何か変わったことはある?」

「はい、テレビの全国放送チャンネルで隔年の悪魔を特集しております。つけますか?」

「ああ、頼む」


 エイルはAIで動くスマートスピーカーだが、殆ど「隔年の悪魔」に関する情報収集だけに利用している。AIとはいえ、私が隔年の悪魔であることまで理解して通報するような知識は持ち合わせていない。

 

 テレビを付けると、右上の見出しには大きく「隔年の悪魔 明日にも犯行か」と赤い字で書かれている。


 芸能人や心理学の教授達が、分析を繰り返すのを何度も見てきた。毎年毎年。6月6日が近づけば、特集して同じような内容を話すだけ。


 それをぼーっと見ていると、少しずつ他人ごとのように、耳に入っては抜けていく感覚を覚える。


「そうだよ。明日だ。明日はまた人を殺す……まあ、お前らは今日も明日も明後日も、そこに座って私の思考に近づこうと考えを巡らすだけだがな」


 テレビに向かってそっと呟きかえしてみると、本当に私は頭が狂ってしまった人間のようだ。


 これなら、映画を見ている方がまだましかもしれないな。


「エイル、ネット上でアクセス数が上がっているページはある?」

 スマートスピーカーの電源ボタン周りのLEDが様々な色に切り替わる。電子掲示板やSNSなど、多くのページのアクセス数を確認しているのだろう。コーヒーを啜りながら、ゆっくり待つ。


「お待たせしました……隔年の悪魔に関するアクセス数ですが、電子掲示板は特に変化有りません。大手ニュースのページも例年と変わりません。SNSで、アクセス数が伸びている投稿があります。パソコンに表示しますか?」


「ああ、頼む」

 私自身はSNSもそこまで興味はないのだが、巷ではリガールというものが流行っているらしい。投稿数が0のままの私のアカウントを経由して、エイルが提示したページを開く。


 検索キーワードを入れるボックスに、隔年の悪魔を探せ2020というハッシュタグが入っている。


 どうやら、Y県内で犯人捜しをするためのタグらしい。下へ下へとスクロールしていくと、ハッシュタグを作った奴の投稿が目に入る。

 私のことを調べ続け、Y県内の者ではないというところまで確信しているようだ。なかなか、他の推理も当たっている。


 SNS内のポイントを餌に、現場付近で写真を撮らせ、全員で私を探そうという気らしい。私を探そうという時点で馬鹿にする気だったが、あながち的外れということもない。よく推理できている方だろう。


 とはいえ、殺人が起きてから探すという点は完全に後手に回る事になるため、不謹慎という声も上がっている。拡散をいくらされたとしても、協力してくれる者が増えるとは限らない……計画の邪魔になる程とは思えないな。


 自論ではあるが、入念な計画というものは突発的な問題で変えたりするべきではない。このような場合、焦って何かしようとすると、それが致命的なミスになる。逆にいつも通りの夕方を過ごすべきだろう。


 明日の計画を頭の中で繰り返し確認しながら、夕食の買い物にでかけるとしよう。レシピを確認しながら、スーパーで買い物をしている私を、誰が悪魔だと思うだろうか。この感覚こそが、生きている実感に等しい。


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